第26話

 家に帰った俺は、まだ昼過ぎだと言うのに母さんたちが揃っていたことに驚いた。

 だが、話をするにはちょうどいい。そう思った俺は黒木先輩から頼まれて特撮ヒーローのオーディションを受ける旨を伝えた。


「ヤマトがオーディション!」


 母さんたちは揃って驚いていたが概ね賛成。応援すると言ってくれた。なぜか母さんは目に涙さえ浮かべている。母さんは俺に芸能人になってほしかったのだろうか?


 そう尋ねると「違うわ。ヤマトが人との関わりを大切にするようになってうれしいの」と言われた。


 なるほど。小学生の頃から休日はよっぽどのことがないかぎり一歩も外に出ていなった俺。友だちなんて一人もいなかった。そのことを母さんは心配していたのだろう。状態としては半引きこもり一歩手前? かなり心配させていたようだ。


「ニッチ芸能事務所はたしかミキちゃんが所属していた事務所よね? 妙な噂は聞いたことないけど、念のためちょっと確認してみるわ」


 それからレイコ義母さんがスマホを取り出してから席を外すと何処かに連絡していた。

 俺がオーディションを受けるためには一時的とはいえニッチ芸能事務所に所属することになるからだ。


 その間、期末テストの出来はどうだったとか、彼女とはうまくいっているのかとか、彼女とはどこまで進でいるのとか、キスはもうしたのか? など誘導尋問の如く気づいた時にはすべて吐き出していた。


 母さんたちは楽しそうに笑っていたけど、俺の顔は羞恥心で真っ赤。祈るような気持ちでレイコ義母さんの戻りを待った。


「まいったわね」


 レイコ義母さんが戻って来たのは、母さんたちの質問にすべて答えてしまった後だった。

 なぜもっと早くに……とも思ったが、戻ってきたレイコ義母さんの顔は少し険しい。


「レイコ。そんな顔して何か問題でもあったの?」


 そんな様子のレイコ義母さんにすぐに気づいた母さんが尋ねる。


「ええ。問題ありね。ニッチ芸能事務所はやめた方がいいわ」


「へ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまったがその理由が、そこの事務所の社長は、所属する女優志望の子たちに手を出しているという裏情報。情報元は教えてもらえなかったが信憑性は高い話なのだとレイコ義母さんが言い、


「あのミキちゃんが二年間一度もオーディションが通らないのも不思議に思っていたのよね。それもこの件と何か繋がっているのかもしれないわね」


 続けてそう言った。たしかに先輩は男性が苦手だと言っていた。それも表情が抜け落ちるほどのかなりの重症。そんな先輩に、もし社長が手を出そうものなら間違いなく断られるだろう。先輩は男性が苦手なのだから……

 そうなると断られた社長はどんな行動をとるだろう。まあ考えるまでもないが……先輩が売れることを面白いとはまず思わないだろう。


 俺がそんなことを思い巡らせている間にレイコ義母さんが意を決したような顔をしていた。


「サクヤ。私決めたわ……ヤマトくん少し待っていなさい」


 それからレイコ義母さんがまた席を外す。


「レイコ義母さんどうしたんだろう?」


「ふふ。ヤマトは知らないだろうけど、ああなった時のレイコは頼りになるのよ」


「そうそう」


「まあ、私は何をしようとしているかもう分かっちゃったけどね」


 そこで母さんたちは笑い合う。すでにレイコ義母さんの行動が読めているらしい。俺だけが分かっていない。

 ただ母さんたちの表情を見るに、悪いことにはならないだろう……と思っていたが、俺はレイコ義母さんを舐めていた。


「どうにか父にも話が通ったわ……」


 ホッとした様子のレイコ義母さんが戻ってきた時には新しい芸能事務所が設立されていて、俺はそこに所属することに決まっていた。

 その名もリアライズ芸能。場所はレイコ義母さんの会社のすぐ近くにある小さなビルの中らしい。

 代表者はレイコ義母さん。でもレイコ義母さんもこの業界には詳しくないらしいから、そう時間を置かずに信頼できる人材に任せる気でいるらしい。これには俺も焦る。話がすごく大事おおごとになっているから。


「動き出すと流石に早いわね」


「当然ね。やるべきことが決まったのだもの。女は愛嬌って言うけど、女にも度胸と行動力が必要なのよ」


「そうね、今の私たちのこの関係があるのも行動力の結果よね」


「うん。女も行動力だわ」


 母さんたちが何やら思い浮かべては頷いている。心当たりとしては父さんのことだろうか? 墓穴を掘りそうで怖いから言わないけど、仲睦まじいことはいいことだ。


 それからもレイコ義母さんは慌ただしくどこかに連絡しては何度もやり取りをしていた。


 どう話を付けたのか、一時間もしない内に黒木先輩もリアライズ芸能に移籍していて、オーディションにはリアライズ芸能から応募する流れとなっていた。


 そんなに簡単にいくものなのかと思ったが裏情報を握られている時点で向こうに勝ち目はないのだろう。レイコ義母さんも「向こうが協力的で良かったわ」って笑っていたから。でもその笑みは正直怖かった。


 先輩から「これからよろしくね」とクマのイラストがペコペコ頭を下げるスタンプと一緒にLIFEがきたので俺からも「こちらこそよろしくお願いします」と同じように頭をぺこりと下げるネコのスタンプと一緒に返した。


 ちなみにリアライズ芸能に所属した俺はグレイドと改めて専属モデル契約した。先輩もそうなるらしいけど、オーディションも今回だけだと話している俺たちにはモデルの仕事だけを続ける方向(なぜかそうなった)になるから、その方が色々と都合がいいらしい。


