第29話

 俺は自惚れていたようだ。歌が上手いと言う母さんたちの言葉を鵜呑みにしていた俺は、突きつけられた現実にショックを受けている。


「おお……」


 歌い終えた俺はマイクを置き顔をあげる。そんな俺に拍手をくれるのは川崎だけだった。他のみんなは揃って俺から顔を背けている。


 気遣いができる彼女たちだ、俺の歌が下手過ぎてどんな顔を向ければ良いのか困りはてた結果なのだろう。


 そんな時だった。


「ヤマトく〜ん」


 メグミ義母さんが俺の名を呼びながら部屋に入ってきた。それからメグミ義母さんは部屋の中を見渡しひとり頷いてから俺の方に顔を向ける。


「メグミ義母さん、何かありました?」


「そうなの。えーとね。カナがちょっと呼んでいるのよ」


 と少し小声になるメグミ義母さん。きっと家庭のことで彼女たちには聞かせられないことなのだろう。


「リビング?」


「ええ。すぐに済むらしいからちょっと行ってきたら、その間私がここに居てあげるから」


 そう言って笑みを浮かべるメグミ義母さん。何の話だろうと疑問もあるが、でも少し居心地の悪くなっていた俺としては渡りに船だ。


「分かった。じゃあメグミ義母さん少しの間だけお願い。俺ちょっと行ってくるわ。みんなもごめんちょっとだけ席外す……」


 それからすぐに俺はカラオケルームからカナコ義母さんがいるらしいリビングに向かった。


 ――――

 ――


 ヤマトが出て行った後のカラオケルームでは。


「はぁ……やっぱり、なるよね……でも懐かしいわ」


 未だヤマトの美しい容貌に惚けている彼女たちを一目見たメグミが軽く息を吐き出し笑みを浮かべた。


 まるで昔の自分たちを見ているようだと懐かしくなったのだ。


 ――えーと……ひとりかな……


 メグミは、今現時点で意識をしっかりと保っている人数を把握しようとしたのだ。

 そして、それは大人しい雰囲気を纏ったメガネの彼女(川崎)だけだとメグミは感じとる。


「えっと、サキちゃんにアカリちゃん、ナツミちゃん

 にアキちゃん、ミユキちゃんにミキちゃん。少しだけ時間もらっていいかしら?」


 そう言いつつメグミはコの字型のソファーの隅に腰を下ろした。

 そんなメグミに気づき驚いたのは惚けていた川崎以外の彼女たち。


「「「「「!」」」」」


 その彼女たちはメグミを視界の隅に捉えるや否や背筋をピンと伸ばし身体と顔をさっと向ける。


「「「「「「お義母さんっ」」」」」」

「柊木くんの……お義母さん?」


 大きな娘はまだいないメグミ。可愛らしい彼女たちにそう呼ばれて照れくさくなったメグミは思わず頬を掻く。


「メグミでいいわよ。ふふ。それとごめんなさいね、なんか突然お邪魔しちゃって……」


「そ、そんなことないです」


「そうですよ」


「ふふ。気を遣わせてしまったわね。でもありがとう。どうしてもあなたたちに伝えたいことがあったのよ」


「あたしたちに……ですか?」


 顔を見合わせる彼女たち。メグミはそんな彼女たちを微笑ましく思いつつ言葉を続ける。


「ええそうよ。それで、実はね、ヤマトくんが友だちや彼女を連れて来たのはこれが初めてなの……」


 そこでメグミの言葉は一度詰まるが、彼女たちはその先が気になるのか黙って耳を傾けたままだった。


「「「「「「……」」」」」」


「ヤマトくんね。最近はよく明るい顔を向けるようにもなった。避けていた他人にも関心を示すようにもなった。ヤマトくんの将来を心配していた私たちにとってはとてもいい傾向だと思ってるの。たぶんこれは家族でいる私たちだけではどうしようもないことで、あなたたちのおかげだと思っているわ」


 メグミがそう言うと彼女たちは「いえ」と小さく呟き首を振る。でもその頬は紅色に染っていた。メグミはそんな彼女たちを「可愛らしい彼女さんだ」と微笑ましく思いつつ言葉を続けた。


「だからこそ、伝えたいこと……いえ、お願いね。ヤマトくんを家族として大切に思うからこそお願いがあるのよ」


「お願い?」

「あたしたちに?」


「ええ、ぶっちゃけ、あなたたちにはヤマトくんへの耐性をつけて欲しいのよ。

 ほら、ヤマトくんの素顔は見てのとおりとんでもなく超イケメンじゃない? 家族で耐性のある私でもたまにドキッとするほどのね。本人は自覚ないけど……

 それに最近は成長期だからなのかしら、それにプラスして男性らしい色気? まで出てきて、あなたたちも大変よね……」


 メグミが同情の眼差しを向けたあと、少し困ったような表情を作り片手を頬に当てる。すると彼女たちは、


「そうなんです」

「そうそう」

「うん……」

「うんうん」

「そうかも」

「もう神だわ」


 思い思いに呟き激しく同意する。それはもう少し腰を浮かせて身を乗り出すほどの凄い勢いで……


「あはは、実はねヤマトくんの父タケルくん。私の夫ね。そのタケルくんもそんな感じだったのよ……」


 メグミはそれからヤマトの父タケルのことを少し話した。

 タケルもすごいイケメンで今のヤマトと同じように地味な偽装をしていたこと、自分たちも今の彼女たちと同じように地味な偽装を解いた時とのギャップ差にやられ思わず顔を背けていたこと、でもそれを何度か繰り返していると、勘違いした彼から避けられるようになったという辛かった日々、苦い出来事なども聞かせた……


