第34話

 建物に入り指定された場所まで進むとマキさんがすぐに受付を済ませてくれた。


「ミキ、ヤマトくん。頑張るッスよ」


「「はい」」


 マキさんと別れ俺と先輩はすぐ近くにある控え室に入る。すでに何組かの応募者が目に入るが俺たちが入った瞬間に少しざわめきが起こる。


 まだ少し距離があるため何を言われているのか聞こえないが、こんなことは地味男として過ごした中学生時代でもよくあったこと。


 俺は気にせずテーブルの上に置かれていた一枚の紙に視線を向ける。


「私たちは一番後ろの席みたいね」


「はい」


 室内は会議室っぽく机が並べてられており、テーブルの上に貼り付けてあった座席表(所属事務所五十音順)に従って俺と先輩は一番後ろの席に座る。


 ――……


 テレビ番組でよく映し出されていた芸能人の控え室(個室)みたいな所をイメージしていただけに少しだけガッカリする。


 未だちらちらと視線を感じるが、気にしても仕方ない。


「先輩、テキストでも見てましょうか。なんかセリフっぽいのが見えたんですよね」


「そうね。これは実技審査で使うものね。できるだけこの内容を覚えておきましょう」


「分かりました」


 受付をした際、俺と先輩は十番の番号が書かれた名札と数枚のテキストを受け取っていた。名札はすでに胸につけている。


 ――ちょっと興味あったんだよね。


 読むのは得意なので俺はそのテキストを速読した。


 ――なるほど……


 内容を見て分かった。これはどうも台本の中でも、ムネニーク=ピヨッコ怪人とササミ=ピヨッコ怪人、兄妹(きょうだい)のセリフの一部が抜粋されたものっぽい。これが今日の実技審査に使われるのだろう。


 ――――――――――――――――――――


(夜遅くに帰ってきた妹ササミ怪人に声を掛ける兄ムネニーク怪人)


 兄:おかえりピヨ。 遅かったピヨな。


 妹:ただいまぴよ。兄さん寝ててもよかったぴよよ。今日は作業に手こずったぴよよ。


 兄:そうピヨか。また俺の可愛いササミに何かあったんじやないかって気になって落ち着かなかったピヨよ。

 ササミの顔を見てからじゃないと兄は安心して眠れないピヨよ……!? おいっササミ。その頬はどうしたピヨ。何があったピヨ。


(心配そうに妹ササミに一歩近づき声を掛ける兄ムネニーク)


 妹:……!?


(咄嗟に頬を押さえ顔を背ける妹ササミ)


 兄:どうしたピヨ? ササミ何があったのか兄に教えてほしいピヨよ。


 妹:……。


(心配する兄の姿に、我慢できなった妹ササミがとうとう泣き出す)


 妹:……うっ、うう。


 兄:ササミ泣くなピヨよ。何があったか言ってくれないと兄も分からないピヨよ。


(こくりと頷く妹ササミ)


 妹:コゲニックに、お前使えないと鼻で笑われたぴよ。笑いながらフライパンで何度も頬を叩いてきたぴよ。


 兄:なんだとっ。


(怒りで肩を震わせる兄ムネニーク。自然と語気も強くなる)


 兄:たかだか一戦闘員であるコゲニック如きが、俺の大事なササミの頬をフライパンでぶっただとっ。ゆるさん。ゆるさんぞっ。


(怒りの形相で部屋を出ていこうとする兄ムネニークに妹ササミが急いで止めに入る)


 妹:兄さん! 何をする気ぴよ!?


