第25話

「マネージャーの話では、書類の締切は明日までなんだけど書類選考後、オーディションは随時行われているようなの。だからいつ役が決まっていたとしてもおかしくない状況かな。

 ただ、先ほどマネージャーに確認した話では、まだ決まったという連絡は届いていないそうよ」


「監督さんのイメージに沿う人がいないってことかな?」


「たぶん……」


「でも先輩。俺、弟がいるから今テレビで放映されているマッスルレンジャーをたまに見るけど、敵役の怪人のほとんどは特殊なメイクとか着ぐるみを着てますよね? なんか不思議ですね」


「そこは、ほら……監督も色々と思うところがあるのよ」


 と首を傾げる先輩。先輩もよく分かってなかった様だが、仮に採用されたとしても特殊メイクするのならそれほど悩む必要性はないように思え少しホッとする。


 ホッとすると、弟たちがハマっている特撮ヒーローにだんだんと興味が出て来た「この怪人は俺なんだぜ」とか言ったら弟たちはどんな顔するのだろうか、驚くだろうか。驚く弟たちの顔も見てみたい。


 俺がそんな決まってもいないことに思い巡らせていると、


「あの……失礼ですけど、黒木先輩はなんでヤマトにこの話を持ってきた……ってそこは何となく分かるからいいですけど、他にもクラスで仲のいい男子とか居なかったんですか、あと彼氏さんとか」


 アカリがそんなことを先輩に尋ねていた。


「アカリっち……」


 そんなアカリに向けてサキが何やら物言いたげにしているが、


「サキ。そこはやっぱりヤマトの彼女として確認しときたいじゃない」


「そっか……うん。そうだね。あたしはヤマト以外の彼氏なんて考えられないし……」


 サキも頷き、すまなそうに先輩へと視線を向ける。ちょっと俺には意味が分からないのだが、


「うちも……」


 ナツミはそれだけ言うと、デザートをおいしそうに頬張ってからもぐもぐしていた。


「私ったら無神経でごめんなさいね。それに……ありがとう……

 それで質問のことだけど、私に彼氏はいないわ。仲のいい男の友だちだっていない」


「そう、なんですか。黒木先輩モテそうだからちょっと意外です」


 先輩はモデルをしているだけあってすごく美人だ。一年生の廊下でも騒がれていたし。だからアカリはそんなことを言ったのだろう。


「……それは……私、本当は男の人が苦手、なのよ……」


 それから彼女は小学6年生の頃、ちょうど六年前に事故で両親を亡くしたこと、それからは叔父の家に引き取られて過ごしていたこと。でもそこの叔父やその息子からは卑猥な目でよく見られていたこと。でも追い出されるわけにもいかず感情を押し殺して生活していたことを話してくれ、それは当時、高校2年生だったお姉さんが高校を卒業するまでの二年間続いたことを教えてくれた。


 だからお姉さんの真紀さんは先輩以上に男性のことが嫌いになってるらしい。


 ――そうだったのか。


 彼女に睨まれていた理由の一つが分かった気がした。


「だから私……自覚はなかったけど、男性を前にすると表情が消えてしまうみたい、なの。無表情になっているみたいなのよ。

 だからマネージャーからもモデルでは通用するかもしれないけど、女優としては致命的、直した方がいいってよく指摘されていたわ。さっきは黙っててごめんなさい。こう言うことはなかなか言いづらくて……」


 俺も自分の欠点を他人に、ましてや会って間もない相手に話すなんてしたくないから、言いづらいと言う先輩の気持ちも分かる気がする。


「え、でもヤマトには……普通ですよね?」


「ごめんなさい。自分ではいつも普通にしているつもりだから、自分じゃよく分からないの」


 そう言った先輩は店内を見渡すと、


「あそこに男性の店員さんがいるからちょっと呼んでみるわ」


 そう言ってから先輩は呼び出しベルを押した。


 ピンポーン。


 するとその男性店員が注文用の小型端末を手に持ち俺たちのテーブルにくる。


「はい。ご注文でしょうか?」


「すみません。お冷いただけますか?」


 丁寧な言葉の割に、淡々とした抑揚のない声。トーンも少し低めでどこか怒っているようにも感じとれる。しかも先輩の顔には表情がない。


 ――なんと!