 それから気の早い母さんたちから、俺が名乗る芸名の話まで出てきて一悶着あったが、柊 大和ひいらぎ やまとでどうにか落ち着いた。まあ漢字だけを変えただけだけど。


 レイコ義母さんが最後までラギとかマートはどうかと粘られたが「ラギとかマートって、ゲームのキャラならいいけど、現実ではなんか嫌だ」って言ったらすごく落ち込んでいた。


 ――――

 ――



 翌朝の金曜日。テストは終わったが今日から通常校時に戻るから六時間授業。少しだるい。


「ヤマトっちおはよ〜」


「ヤマトおはよう」


「おはようヤマト」


 けど、そんな気分も笑顔で手を振る彼女たちを見ると不思議と元気が出てくる。


「サキもアカリもナツミもおはよう」


 俺も片手を少しだけ挙げてそれに答える。すると、サキたちの奥にいたらしい委員長と川崎も俺の方に身体を向けてから小さく手を振る。


「柊木くん。おはよう」


「おは〜」


「霧島さんに川崎さんもおはよう」


 テストが終わったから今日から委員長たちも朝はゆっくり登校するそうだ。


「じゃあ行こっか」


「ヤマト行くし」


 今日はサキが右でナツミが左らしい。俺の腕に彼女たちは手を絡めてぴたりと身体を寄せてくる。


 にゅん。にゅん。


 それから腕組みのできなかったアカリは正面から、


 むにゅん。


 ――!?


「ヤマトは今日もいい匂い」


 朝のハグだと言って俺の胸に顔を押し付けてから数秒、満足すると離れた。

 新しく決めたギャルールらしい。俺も今日初めて知った。

 彼女たちも笑いながら言ってる冗談なのかもしれないが、彼女たちはすごく柔らかい。それにいい匂い。


 少しは慣れると思っていたが、日に日に彼女たちの柔らかい部分を意識していく己の卑しさに胸を痛めてしまう。でもそんな時は少し周りに目を向けていつも安心する。


 ――そうだよな。


 そう、腕組みをして登校しているカップルなんて周りにも沢山いるのだ。


 まあ、彼女たちほど身体を寄せているカップルはいないのだが、おそらくこんな状況で離れたいとは思う男性はいないだろう、居たとしてもごく少数なのではと都合よく考えてみると気分もすごく楽になる。


「ん?」


 サキたちには昨日の夜、LIFEで伝えていた。俺がリアライズ芸能という事務所に所属したことを(先輩の移籍の件は俺が勝手に話していい内容じゃないので話してない)だから、彼女たちからその話題に触れることはないが、ただ気になることも聞いた。


 それは昨夜、女子のクラスチャットでグレイドでモデルしている俺の画像スクショされたものが話題に出たということを。


 もちろんそれは黒木先輩が一年生のクラスに来ていたという話題から広がったものだ。学年チャットじゃなかった分マシなのだろうが、ちらちらと視線を向けて来てくるところを見ると、そのことが気になっているのだろう。


 委員長や川崎に話さないのかと……


 ――そうだよな。たぶん委員長には気付かれているはずだもんな。


 そう思うと俺から話しかけた方がいいだろう、そう思ったが、


 ――? まてよ。俺が、女子には女子用のクラスチャットがあるってことを知ってるってことの方がまずいんじゃ……?


 昨夜のうちに気付いていればサキたちに確認が取れたものを今この場で確認できないことが悔やまれる。


 サキにどうしようかと思い視線を送るが、エスパーでもなれけばこんなこと通じるはずない。


「何かあった?」


 現にサキは少し不安そうに首を傾げている。アカリやナツミだってそうだ。これはいっそのことサキたちから話題を振ってもらった方が楽なのでは? 俺がそう思った時だった、唐突に委員長が距離を詰めてくると、


「ねぇ柊木くん。これって柊木くんだよね?」


 小声でそう言ってから自分のスマホの画面を俺の方に向けてきた。


 ――うお!?


 正しくグレイドでファッションモデルをしている俺だった。誤魔化しようがないのでここは素直に頷く。


「うん。そう」


「やっぱり、そうなんだ」


 でも委員長はそれだけ言うと口元をにまにましながらスマホの画面を眺めていた。


 ――それだけ?


 俺が不思議に思っているとそこに、


「うちこれを待ち受けだし」


「私、夏服着てるやつ。筋肉がすごく綺麗」


「あたし、これだよ」


 ナツミやアカリそれにサキまでもがスマホをいじりだし、その画面を委員長に見せている。

 もちろんそこには俺の画像が表示されているのだが、ただそこに、


「アキたち何見てる?」


 いつもの調子で川崎が加わり委員長にそう尋ねる。


「ん? 柊木くんよ」


 委員長もいつもの調子でスマホの画面を見せながらそう答える。


「柊木くん? どれ?」


「これよ」


 委員長が画像を指差してからハッとした様子で固まる。

 川崎も川崎でその画面とメガネをかけた俺とを何度か見比べると、


「んー……好き」


 迷いなく俺にハグをしてきた。


 ――!?


「ちょ、ちょっとミユキ」


 突然のことに俺も焦るが、教えてしまった委員長も焦る。あたふたと普段の委員長の姿からは想像もつかないほど焦っている。

 けど、そんな委員長に顔を向けた川崎は、


「冗談。私頭がいい人が好きだから」


 そう言ってから何事もなかったように離れた。


「ミユキ」


「ちょっと意地悪した」


 そう言ってから僅かに笑みを浮かべた川崎が、期末テストの結果を見て再び同じようにハグしてくるのだが、それはもう少し先の話。

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