 兄:もう我慢の限界ピヨ。俺たちは異端怪人だが、俺たちだって怪人としての誇りがあるっ――



 補足:悪の秘密結社ウェル団では丼丼怪人製造機により新たな怪人が毎日のように造られている。材料は牛肉。

 だがその製造過程で失敗した怪人がコゲニック戦闘員になるのだが、その成功率の悪さにコゲニック戦闘員の製造機だと言っても過言ではないのだが、開発者であるカルビ=オイスイ小首領が、誤差の範囲だろうと気にも留めていない。


 そしてこの兄妹怪人。この怪人はその製造過程でたまたま鶏肉が紛れ込んで異端怪人として誕生した出来損ないの怪人であった。


 ――――――――――――――――――――


 ――なんだ、この兄怪人。ちょっと言動にシスコンが入っているようにも感じるけど、俺の気のせい? いや、でも俺の妹たちが同じ目にあったと思えば……許せんな。なるほど、そういうことか……


 俺がそんなことを考えている時だった。


「お、ミキじゃん。事務所辞めたミキがなんでここにいんの?」


 そんな声が聞こえてきて顔を上げてみれば、顔立ちはわりと整っているのだが、軽そうな感じの男が隣に座る先輩のテーブルの前に両手をついて先輩を見下しているように見える。


「あなた分からないの? オーディションを受けるからに決まっているでしょ」


 先輩も男性苦手意識が出ているのか、俺とレッスンをしていた、いつもの先輩からは想像もできないほどの無表情な顔をした先輩が軽男に向かって冷たく言い返す。


「あはは、相変わらず愛想がねぇやつ。そんなんだからは仕事の一つも回してもらえず追放されたんだよ。んで、ああん、何? リアライズ芸能だぁ? ぷっ、くく……そんな事務所聞いたことないんだけど」


 そう言ってからにたにたと笑う軽男。その軽男は気怠そうにしながらもスマホを取り出し検索をしている。

 俺たちが所属しているリアライズ芸能事務所のことでも調べるきなのだろう。

 だがしかし、俺は先輩が追放されたと言った軽男の言葉が引っかっていたのだが、そこにもう一人割り込んでくる女がいた。


「ほんとマジ受けるわ。少しくらい顔が良いいからって調子に乗るからそんなことになるのよ。いいざまね」


 どうもこの女がペアらしいが、これがまた軽そうな女(髪の色が明るすぎて逆に汚く見えるが、男が好きそうな体型をしている)だった。

 ただ割り込んでくるヤツは他にもいて、


「お前ら何してるんだ?」


「あれれ、ミキがいる。なんで?」


 さらに同じような人種に見える男女のペアが混ざってきた。

 先輩の顔は無表情だが、膝の上に置いている両手が僅かに震えているところを見ると、こいつらも先輩の知り合いっぽい。

 それも良好な関係を築いていた知り合いというわけではなく、先輩が会いたくないような類いの知り合い。


 たぶん前のニッチ事務所の奴らだろうと俺は当たりをつけるが、しかし気に入らない。

 気づけば周りのヤツらまで先輩を蔑むような目で見てくすくす笑っている。


「……」


 先輩は無表情ながらも顔は少し俯き、少し自信をなくしているように感じる。


 先輩のことを何も知らないこんな奴らによって。狙ってやっているようなヤツならもう少し慎重に行動しないといけないが、こいつどうもそんな人種とは違うようにみえる。端から先輩を小馬鹿にしてマウントをとりたいだけなのだ。


 ――こいつら、許せない。


「ぷっははは……ほらお前らも見てみろよ。こいつが所属しているリアライズ芸能事務所ってタレントが二人しかいねぇぞ……しかもこいつの紹介ページ……はぁ? グレイドの専属モデルだあ? お前何嘘を……」


「おいっ。あんたらはここに何をしに来たんだよ。オーディションを受けに来たんじゃないのか」


 我慢のできなくなった俺は立ち上がった。俺が立ち上がったことで軽男たちの視線が俺に集まる。


「「「「!?」」」」


 ずっと先輩の隣にいたというのに、さも今気づきました、というような顔で驚く失礼な軽男たち。貶すことに夢中で周りが見えていなかったらしい。


「先輩は俺のペアで、あなたのペアじゃない。俺たちの邪魔をしないでくれますか」


 未だ成長期にある俺、学園に入学してからも身長が伸び続けて今は180cmを超えている。軽男たちの視線は俺より低い。

 そんな俺が自分でも信じらないくらいトーンを低くしてから笑みを浮かべてみる。俺は腹を立てているんだぞって意味を込めて。


 ――?


