第24話

「はいヤマト、あげるし」


 食事中、ナツミのハンバーグも美味しそうだなと眺めていたのがバレたらしく、ナツミが切り分けたハンバーグを差し出してくる。


「ありがとうナツミ。じゃあこれ」


 俺もお礼に唐揚げを一つだけナツミの皿にのせた。


「うちにもいいの。ありがとう……うん、唐揚げも、うまうま」


 ナツミはすぐその唐揚げを美味しそうに頬張る。


 ここのファミレスの唐揚げは一口サイズで食べやすい上、量がかなりある。だから一つくらいナツミにやったところでなんの影響もないんだけど、


「「ぁぁ」」


 ――ん?


 ふいにサキとアカリの視線が唐揚げに向けられているように感じた。


「はい」


 とりあえず食べたいのだろうと思い、一つずつ唐揚げをドリアとカルボナーラの皿の隅に乗せてやる。


「うわ、いいの」

「ありがとうヤマト」


 サキとアカリもすぐに美味しそうに頬張った。やはり二人とも唐揚げが食べたかったらしい。まあ俺ももう二つくらいやったところで全然、まったく影響は……


 ――おっと先輩がいた。


 さすがに先輩だけにあげないというのも気まずい。それに先輩の視線も俺の唐揚げを見ているような気がするし。


「先輩も一つどうぞ」


「え、私も? あ、ありがとう」


 薦めてみると先輩は遠慮しながらも素直にペペロンチーノの皿を差し出してきたので、その皿の隅に唐揚げを置いた。先輩もすぐ唐揚げを頬張っている。どうやら先輩も食べたかったらしい。


 でも断られると言わなきゃよかったって後悔するけど、素直に受け取ってもらえるとやってよかったとうれしくなる単純な俺。美味しそうな頬張る先輩を見てほんとあげてよかったと思う。


 どうも最近の俺は人に感謝されることに喜びを覚えしているように感じる。

 きっかけは皆でやった勉強会に、バイトの撮影そんなところだろうと思うが。


 特に義母さんの会社では皆(何十人かいた)から握手を求められ感謝の言葉をもらった。


 あ、でもあれが社会人としての社交辞令だったら少し、いやかなり傷つくけど、義母さんからは、皆メンズ部門の売り上げを伸ばそうと一丸となってくれている。前より会社の雰囲気が良くなったとバイト代を奮発してくれたくらいだからきっと大丈夫だろう。


 でも昔の俺ならこんなこと思いもしなかっただろうけど、今なら俺の好きな小説教本『ブサメン転生』の主人公も苦難な道に進みながらも善行を続けられた理由の一つが少し分かった気がする。


 もちろんそこには呪いを解くためや、支えるブサメネコ(元悪女でも浄化させると心も綺麗な美女になる)の存在も大きいのだが、主人公は辛い出来事の後には必ず『ありがとう』という感謝の言葉をもらっていた。


 その主人公も今の俺と同じようにうれしくなりまたやってやろうって気になったのだろう。


 ――うん。たぶんそうだ。


 さて、頭の中で自分に都合よくまとめたところで、俺の食事は終わっていた。

 不思議と考え事をしながら食べていると結構早くに食べ終わっているものだ。

 もう少し味わって食べればよかったと少し反省する。


 皆はまだ半分くらい残っているので、先に食後のコーヒーを飲んで待っていることにした。デザートは彼女たちが食べ終わってから一緒に持って来てもらおうかな。


 ――あれ?


 皆の食べている姿をなんとなく見ていてふと気づく、先ほど彼女たちに取り分けてあげた唐揚げのことを。そのとき直箸だったことを。


 思い出すとしまったと後悔の念が押し寄せてくるが、先輩を含めて彼女たちの皿にはすでに唐揚げはない。彼女たちは気がつかなかったのだろう。


 ――よかった。


 ここはもうなかったことにして俺の胸に納めることにしたのだが、


 ――!?


 サキだけが俺に視線をちらちらと向けていて、口元をにまにまさせている。これはきっと気づかれている。

 その話題に触れられると俺が困るので、とりあえず彼女からは視線を逸らしておこう。


 まあ、視界の隅では彼女が声を殺して笑っている姿が入ったけど、気にしたらダメだ。


 ――――

 ――


「それで先輩の話って何ですか?」


 皆が食べ終わり、食後のデザートが運ばれてきたタイミングで先輩にそう尋ねた。


「あ、そうね。そうだったわね。でももう何となく分かっちゃったのよね」


「何をです?」


「柊木くんは芸能界に興味がないってこと。興味無いでしょう柊木くんは?」


「芸能界ですか? 芸能界は……たしかに興味ありませんね。どうしてですか?」


「実はね……」


 それから先輩は自分のことを話してくれた。女優になりたくて、俺と同じ歳からグレイドでモデルをしていたこと、そのことがきっかけでニッチ芸能事務所にすんなり所属できたこと。


