第28話

「ただいま〜……あ、みんなも中に入って」


 俺は玄関を開けてから先に入ると、みんなにも中に入るよう勧める。


「う、うん」


 恐る恐るっといった様子の彼女たち。彼女たちはみな思い思いに「お邪魔しまーす」「失礼します」「失礼させていただきます」といった何かしら言葉を口にしてから玄関に入ってくる。


「うわぁ、玄関広いし、ピカピカ……」


「う、うん。ねぇ、これ私たち入っていいのかな?」


「アカリ。それ、うちも思ったし」


 一番先に中に入ってきたサキは驚き目を輝かせるが、アカリは少しかしこまった様子。ナツミはアカリに向かってこくこくと頷いている。


「はあぁ……」


「これ、大理石……かな?」


「すごいわねぇ……」


 少し遅れて入ってきた委員長はきょろきょろと落ち着きなく玄関を見渡し、川崎はなぜかしゃがみ込み玄関床をジーっと眺め、黒木先輩は天井を見上げて、その高さに驚いていた。


「「ヤマトくん? お帰りなさいっ」」


 そこへ奥から姿を表したメグミ義母さんとカナコ義母さん。母さんとレイコ義母さんはまだ仕事なようだ。正直ホッとする。

 だが、メグミ義母さんとカナコ義母さんは表面上はにこやかにしているが、俺には分かる、その顔がニヤけていることに。あんな顔の義母さんたち、これは油断できない。俺がそう思っていると、


 ――? 


「「「「にぃにぃ、おか……!?」」」」


 その義母さんの後をトテトテとついてきていつも出迎えてくれるまだ幼い妹たち。俺の癒しだ。


 その妹たちは玄関にいる俺に笑顔を向けて近づいていたのだが、すぐにその顔が強張った。


「「「「や……」」」」


 俺以外に人がいることに気づき人見知りを発動したのだ。


 後ろにいる彼女たちから「可愛いっ」などいう俺まで嬉しくなるような声がちらちらと聞こえてくるが、二歳になる妹たちは結構な人見知りで、慌てて義母さんたちの脚の後ろにしがみつき隠れてからチラチラとこちらに顔を出してはすぐに引っ込める。


「ふふ。ユキ、ツキ、フゥ、ハナ、ただいま……」


 俺はそんな幼い妹たちが可愛くてしかたないだが、すぐにバタバタ競う合うように元気に駆けてくるのが弟たちだった。


 妹たちはまだ二歳なので、メグミ義母さんとカナコ義母さんが家で世話をしているが、弟たちは毎日元気に幼稚園に登園しているのでその姿はまだ幼稚園の制服のままだった。



 ちなみに弟たちの世代の少し前からベビーラッシュが始まり、それは今もなお続いている。


 それで浮き彫りになったのが待機児童問題。だが国はその対策にすぐに乗り出し保育園や幼稚園の建設を迅速に勧め、今では待機児童の問題は解消されている。


 まあ、その背景には一夫多妻制や一妻多夫制の導入によって賃貸物件に空部屋がバンバン出て問題となっていた不動産業界を救済するための政策の一つで、貸しアパートから貸し店舗(保育園や幼稚園)への鞍替えなどを勧める補助支援的な意味もあったらしい。



「「「「やまとにぃ、おかえり!」」」」


 弟たちの元気な声とその姿が現れると、後ろからも「小さなヤマトっちだ」「かわいい」「ちびっこヤマトだ」「頭なでたい」「おお」「すでに美しいのか」そんな彼女たちの声がちらほら聞こえてくる。反応に困る声が多いが、


「おう、ハルトもナツトもアキトもフユトもただいま」


 とりあえずいつものように弟たちの頭を軽くなでておく。


「ふぁ私もなでなでしたい」


 そんな委員長の声が聞こえてくるが、


「なあなあ、やまとにぃ?」


 アキトが俺の袖を引っ張り首を傾げているので俺の意識はどうしてもアキトの方に引っ張られてしまう。


「アキト、どうした?」


 だから俺は少し屈んでそう尋ねてみるのだが、俺は弟たちの次の言葉に固まってしまった。


「やまとにぃ、このひとたち、やまとにぃのかのじょ? すくないね」

「やまとにぃ、すくない」

「やまとにぃ、じみだから」

「うん、やまとにぃ、じみ」


 ――あれ、俺の弟たち……まだ幼稚園生だよな、なんか彼女とか言ってる……?


「何、お前たち彼女って言葉……知ってるのか?」


「「「「うん、しってるよ」」」」


 ――え?