 しかし、軽男たちは固まっているかのようにボーッとしていて反応がない。顔は俺の方を向いているから気づいているはずなのに……


「俺、あなたに話しているんですけど……」


 ――!?


 そこまで言ってふとある可能性に気がつく。

 そう、軽男たちはもしかして俺を怒らせるためにわざとこんな態度をとっているのではないか、俺の気持ちを昂らせ冷静な判断ができないようにしようとしているのではないか、そんな可能性を……


 ――落ち着け俺……はぁ。


 せっかくこのオーディションに向けて頑張ってきたんだ。先輩のためにもこんなことで無下にしたくない。一度落ち着こうと俺は大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。


 すると幾分か気持ちが楽というか落ち着いてきた気がした。


「え、あ、いや……こいつは元同じ事務所で……その、はは、ははは……」


 俺が落ち着くと同時に軽男にも反応があった。どういうわけかしどろもどろしているが、それでも俺を嵌めようとしていた可能性は捨てきれない。


 ここは無難にヤツらを自分の席へと追い返すことだけを考えたよう。そんな時、


 ――ん?


 ふと他の応募者たちがテキストを見てその内容を必死に覚えようとしている姿が目に入る。くすくすと笑っていたヤツらもそうだ。


 ――そりゃそうだ。みんな受かるために来ているんだ。必死にもなる。


「いいんですか。他の皆さんはテキストを必死に覚えていますけど」


 暗に早く自分の席に戻れと促したのだ。軽男たちもそこまでバカじゃなかったらしく、


「っ、やべっ」

「うわっ」

「マジ最悪」

「うわーん」


 一度周りを見渡した軽男たちは慌てて自分の席に戻ってからテキストを広げ必死になってみていた。そんな軽男たちの背中を見て安堵していると、


「ヤマトくん迷惑をかけてごめんなさい。でもありがとう。ヤマトくんが、私とペアだって強く言ってくれてすごく嬉しかった」


 先輩が俺に向かって笑みを浮かべていた。少し気を落としているかもしれないと心配に思っていたが、両手の震えも止まっているようだし、ホッと一安心。


「そんなの当たり前ですよ。それに先輩は何も悪くないですから。気にしないでください。それじゃあ俺たちもテキストに集中しましょうか」


「そうね」


 先輩はすぐにテキストに視線を落とし集中し始めたが実のところ俺はすでに覚えてしまっていたので、もう一度部屋全体を眺めてみる。

 すると、この部屋には十組二十人の応募者がいることに今さら気がつく。


 どうやら俺も自分では気付かないうちに緊張していて冷静さに欠けていたらしい。気をつけよう。


 それからしばらくして戦闘員らしき服を着た進行係らしき人物が控え室に入ってきて挨拶をしてくれたのだが、その後に眉をひそめるようなことを言われた。


「勘違いされている方がいる。いえ、たぶん皆様方、全員がそう思われていると思われますので先にお伝えします。

 それは、今回ペアでの応募でしたが必ずしもペアで受かるとは思わないでいただきたいということです」


 ここでわずかに騒めきが起こる。俺も驚き思わず先輩の方に顔を向けたが先輩も同じように驚いていた。

 進行係らしき人物はそんな俺らを気にすることなく話を続ける。


「ではなぜ今回ペアでの応募に踏み切ったのかと言うと一番は監督の気まぐれともいうべきですが、もちろんその理由もちゃんとあります。

 でもまあ実際に今日のオーディションを受ければ気づかれる方もいるだろうと、我々は期待していますのでぜひ頑張ってみてください。

 さて、それでは二組ずつ審査を行いますので番号を呼ばれた組から順に入室してください」


 そこで進行係の人が一枚の紙を広げる。


「では……十番と八番の方、この部屋を出てから右に進み、そのまま突き当たりにある部屋にお入りください」


 ――うおっ、いきなり呼ばれた。


 俺たちは返事をしてからすぐに立ち上がる。


「先輩、行きましょう」


「え、ああうん。ヤマトくん頑張ろう」


 八番は全く知らない事務所の人たちだった。俺たちは無言で歩きドアをノックしてからオーディションが行われる部屋へと入ったのだった。

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