 俺も驚きである。俺たちと話をしていた表情とはまるで違う。


「え、えっとお客様、お、お冷はセルフサービスでして……すみません」


 男性店員は全然悪くないのだが、怒っていると勘違いしているらしい店員は酷く狼狽していて何度も頭を下げる。


「あ、ごめんなさい。私、勘違いしたみたい。では、こちらのプリンアラモードを一つお願いできますか?」


「いいいえ、とんでもございません。プリンアラモードをお一つですね。すすすすぐにお持ちします」


 そう言って下がった男性店員はすぐにプリンアラモードを持ってきた。しかも運んで来るまでが早いし、気持ち多めにクリームが付いているような気がする。


「……私どうでしたか? あ、このプリンは皆さんで食べて下さい」


 みんなの皿にプリンアラモードを分けながら乗せていく先輩。ナツミは目を輝かせるが、サキとアカリはは揃ってバツが悪そうな顔で向き合う。


「その顔……やっぱり……男子の態度もよそよそしくなるはずよね。

 柊木くんも、落ちると分かっているオーディションなんて受けたくないよね……」


 男性が審査員にいないオーディションなんてあるのだろうか? 俺はなんだかいたたまれない気持ちになった。サキとアカリもそうだ。珍しく申し訳なさそうに俺を見てからこくこくと頷いている。


「いいですよ。受けてみましょう。やるだけやってみましょう先輩」


 ――本当は両親にも相談してからの方がいいかもって思っていたけど、まあいいや。受かるかどうかも分からないし。


「え! いいの」


「はい。それで手続きの方はなんですけど、俺はどうすればいいですか? こんなことしたことなくて」


「そこは……えっとちょっとマネージャーからやってもらうから、必要なことをあとでLIFEで聞いてもいいかな?」


「分かりました」


 それから先輩は俺だけじゃなく彼女たちとも連絡先を交換していた。


「それでね……」

「うんうん」

「あ、先輩知ってます?」

「あー、それね……」


 用事も終わり気づけばデザートを食べる彼女たちは楽しげに雑談をしていた。俺はさっさと食べ終えたので鞄から取り出したラノベを読む。


 その時、ピロンっとサキにLIFEが届く。


「あれ、アキっちだ」


 先輩は誰のことかよく分からず黙って耳を傾けているだけだが、


「アキはなんて?」


 アカリが首を傾げてそう尋ねる。


「んと……ぷっ、ウケる〜。本田また通報されて警察に捕まったんだってさ」


「「「は?」」」


 俺とアカリ、ナツミの声が重なった。


「なんかさ、アキっちたちがアパートに帰った時にはすでにパトカーが来ていて、叫びながらパトカーに連れ込まれていく本田が見えたんだって……」


 そこでサキが一度口元を押さえて笑いを堪えて、


「アキっちたちも意味が分からずその現場を眺めていたら家主さんが現れて説明してくれて……」


 霧島の話では、アパートに誰かが近づくたびに本田がこそこそと入り口周辺をうろつき、またどこかに隠れる。それを目の当たりした家主さんが慌てて警察に通報。その際、隠し持っていたバットも発見されたらしい。同情はもちろんしないけど。

 ほんとファミレスに寄ってよかったよ。


「ありがとう柊木くん。それにご馳走様。追加したプリンアラモード代まで奢ってくれて申し訳ないわ」


 疑うわけじゃないけど、男性がすれ違うたびに先輩の顔を横目に見ていたが、不思議なくらい先輩の顔は無表情へと変わっていたりする。

 たぶん彼女たちも同じように先輩を見ていた。


「いえ。気にしないでください。ほら、お詫びも兼ねてましたから」


 俺がそう言うと先輩は思い出したように顔を赤くしてから、


「あとでまた連絡します」


 と頭を下げる。本当に不思議だ。今は普通に表情があるのに。


「サキさん。アカリさん。ナツミさんもありがとう」


 それから先輩は彼女たちにも頭を下げて帰っていった。その足取りは少し軽そうに見えた。


「ヤマトっちご馳走様」


「ヤマトありがとう。美味しかった」


「ありがとうヤマト」


 それから俺は彼女たちを無事にアパートに送り届け部屋で少し遊ぼうと誘われるが、母さんからLIFEを受けていた俺はいつもの熱いお礼をもらい帰路に着いた。


 ――――

 ――


 ヤマトがファミレスにいる頃、自宅では……



「あなたまでお昼に帰ってくるなんて珍しいね。どうしたのよレイコ?」


 少し疲れた顔をしたレイコがリビングのテーブルに突っ伏した。


「あらサクヤも戻ってきてたのね。でもヤマトくんはまだ帰ってないのね」


 そう言ってからリビングを見渡すレイコ。


「そうねヤマトはまだみたい。ちょっと連絡入れとくわ。私も近くまで来たからお昼、自宅で食べようと思ったのよ」


 カナコとメグミが食事の準備をしている間に、サクヤが子どもたちを相手していた。


「私、ヤマトくんの影響力を舐めていたわ」


「それってモデルの話?」


「そう。ものすごい反響なのよ。登録者がグングン伸びてサーバーはダウン寸前。どうにか対処したけど今度は決済システムが追いつかない。それでもウチの優秀な社員たちがどうにかしてくれているんだけど、彼女たち今日は徹夜になりそうなのよね」