「もしかしてもう彼女がいるとか……いやいやまだ早いし、そんなわけないよな……」


「いるよ〜、これくらい」


 そう言ったアキトが胸を張ってから両手のヒラを広げて見せてくると、


「なつもいる」

「あきもいるもん」

「ふゆだっている」


 ナツトにアキト、フユトまでアキトに続いて胸を張る。


「え、何、お前たちの彼女は10人もいるってこと?」


 弟たちの言葉にまさか、と思いつつそう尋ねてみるが、


「ううん。もっといっぱいだよ」


 そう言ってから「いーっぱい……いーっぱいだよ」とにこにこと笑顔を見せてくる。

 もう俺には何が何だか分からないので、メグミ義母さんとカナコ義母さんに顔を向ければ、すぐに顔を逸らされてしまった。


 触れちゃいけない話のようだが、俺は幼稚園での弟たちが少し心配になった。


 ――――

 ――


 カラオケルームに移動した俺たち。カラオケルームには調光できる照明に、壁掛けの大型テレビ。複数人で使用してもテレビの画面が見やすいようコの字型に設置しているソファーと飲食用のローテーブルがある。


「うわぁ、すごい」


 そう言ってから調光で照明を少し暗くしたサキ。


 ――え? 暗くするの……


 そう思ったのは俺だけで、みんなはなんの疑問も抱いている様子はなく、ただ興味深そうにカラオケルーム内を見渡している。


「おお、これはお店のカラオケボックスよりもすごいかも」


「うん、ソファーもふかふかだし」


「これはすごいわ」


「うん」


「ここまで本格的だなんて……」


 そんなことを思い思いに呟きそのソファーに触れ感触を確かめていた彼女たちだが、お店のカラオケボックスに一度も行ったことない俺には分からない話しだった。


 そんな彼女たちが不意に向き合っている。


「どうしたの?」


 俺が不思議に思い尋ねるとサキが初めに座る場所を決めるのだと言う。

 そのあとはローテーション。一人歌うごとにズレて座るそうだ。


「あ、でもヤマトっちは真ん中のここだよ」


「俺はここで決まり?」


「そうだよ。だってここはヤマトっちの家だよ」


「「そうそう」」


 そう言いながら笑うサキたち。


 それからすぐに彼女たちはジャンケンを始め、川崎、ナツミ、黒木先輩、俺、サキ、委員長、アカリの順に席が決まった。


「ち、近くない?」


 コの字型のソファーは5、5、5掛けだから7人で使う俺たちならゆったりと座れるはずなのに、なぜが、0、7、0と座る彼女たち。


 まあ彼女たちはみんな細いから座れないこともないんだけど、両隣に座るサキと黒木先輩の位置が異常に近い。というか身体を寄せ過ぎてもう当たっているのだ。


「そうかな? 先輩どうですか?」


「? いたって普通よ」


「ね。ヤマトっち。気にしないでいいんだよ」


 サキだけならまだしも普段言いそうにない、黒木先輩までもそんなことを言う。なにが先輩をおかしくした? 俺はそう思ったが、俺の思考はすぐに別のことに向いた。


 ――……柔らかい……それに、サキも先輩もいい匂い……


 ハッキリいってこれはまずい状況だった。なにがまずいのかというと、このカラオケルームの前方には直径1メートル、高さ20センチくらい、円型の小さなステージがある。父はあの場で熱唱していた。俺もそうするものだの思っている。


 だが、今気を抜けばあの場に立ち歌うことなど俺は、というか男なら誰もあの場では歌えなくなる。いや、それ以前にソファーから立ち上がることすらできなくなるだろう。


 ――くぅ……なんとかしないと……


「ナツミはどう?」


 仕方なく、俺はその他のメンバーに近過ぎるだろうことへの同意を求める。まずはナツミ尋ねる。


「ん?」


 それからアカリ、委員長、川崎の順に尋ねていくが、ナツミもアカリも委員長も「大丈夫」と頷き、川崎はふふっと鼻で笑っていから「こういうのもいい」と言って頷いていた。これは俺の主張が却下されたことを意味する。


 ――ならば。


 もう俺の残された道はカラオケに集中すること。俺はまだ電源を入れただけで何も流れていないテレビ画面に意識を向けていた。


「じゃあ誰から歌う……? うわぁ、最新曲まで入ってるよ」


 俺は前のテレビ画面に意識を向けているが、サキは違う。普通に端末を手に取り操作してはみんなにその画面を見せていたりする。


「俺はいいから先にみんなの歌を聴かせてよ」


「それじゃあ、あたしからいきまーす」


 そう言ってから立ち上がったサキはステージに向かって立つと、少し前屈みになってから軽くこちらに敬礼する。


「にしし……歌うね〜」


 サキの歌は最近よく耳にする明るい曲だった。可愛いらしく思わず聴き入ってしまった。


「サキうまーい」


「うまいな」


 次にアカリはバラード。アカリの声は高目だから明るめの曲も聴いてみたいと思った。


 次に川崎はアニメソング。映画にもなったアニメの曲だった。この曲は普段アニメを見ない人でも知っている。意外そうに見ていると隣に来た時に実はラノベはよく読むのだと話してくれた。


