第30話
「ヤマトくん。そろそろ時間だけど、どんな感じ?」
そう言ってからカラオケルームに顔を出したメグミ義母さん。
「メグミ義母さん。そっか、もうそんな時間なんだ」
俺が壁掛けの時計に顔を向けると、時計の針はちょうど約束していた18時半(午後6時半)を指していた。
夏が近づき日が長くなっているためか、まだ外は明るいのだが、義母さんは「薄暗くなる時間が最も危ないのよ。私が車を出すわよ」と彼女たちをアパートとまで送ってくれると言ってくれていたのだ。ありがたい。
ただ、黒木先輩は姉のマキさんが迎えに来てくれるそうなので、もうしばらくウチのリビングで待機してもらうことになる。
「「「「「めぐみさ〜ん、ありがとうございます〜」」」」」
「メグミさん、ありがとうございます」
そう言ってから立ち上がりカラオケルームから出て行こうとする彼女たち。ただその足取りはふらふらだ。
「みんな大丈夫なのか……?」
部屋をふらふらと千鳥足で出て行く彼女たちが少し心配になり後ろから声をかける。すると、
「ん? 平気」
と普通に答える川崎はしっかりしているから良いとして、
「やまとっちぃ〜あたしはだいじょーぶぃ、だよ〜。にへへ」
「うん、やまと〜わたしもだいじょうぶぅ、あはは」
「やまと〜、うち〜だいじょーぶだし……にしし」
「ひいら……いえ〜もうやまとくんでもいいよね〜……わたしだって〜だいじょうぶよ。ふふふ」
「やまとくん。おねえさんだって、もちろん〜だいじょうぶよ〜。くすくす」
頬っぺたが揃って紅く、どこかぽわんぽわんとしていて酔っているようにも見える川崎以外の彼女たち。振り返り立っている今さえ頭が左右に揺れていて全然大丈夫そうに見えない。
「……」
その原因はたぶん俺。俺がメガネを取ると必ず彼女たちは顔を真っ赤にしていた。流暢なおしゃべりさえもたどたどしいものへと変わる。ナツミと先輩は最も酷く鼻血まで出してソファーに横になっていたりもした。
――俺って害悪でしかない……?
部屋を出ていく彼女たちを見送りながら、ふとそんなことが頭に過った時のことだった。
――ぃ!?
パチンと背中を叩かれる俺。
「ヤマトくん」
いつの間に居たのだろう。それは俺の隣に立って居たメグミ義母さんだった。
「はぁ、その顔、どうせ自分が悪いことをしてしまったとでも思っているのでしょう?」
腕組みをしたメグミ義母さんが一度小さく息を吐き出すと呆れたような視線を向けている。
「え、いや……まあ、はい」
誤魔化そうかと思ったが、メグミ義母さんにはもう心を読まれている気がして俺は素直にそう答えた。
なぜこうも義母さんたちには俺の考えが読まれるのだろう。不思議に思っていると、
「うわっ」
メグミ義母さんに腕を掴まれ少し強引にカラオケルームの隅まで連れて行かれる。
「ヤマトくん。その考え間違っているからね。ほら見てみなさい彼女たちのあの顔を、暗い顔をしている? 逆に嬉しそうには見えないかしら?」
そう言って不思議そうにこちらを見ているがにこにこしている彼女たちに顔を向けるメグミ義母さん。釣られて俺もにこにこしている彼女たちの顔を見る。
――いい笑顔だ……
彼女たちは俺の視線に気づかずそのまま順番に部屋を出て行く。ふらふらだけど。
「うれし……そうにも見えました……ね」
「そうよね。私にもそう見えたわよ」
そう言ってからメグミ義母さんは一度笑みを浮かべると、
「私も経験者だから分かるけど、彼女たち、好きな人に少しでも近づけた気がしてうれしくなっているんだと思うのよね、私は……」
そう続けてメグミ義母さんが言ったら、
「私もそう思う」
なぜか義母さんの隣にいた川崎。話を聞いていたらしい川崎がこくこくと頷きそう口を挟んできた。ついでに「お構いなく、続きをどうぞ」とも。
メグミ義母さんもそんな川崎には驚いていたけど、驚きながらも話を続けてくれた。
「……本当は、彼女さんたちから直接聞けるといいのだけど、今はあの状態だし、ヤマトくんもその辺、触れずに終わりそうだから口出しちゃったけどヤマトくん、これは今回だけよ、後は男の子なんですから頑張りなさい」
