第33話
翌日の日曜日もオーディションのレッスンだけでその日は終えたのだが、驚いたことに、事務所の前で俺を待っていた女性の集団は日曜日の朝にも現れ「大和くんのファンになりました」と言って俺にたくさんの花束をくれた。
まだまだ一般人としての感覚でしかない俺は、そんな状況に理解が追いつかず驚き過ぎて思わず後退りしそうになったけど、そこはレイコ義母さんの言葉を思い出してどうにか踏みとどまった。
一呼吸おくと気持ちが幾分か収まり笑みを浮かべて誤魔化してはみたが、咄嗟に浮かべた笑みは女性たちを彼女たちだと思って浮かべた笑みだった。けど正直うまくできていたのかは分からない。
それからその女性集団のリーダーらしき人物が挨拶をしてくれたんだけど(
サークル名は教えてくれなかったけど、身なりが整ったお嬢様風の女性ばかりだったと思う。
でも今になって考えてみれば、グレイドの公式サイトを利用するような女性たちなのだからいいところのお嬢様だったとしても不思議ではないんだ。
そんな女性たちに俺はサインを一枚ずつとそのサークルメンバーと一緒に写真(全体写真)を一枚だけ撮って別れた。
あれで良かったのだろうかと今でもふとした拍子に思ってしまう。
ちなみにたくさん貰った花束はすぐに事務所の花瓶に移して飾ってもらった。
――――
――
「やりたい。あたしたちもヤマトっちと、あっち向いてホイ、やってみたい。あれ(メガネ)無しで」
サキが本日二度目のハグをしてきた。
――うおっ。
アカリとナツミによって両腕の使えない俺に、サキは俺がオッケーするまでは絶対に離さないというような気待ちが込められているのか、いつもよりも抱きつく腕の力が強く感じる。その分、柔らかさもいつも以上に感じてかなりまずい状況でもあるのだが……
俺がこのような状況に陥っているのは、月曜日の朝、登校中に金曜日のお礼から始まり、土日のことを彼女たちに尋ねられて俺が先輩とレッスンしていたことを何も考えずに話した結果だった。
「じゃ、じゃあ今日の昼休みにサキたちもやってみる?」
俺は極力サキの柔らかさを意識しないようにしながらも、早く離れてもらうためにすぐにそう答えてみたのだが、
「やるっ」
よほど嬉しかったらしいサキは、離れることなく、むしろ目一杯抱きつき俺の理性を崩壊寸前まで追い込んだ。
「わたしもやりたい」
「うちも」
それに拍車をかけたのが腕組みをしているアカリとナツミだった。今日は腕組みと同時に恋人つなぎをされていた俺。二人の口元はずっとにまにまと緩んでいるが、俺は手汗が心配だった。
――こ、これはやばい……
今さら気づく、好きな相手からの腕組みや恋人つなぎは慣れようとしてもそう簡単に慣れるものじゃないのだと、ハグだってそうだ。いや、サキの場合はハグのように軽いものじゃなく、むぎゅっうと力のこもった(苦しくはない)抱きつき。俺の胸にすりすりと顔を押し当てていても本人はハグだと言って首を振る。
まあそんなサキも可愛いし、俺も嬉しいからこのままでいいんだけど。
「や、ヤマトくん。私たちもいいかな」
「うん。なんか面白そう」
あえて余計なことを考えることで彼女たちの柔らかさに意識がいかないように誤魔化していた俺に救いの声が聞こえた。委員長と川崎だ。
委員長と川崎は俺の彼女ではないが素顔を知りながらも口が堅く今では一緒に登校するほどの仲だ。
うちにも遊びにきてくれたし、もしかして俺のことを……と都合よく思ったりもするが、委員長は我が強いところもあるが基本的に誰にでも優しく面倒みがいい。それに付き合う川崎も……
だから正直なところ俺にはよく分からない。
「ヤマトっち充電完了♪」
サキも少し冷静? になったのかすぐ俺から離れてくれたが、嬉しそうな鼻歌が聞こえてくるので機嫌はいいようだ。というか充電って何だ。
それでも寸前のところで理性の崩壊を免れた俺はもちろん委員長と川崎に向かって笑みを浮かべて頷く。
「じゃあみんなで昼休みにやってみよう」
――――
――
昼休み、俺たちがお弁当を持って向かった先は屋上なのだが屋上に出る扉は今回も施錠されていた。
「屋上はやっぱり空いてないか」
「でも、ほらここの踊り場は広いし、このまま座っても綺麗そうだから、もうここで食べようよ」
そう言ってから一人先に踊り場に座るサキ。
「そうだね。そうしよ」
「うん」
次にアカリとナツミもサキに同意して踊り場に座った。たしかに踊り場は広い。ここならば六人が座って食べてもまだ余裕がある。
「ミユキ座ろ」
「うん」
委員長と川崎が座れば立っているのは俺だけ。俺もすぐにアカリとナツミの間に腰を下ろしたのだが、
――!?