「そのあとどうにか誤解が解けて彼も協力してくれて今では家族にまでなれて本当に良かったのだけど、もしあの時彼に避られ続けて、誤解を解くことができなかったとしたら……今の私はなかったわ」


 そこでメグミは顔色を悪くしてから首を振る。


「それに、私は彼のあの時の傷ついていた顔、二度と見たくないとも思ったの……」


 そこで昔の話は終わりと言わんばかりにメグミは語るトーンを高くする。


「ということで、私はヤマトくんと今より良い関係を築きたいと思うのならヤマトくんへの耐性をつけることを勧めるわ。

 でないと彼の傍に居られない。よくていちファン止まりよ……それに……」


 そこでメグミは一度カラオケルームのドアの方に目を向ける。


「ヤマトくんの、先ほどのあの様子ではすでに勘違いをしているわ……あ、でもミユキちゃんはたぶん大丈夫かな?」


 大人しめの彼女(ミユキ)はこくんと頷くだけだっだが、


「いや。そんなの嫌です。お義母さん、あたしはどうしたらいいか教えてくださいっ!」

「私も」

「うちもやるし」

「わ、私もいいかな」

「私もやります」


 そんなことをメグミに言われて何とも思わない彼女たちではなかったようだ。彼女たちはすっくと立ち上がり思い思いに宣言している。


「あ、でもミキちゃんは仕事上、レイコが耐性をつけるよう、強制するかもしれないけど……って、杞憂だったわね。ふふ」


「いえ、大丈夫です」


 そんな彼女たちの様子にどこかホッとして見せるメグミ。メグミはそれからあるものを手渡していた。


 ――――

 ――


 俺は首を傾げる。カナコ義母さんは電話だと言ってスマホを片手にリビングを出て行った。

 すでに10分は待たされている。長電話だ。彼女たちがせっかく来ているのだ、こんなことなら一度カラオケルームに戻っておくべきだったのではと今さら後悔している。


 それでいて、ここまで待っているのだがらもう来るだろうと、カラオケルームに戻るに戻れない状態に陥ってしまってもいるのだが。


 そんな落ち着かない状態のままリビングのドアがガチャリと開く。


「あれ? メグミ義母さん」


 リビングに入ってきたのはカナコ義母さんではなくメグミ義母さんだった。


「そうよ。ごめんね待たせて」


「待たせて? 俺はカナコ義母さんに呼ばれたんじゃ……」


 俺がそう言うとメグミ義母さんが首を振る。


「カナは子どもたちの相手よ」


 メグミ義母さんにそう言われてハッと気づく。そうだよ。なぜ気がつかない俺。俺の眉間にシワがよる。


「ヤマトくん。ごめんだから、そんな不機嫌にならないでよ。私も義母として少しお節介をしたかったのよ……」


 そう言った義母さんが続けて言う。


 彼女たちは俺の素顔に見惚れていて反応ができていなかったことを……

 恥ずかしくてずっと見続けることができないでいることを……慣れる必要があることを。

 でもそれには俺も協力が必要で彼女たちもそれを望んでいるのだとしみじみ言う。まるで昔の私たちみたいだと……


 俺もそれを聞いて納得する。メガネをかけていても普通に接してくれる彼女たち。

 ついいつもの調子で接していて忘れていたが、俺は昔から顔もよく(それでも自己評価は少し低い)運動もそこそこ(ヤマトはそう思っているがそうじゃない)できるし、頭もそれなりにいい(ヤマトはそう思っているがこれもそうじゃない)。


「だから、なの……? 俺はてっきり歌が下手過ぎて……聞くに堪えないのかと……川崎さん以外には顔だって背けられていたから。だから俺はてっきり」


「やっぱりね。見ていて思ったのよ。でもそんなことないわよ。ヤマトくんの歌は身びいき抜きにしても本当にうまいんだから……」


「そっか。ありがとうメグミ義母さん。でも見ていたってどう言うこと?」


「そ、それはね……あ、ハルト、ナツト、アキト、フユトと遊ぶ約束してたんだわ」


 口ごもるメグミ義母さんは俺から顔を背けると、軽くポンと両手を合わせてから、そそくさと逃げるようにリビングを後にした。


 ――――

 ――


 それから俺はカラオケルームに戻り、メグミ義母さんのアドバイス通り俺は彼女たちに俺のメガネを渡した。というより渡そうととしたら彼女たちはすでに一つずつ俺の伊達メガネを持っていた。なぜ?


「えへへ、じ、実はね……」


 メグミ義母さんに貸してもらったのだとサキが言いつつ俺に近づきスッとメガネをかけてくる。


「ふぅ……」


 彼女たちは俺がメガネを外していると思わず緊張して動悸が凄いことになるのだと聞いている。


 ――そこまで? ……なんか悪かったな。


 そんなことを思いつつも、メグミ義母さんは俺の伊達メガネをいつ、こんなにも作っていたのだろうと疑問に思う。助かったけど。


 そんなことを話していると、


「ヤマトっち……!?」


 またまた隣に座るサキが俺がかけているメガネをスッと抜いていて……顔を真っ赤にすると、すぐに戻して胸と頬を抑えていた。


 そんなことを俺の隣に座る彼女たちが繰り返す。歌を歌う際は、いや、ほとんどがメガネをかけて過ごすことになった俺だけど、結果的にはメグミ義母さんのおかげで彼女たちとの初カラオケは盛り上がり楽しく過ごすことができるのだった。

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