分かっていたけど、メグミ義母さんにもかなり心配されていたらしい。そんな自分が情けなく恥ずかしくもあり俺は「はい」と即座に返事をしていた。
「うん、それでよろしい。じゃあ、この話しはもうお終いよ。さあ行きましょう」
それからメグミ義母さんの車(ワンボックスカー)で彼女たちを送ってもらった。
――――
――
車で10分ほど走ると彼女たちのアパートに着いた。
「メグミさん、ありがとうございました」
彼女たちはメグミ義母さんにお礼を行ってから車を降りていく。
彼女たちも、時間が経ったからなのか、それとも外の風に触れたからなのかは分からないが、カラオケルームから出た時と違ってしっかりとした足取りと口調に戻っていた。
「ヤマトっち。今日は楽しかったよ」
「またお邪魔していいかな」
「また行きたいし」
「今日はありがとうございました」
「楽しかった」
「俺も楽しかった。よかったらまた」
俺は、といってもメグミ義母さんの車でなんだけど、彼女たちを送りとどけすぐに自宅に戻ってきた。カナコ義母さんはいるけど、先輩を一人残していたから心配していたのだ。
「ただいま〜」
「おかえり」
「おかり〜」
「おかえり〜」
「ヤマトくんおかえり」
すると、カナコ義母さんに子ども(弟と妹)たち、それに先輩の他にも、
「ヤマトくん、おかえり」
「お邪魔してます」
レイコ義母さんと先輩の姉マキさんが紅茶を片手にリビングで寛いでいた。まあ子どもたちには夕食がちゃんと食べれる程度の少量のジュースとおやつを少し食べているのだが。
「レイコ義母さんおかえり。マキさんお久しぶりです。その節はお世話になりました」
そう言ってマキさんに頭を下げると、
――?
「どもヤマトくん。お邪魔してるっスよ」
前より雰囲気が柔らかくなったように感じるマキさんが片手を少し上げて答えてくれた。
先輩からマキさんは男性嫌いだと聞いていたから、前回俺が睨まれていたのもそのせいで、今日だって同じような感じだろうと思っていた俺は少し拍子抜けした。
「ヤマトくんも座って、今紅茶を淹れるわね」
「あ、はい」
カナコ義母さんに促されてリビングテーブルの席に着くと、カナコ義母さんが俺とメグミ義母さんに紅茶を淹れてくれた。
「ありがとうカナ」
しばらく寛いでいると、義母さんたちが何やら無言のやり取りを交わして、それからすぐにカナコ義母さんとメグミ義母さんは子どもたちを連れて子ども部屋の方へ行った。
俺たちもリビングのソファーテーブルの方に場所を移す。
――仕事の話、だよね?
そう思い義母さんに顔を向けてみる。案の定レイコ義母さんが笑みを浮かべて俺と先輩に向かって口を開いた。
「おめでとう! オーディションの書類選考、通っていたわよ」
「ええ! 本当ですか!? うれしい」
驚きながらも嬉しそうな表情で口元を押さえている先輩は、少し目元に涙が浮かんでいる。
「そっか、書類選考通っていたんだ」
モデル経験すら一回の俺だ。正直書類選考で落とされているかもという不安はあった。それで先輩の足を引っ張るかもって……
俺は涙を浮かべて喜んでいる先輩の横顔を見てホッと安堵の息を吐いた。
――よかった……って、あれ早すぎない? 書類選考ってこんなに早いものなの? まあ先輩が喜んでいるから別にいいけど……
「ええ。オーディションの日時は追って連絡があるそうなの、といっても落ち着かないだろうから私がその筋の人に少し探ってもらったんだけど、どうも大手事務所のオーディションが先に入っているようなのよね。
だから少なくとも一週間くらいは時間があると思うのだけど確実な情報ではないから、そこは入り次第すぐに連絡するわね」
「「はい」」
「それで話は変わるけど、しばらくの間、マキさんにはリアライズ芸能に出向してもらうことになったわ」
「ミキにヤマトくん、よろしくお願いするっスね」
レイコ義母さんがそう告げるとマキさんはすぐに頭を下げた。
「え、姉が、ですか?」
先輩が驚いているところを見ると先輩も今初めて聞いた話なのだろう。
「そう。でもしばらくの間よ。今度のオーディション次第でその期間も延びるかもしれないけど、その間はあなたたち二人の専属スタイリスト兼マネージャーとして頑張ってもらうつもりなのよ」