俺は横座りになる彼女たちの正面に座ることがかなりまずいことだと気づいた。
委員長と川崎はまだましだが、サキやアカリ、ナツミのスカートは短い。
両隣に座るアカリとナツミは視界に入れないようにすればまだどうにかなる。
でも、正面側に座るサキは無理だった。どうしても俺の視界にサキが入ってしまう。
視界に入ると見ようとしなくても自然と視線が下にいってしまうスケベな俺。もう少しで見えそう。
――って違う、違うんだ。俺は自分のお弁当を手に取りその中を見ようとしていただけなんだ……
誰に言うでもないが、言い訳がましくそんなことを一人で考えていると不意にお弁当を広げていたサキと目が合う。
「にしし……」
サキは俺に向かってにっこりと笑みを浮かべると、スカートを摘み少しだけススッとめくり上げる。
――!?
そう勘のいいサキには、俺の視線に気づくことなどとても容易なことだったのだろう。
あっさりとバレてしまっている。
居心地の悪くなった俺は視線を下げながら顔を右に背ける。するとそこではナツミの細くて長い綺麗な脚が視界に入ってきた。
――おわっ!
慌てて今度は左に顔を向ければ、そこにはアカリの綺麗な脚が視界に入る。スカートが短いだけに露出も多い。
――くっ、うれしいけど、今はうれしくない。
彼女たちからくすくすと声を殺して笑う声が聞こえてくる。
どうやら俺が目のやり場に困っていることを悟られてしまったらしい。
仕方なく俺は少しだけ顔を上げて彼女たちの様子をみる。
――おうっ。
皆の視線が俺に集まっていて吃驚。彼女たちはにやにや、にまにましたまま、悪戯が成功したような無邪気な笑みを浮かべていたが、委員長と川崎は少し様子が違った。
彼女たちと同じように笑ってはいるが少し寂しそうにも見え、俺と視線が合うとなぜか顔を背けられ、自分のスカートに視線を落とし、それから何やら考えてる様子だった。
――俺、見ていないからね。
俺は居心地の悪いままお弁当を食べることになったのだが、しかし俺がメガネを外してジャンケンをはじめるとその立場が逆転した。
――ん?