 その次はナツミ、ナツミはなぜか演歌。でもこれが意外にこぶしを利かせたタメとノリでうまい。思わず拍手したら恥ずかしそうにして照れていた。


 そして委員長は……お世辞にもうまいとは言えなかった。でも本人は楽しそうに歌っていたからこれはこれでいいと思う。楽しそうに歌ってくれるとみんな楽しい気分になるのだから。


 次に先輩は昭和時代の歌だった。心に染みる歌だったが俺の知らない曲でちょっと戸惑ったが先輩の声は透き通った綺麗な声で思わず聴き入ってしまった。


「じゃあ次はヤマトっちだよ……」


 いよいよ俺の番となり俺はステージに進む立つ。俺は辛うじてステージに立つことができたのだ。これも柔らかさよりも皆の歌に集中していた結果だ。俺は心の中で俺を褒めていた。


「分かった……えっと俺の曲は……」


そんな時だった。


「歌ってる?」


 そう言ってからカラオケルームに入ってきたメグミ義母さんとカナコ義母さん。

 その両手にはお盆に乗せられた苺のショートケーキにオレンジジュースがある。


「俺が歌えば一巡するよ」


「そうなの。それは良かった。みんなゆっくりしていっていいからね」


 カラオケルームにあるローテーブルにはすでに途中で買ったお菓子をパーティー開きに広げられていたが、義母さんたちはそのお菓子を避けながら運んできたケーキとジュースをローテーブルに置いていく。


「ありがとうございます」


 ケーキとジュースをテーブルに置いていく義母さんたちを前に一瞬にして背筋を伸ばした彼女たち。彼女たちは畏まり揃って頭を下げている。


「ありがとう義母さん……」


 やはり俺の家族の前になると、彼女たちはどこか緊張しているように見える。


 ここは義母さんたちには悪いが、彼女たちにカラオケを楽しんでもらうためにもさっさとこの部屋から出て行ってもらうべきだろう。


「でもあとは俺がやるから……ぁ」


 俺は、そう口にしてから少し早まったかもと後悔する。

 一瞬、メグミ義母さんとカナコ義母さんの目が光ったように見えたのだ。

 こんな時のメグミ義母さんとカナコ義母さんの行動ははっきりいって読めない。


「ふふふ。いいわよ。ヤマトくんは私たちがいると、彼女さんたちが緊張してしまうと心配しているのよね。ちゃんと分かってるから大丈夫。

 でもヤマトくんももう家に居るのだから、ほら少しは寛いだところも見せてあげないと、ね」


「そうそう」


 そう言ったカナコ義母さんが身を乗り出してくると、突然俺の前髪をパチン。

 これはカナコ義母さんがいつも使っている髪留めだ。


「ちょ、ちょっとカナコ義母さん、なに……」


「はい。次これ、これはいつも家ではかけていないでしょ」


 俺がカナコ義母さんに気を取られている間に横からメグミ義母さんが俺の伊達メガネをスッと抜いていく。


「うわっ、メグミ義母さんっ」


 カナコ義母さんとメグミ義母さんはそう言ってから悪戯が成功したような笑みを向けると、


「ふふ。たまには彼女さんに、カッコいい姿を見せてあげるのよ」


「そうよ。それとサキちゃんに、アカリちゃんに、ナツミちゃん、アキちゃん、ミユキちゃん、ミキちゃんだったよね。ヤマトくんは歌が上手いから、期待していいわよ」


 と手を小さく振りながらカラオケルームを後にした。


「はぁ、なんだよもう。みんな、なんか義母さんがごめんね」


 そう言いつつ、俺はみんなが盛り上がれる曲を入れる。


 ――あれ?


 でもなぜか皆のノリが悪い。選曲をまずったのか、それとも俺の歌が下手なのか、それは分からないが歌っている以上最後まで歌わないとこの場を白けさせてしまう。

 それだけは避けたいと思いつつ少しでもうまいと思ってもらえるよう画面を見て音を外さないよう丁寧に歌ってみる。


「「「「「「ふぁ……」」」」」」


 俺は画面を見ていて気がついていなかった。


 優しく撫でるような美声に甘いマスク、それにやられて皆の顔、いや身体全体までもが真っ赤に染まっていることを……

 サキは頬に両手を当てその瞳を潤ませ……

 アカリは胸に両手を添えて何度も深く息を吐き出す…

 先輩とナツミに限っては鼻に手を当て顔を少し上へと向け……

 委員長は口元に両手を当てて涙まで流し……

 川崎はボーッと口を半開きにしては何度も目を擦る……


 そして共通するのは皆が皆、普段とのギャップ差にやられて何度も倒れそうになっていることに……

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