「どうして姉が」とでも言いたげな先輩を見て感じたのかレイコ義母さんが話し続ける。
「その理由もちゃんとあるわ……ヤマトくん、ちょっとメガネを外してくれる」
「メガネ? ですか……」
どうしてだろうと不思議に思うとともに今日はよくメガネをつけたり外したりする日だなとも思った。
――……
思わず苦笑いを浮かべてしまったが断る理由はないので俺は素直にメガネ外した。
「ぁ……」
ここでもすぐに反応して顔を真っ赤に染めるのは先輩だった。
「うーん。ミキちゃんは……オーディションのある日まで、少しでもヤマトくんの素顔に慣れておかないと話にならないわよ」
「は、はい社長。私頑張りまず。それとヤマトくん、明日からお願いします」
先輩に何をお願いされるのかは分からないが取り敢えず今は頷いておく。
「分かりました」
それでいてマキさんは少し眉間にシワを寄せる程度でほぼ表情に変化がなかった。
「これで分かったかしら? マキさんはどんな男性でも平気で居られる耐性があるらしいのよ。もちろんヤマトくんでもね。そうでしょうマキさん?」
「はい。そうっスね」
そう言いつつなぜか苦笑いを浮かべるレイコ義母さん。
――?
その理由は、レイコの会社グレイドから数人ほど社員をリアライズ芸能へしばらくの間出向してもらうことにしたレイコだったがその時の社員の反応が、男性社員以外のほぼ全ての女子社員が両手を挙げたのだ。
マネージャーはもっと大変だったのだ。特に一木さん。レイコはそのときの状況を思い出し苦笑いを浮かべていたのだが、それはヤマトの知らないところでの話である。
「そうだったんですね。前回もお世話になりましたし、俺もマキさんでよかったです。これからよろしくお願いします」
俺は思わず立ち上がり軽く頭を下げると、片手をマキさんに差し出した。握手を求めた。
「ぅ……」
でもマキさんは俺の右手を眺めているだけで動かない。
――そ、そうだった……
そこで俺はすぐに悟り失敗したと後悔する。マキさんは男嫌いだと聞いていたのに俺はなぜ右手を差し出しまったのかと。
差し出してしまった手前、ここでこの手を引っ込めるには少し勇気がいる。だがそれも仕方ない。
「すみません。俺これからお世話になるからちゃんとしないとって思ってしまってつい……!?」
そう言いつつソファーに座りながら視線を落とし右手を引っ込めようとした、
ガシッ。
すると、突然俺の右手が掴まれていた。慌てて顔を上げると顔を真っ赤にしたマキさんが俺の右手を両手で掴んでいる。
「……っス……」
マキさんから呟くような声が微かに聞こえてきた。だがそれと同時には俺の右手を掴んだマキさんが、
「ええっ、マキさん!?」
卒倒してしまった。
――――
――
「……申し訳ないっス」
額に冷えてるピタ子ちゃんを貼ったマキさんが頭を下げる。
マキさんは男性に直接触れるとダメだったらしい。ただ、いつもは悪寒が走る程度で、触れて卒倒したのは今回が初めてで自分でも驚いていると話した。
そう語る彼女のその顔はまだ少し赤い。
「そうだったの……」
頬に手を当てて困ったような表情をするレイコ義母さん。
「社長大丈夫っスよ。直接触れなければ別になんともないっスから……現に前回のメイク時はなんとかなってたっスよね?」
「そう、だったわね。じゃあお願いするわね」
そんなマキさんを見て、少し不安にそうな顔をしたレイコ義母さんが少し気になったが、結構な時間四人で話し合っていたため気づけばすでに夕食の時間となっていた。
レイコ義母さんが黒木先輩とマキさんをうちの夕食に誘い、二人は申し訳なさそうにしながらも一緒に夕食を食べた。
初めこそうちの騒がしい夕食に目を丸くしていた先輩たちだったが意外にも慣れるのが早く、最後の方では子どもたちが賑やかに食べるその様子を楽しそうに見ていた。
「夕食までいただきありがとうございました」
見送る俺たちに何度か頭を下げた先輩とマキさん。それから先輩は姉のマキさんの車で姉妹仲良く帰っていった。
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