今度は彼女たちが俺から顔を背けはじめる。これはちょっと楽しい。
「サキ、じゃんけんするよ」
「う、うん」
サキの顔を見つめていれば見つめているほどサキの顔がみるみる赤くなっていってジャンケンをする前にぷいっと顔を背ける。なんでも恥ずかしいらしい。
それでもサキは頑張って二回だけジャンケンをやったがあっち向いてホイではメガネを強制的にかけられた。
「むう、ヤマトっちは意外と意地悪だね」
「そうかな? でもそれはきっと相手がサキだからだよ」
なぜこう思うようになったのか、自分でも少し驚いている。
でも彼女たちのそんな反応や仕草が可愛くて仕方がないのだ。
考えられるとすれば、これはきっとメグミ義母さんのお陰なのだろう。
「そ、そうなんだ。つ、次はアカリね」
「え、私っ。う、うん。じゃあヤマトやろ。負けないから」
「分かった」
やる気はあったがアカリもすぐに限界を迎える。
「ヤマトもうダメ。顔が熱い。つ、次ナツミ」
アカリは赤くなった顔をパタパタと手で仰ぎ、ナツミの背後に回る。
「う、うん。頑張るし……」
少し自信なさげだったナツミはやっぱり倒れた。
「ナツミ大丈夫か?」
「だ、大丈夫だし」
ナツミは踊り場ですぐに横になっていたが、その時、彼女の短いスカートは目のやり場に困った。
「ナツミこれ使って」
だから俺は紳士っぽく俺の上着をナツミのスカートの上にかけてあげたんだけど、ナツミはなぜか俺の上着を嬉しそうに羽織ってしまって結局のところ、俺は彼女が視界に入らないよう顔を背けるしかなかった。
次にやる気のある顔で俺の前にやってきた委員長だが、
「ご、ごめんなさい。限界です」
委員長は一回で川崎と変わった。
「うん。敵はとる」
なぜか自信満々の川崎とは休憩を入れるサキやアカリ、ナツミや委員長の合間によく勝負することになったのだが
「む、次は負けない」
川崎はじゃんけんがすごく弱かった。
――――
――
オーディション当日、俺と先輩は事務所でマキさんにセットをしてもらいマキさんの車でオーディション会場に向かっている。
この一週間、学園でもそう、夕方のレッスンでもそう、本当に濃い一週間だったと思う。
まず学園では期末テストの結果が貼り出された。テストの答案が次々に帰ってきていたから自分の合計点数は分かっていたけど、実際に貼り出されてみるとうれしいものがある。
何せ俺の順位はレイコ義母さんから聞いた、母さんの順位と同じ学年一位。
「う、うそ……学年一位の人、全教科満点だけど誰よ」
「見てよ学年二位との差なんて30点くらい離れてる」
「誰か知ってる?」
「分からない」
貼り出された順位表の前にはたくさんの人集り。それを遠目に見てうんざりした俺たちは少し時間をずらしてからもう一度見に行った。
「うそ、あたし……二十番くらい順位上がってるんだけど」
「サキもなんだ。私も十番くらい上がってるよ」
「えへへうちもだし。前回より順位が上がってて赤点もなかったし」
「ミユキ五番だなんて、すごいじゃない」
「アキこそ、十二位はかなり上がってる」
勉強会をしてよかったと喜び合う彼女たちだが、彼女たちの気になるのは彼女たちに勉強を教えていた俺の順位。早く教えろと彼女たちの目が訴えてくる。
「俺は……あれ」
俺は一番上を指さした。
「「「「「えっ、一位」」」」しかも満点」
驚愕して動揺する彼女たち。中でも一番酷かったのは川崎、頭が錯乱していたのか「好き」と言って抱きついてきて引き離すのに大変だった。
その後はサキやアカリ、ナツミまで川崎の真似して「好き」だと言ってにやにやして抱きつき、そんなことはしないと思っていた委員長まで「私だけ仲間外れみたいで嫌だから」と抱きついてきて、これまた離れなくて大変だったことを思い出す。
「あれ、ヤマトくん笑ってるけど、なんか楽しいことでもあったの?」
「いえ、ちょっと思い出したらおかしくなって」
「サキさんたち?」
「ええ、まあそうですね」
「そっか、いいなぁ……」
そう言って車の窓から外を眺めた先輩。俺も反対側の窓から外を眺める。すると会場らしき建物が俺の目に入る。
――あそこでやるんだ……
先輩も夕方のレッスンでどうにか普通に会話できるくらいにはなった。でもその距離はまだ少し離れていないと先輩の顔が赤くなってしまう。
サキたちもそうだ。随分と慣れて短時間なら普通に会話ができるようになった。俺としてもかなりうれしい。
ただナツミは先輩同様もう少しってところで、逆に悪くなったのが川崎。赤くなってすぐに固まってしまい動き出したと思えば抱きついてくる。今一番よく分からない。
「着いたッスよ」
「ヤマトくん行こうか」
「はい」
俺から少し顔を背ける先輩には申し訳ないと思いつつも、俺もやれるだけのことはやったと思っている。
俺と先輩はマキさんの後に続きオーディション会場に入るのだった。
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