「そんなになの!?」


「ええ。こんなこと初めてだったけど「これくらいへっちゃらです」って社員は快く引き受けてくれているのはいいけど「議題に上げましたメンズ部門の販促用のポスター。その話を早めに進めて、出来上がりを社員にも分けてもらえればいいですよ」って笑うのよ彼女たち。ボーナスももちろん弾むつもりなんだけど……はぁ、ヤマトくんは承諾してくれるかしら。でないと後が怖いのよ」


 珍しくテーブルに頬杖をつくレイコは手帳を取り出して何やら記入している。


「それって店頭用のポスターの話よね。まあ、そこはヤマトくんに頼むしかないわね」


 ご飯をよそったカナコが配膳しつつ会話に加わり、


「私もそう思うわ。でも意外と簡単にオッケーしてくれるかもよ」


 メグミも出来上がったおかずを配膳しつつ会話に加わった。


「私もそうかな、と思うんだけどね……それはそれでちょっと思うところもあるのよ」


「んー、なんとなく分かるけど、それはまずヤマトくんが帰ってきてからだね。それよりも、思ったより心配なさそうねヤマトくんは」


「そうね。もともと一人でいることを好み内に籠るようになっていたヤマトの意識を少しでも外へと向けさせたくてレイコにお願いしたのよね」


 サクヤが「ありがとう」とレイコにお礼を言う。


「いいのよ。経緯はどうあれ、せっかくできた彼女にヤマトくんが見限られたらかわいそうだもの。それこそ前より悪化なんてこともあり得るわけだしね。

 ほら漫画やアニメ、あとゲームにライトノベルだっけ? ヤマトくんがハマってるもの。一人でも楽しめるそんな娯楽。昔はそんなのなかったから、今でこその悩みよね」


「そうね。でもあの時、ヤマトにあの格好をさせていなかったら、変に拗らせ、最悪引きこもっていたかもしれないもの。

 あの子、変に遠慮して我慢することがあるから、本当みんなにはお世話になりっぱなしね」


「ふふ。私たち家族よ。当たり前じゃない」


「そうだよサクヤ。それに今からは下の子たちだって大きくなるんだから。お互い様ってことよ」


「そうそう」


「それもそうね……それでレイコ。その様子じゃ、まだ何か問題があったのよね?」


「そうなの。ウチの会社、基本的に会員登録していないゲストの質問事項は受け付けていないんだけど、それでも相当数の顧客からヤマトくんの名前や所属事務所を教えてほしいって声が寄せられてきたわ……ってちょっと待って会社からだわ」


 それからレイコは一度、会社から届いたLIFEを確認した後に首を振り話を続けた。


「……ウチとしても商品とは関係ないことだから答える必要はないのだけど、設立当時からご愛顧いただいているお客様もいるから無下にもできないのよね」


「一時的なんじゃないの。だから仮の名前を用意するってのはダメなの? ほら、芸名ってほどじゃなくてモデル名みたいな」


「……そうね、それもいいわね。柊木からとってラギとか、ヤマトのマートとか?」


 メグミの提案にレイコが顎に手を当てすぐに思いついた名前を上げる。


「まあヤマトくんは芸能人ってわけでもないからね。でもそこはヤマトくんに確認した方がいいわね。それで事務所の方はどうするの?」


「そこよね。うまく名前だけ置いてくれるところがあればいいのだけど藤堂グループ傘下の芸能事務所ってないのよね……理由は色々あるけど必要ないと判断した父の方針なのよ。でも変な事務所に目をつけられても困るし、実際それらしい問い合わせも多数届いているから頭も痛いのよ。これはちょっと父に相談してみるわ」


「そうよね。今の時代怖くて借りなんて作れないし、レイコいつもごめんね」


「あら、ヤマトくんは私たちの息子でもあるのよ。当たりじゃない」


「ふふふ、サクヤ。レイコはヤマトくんの反応を面白がっていたでしょ? たぶんやり過ぎたって反省しているのよ」


 カナコがスマホの画面をこちらに見せる。グレイドの公式サイトだ。「あっ」と目を泳がせるレイコ。


「そ、そうね。でも私もここまで反響があるなんて予想してなかったのよ。

 そ、それよりも今日はメグミの番よね」


「あはは……レイコいくら話題を変えたいからって今はまだお昼よ。あ、でも今日は子どもたちをお願いね」


「だって……」


「あはは、そこは大丈夫よ。メグ任せて」


 夜のことを思い浮かべ上機嫌になったメグミに、レイコは気まずそうにする。

 そんな二人にカナコが笑みを向けていた。


 ヤマトの父、タケルもものすごくモテる。母たちは母たちで、タケルが他所の女に目が向かないよう毎日タケルを満足させているのだが、実は子どもたちの母親としてでなく、キチンと女性として扱ってくれるタケルに彼女たちの方が楽しんでいたりするのだった。

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