 それからモデルをしながらお芝居の練習を続けていたけど、オーディションには一度も受かったことがないことを。


 ちなみにこの学園には先輩と同じように芸能界を目指す学生はいるらしいけど、売れている学生はまだいないそうだ。皆ライバル関係で気のおけない関係にはなれなかったらしい。


「オーディションに落ちる度に、私には無理なのでは、向いてないのではないかと、自問自答するし自信も段々なくなっていく。

 でも、それでもまだ諦めたくないって気持ちも強くて、そんな時、たまたま姉から私と同じ学園の子がグレイドのモデルをやるって聞いて、あの日、居ても立っても居られず、あなたを見に行ったの」


「そうだったんですね」


「でもあなたの撮影現場を見て思ったわ。柊木くん、あなたには人を惹きつけるオーラというか雰囲気があるってね。正直羨ましいと思ってしまったわ」


「……」


 俺からすれば義母さんの会社の人に全部お膳立てされて出来たことだからイマイチピンとこないが、先輩は一度だけ俺に笑みを浮かべ見せると、すぐに話は続けた。


「ただそれと同時に私はあなたが演じている姿を見てみたいとも思ったの。

 でも柊木くん、あなたのその様子じゃ微塵にも興味なさそうよね」


「そう、ですね興味は湧きませんね」


「そうよね」


 そう言った先輩は少し寂しそうにすると、スマホを取り出し先ほどスクリーンショットとした俺の画像を表示して眺めた。


「実は私ね、次のオーディションが落ちたら女優を諦めようと思っているの」


 スマホの画面を見たままの先輩がそんなことを呟いた。


「え」「え、うそ」


 そこには黙って耳を傾けていた彼女たちも驚きの声を漏らした。


「ほら、私ってもう三年でしょ。三年になると先のこと、進路のことを嫌でも考えちゃうのよ」


「ああ、そうか。それで先輩は他に何かやりたいことでも、って、あ、余計なお世話でしたね」


「ううん。いいのよ。一つ頼みごともあるから」


「頼みごと、ですか?」


 なんか俺余計な一言を言ってしまったらしい。今先輩の瞳がキラリと光った気がする。


「ええ。でも先に話しておくわ。私、オーディションが落ちたら姉と同じフィクションスタイリストの道にすすむつもりなのよ。

 私、姉のことも尊敬しているし、ずっと私を支えてくれた姉と、そんな姉と同じ仕事につくのもいいかなってね。

 あ、でもモデルは続けるのよ、事情を話したらグレイドの社長さんも学費の足しになるだろうからって辞めた事務所を通さず個人契約に切り替えてモデルを続けてもいいって言ってくれたの」


 ――へぇ、さすが義母さんだ。


「えっと、それで俺に頼みというのは……?」


「実は今回のオーディションは男女ペアでの応募って決まりがあるのよ。そのペアになってほしいの」


「……はい?」


「事務所のマネージャーが話しを持って来てくれたのはいいけど、ほら、私ってずっとオーディション落ちてるじゃない。誰も私とはペアになりたがらないのよ。酷いでしょう、事務所からも何人か応募するんだけど、人数が足りなくて私だけ浮いているのよ。

 進路のことで事情も話していたし、私さえ納得してくれるなら誰とペア組んでもいいっていってくれたのよ。

 まあ、つまるところ事務所からは見限られてるってことにもなるのよね。

 だから最後の思い出作りに協力してほしいなって、それにはやっぱり柊木くんがいいなって思ったの。今日柊木くんと接してみてもそれは変わらなかったのよ。だからお願いします」


 そう言った先輩は少し俯いてから拝むように手を合わせているけど、


 ――見えたんだよな……涙が。


 そう、俯いた先輩の瞳には涙が浮かんでいたが、誤魔化すように笑った先輩はその涙を指で払った。


「あはは、やっぱりこんな話、ダメかな?」


 正直なところやりたくない。でも話しを聞いて先輩には協力してやりたいたいとも思ったりもする。


「ヤマトっち。あたし聞いてて腹が立った。そんな事務所の連中、見返してやればいいよ」


「うんうん。うちも。ヤマトやってやれば……」


「サキもナツミも待って。黒木先輩、今回のオーディションってどんな役なんですか?」


 俺が口を開く前に腹を立てた様子のサキとナツミが口を開き、それをアカリが落ち着くようにと止めに入った。


「そうだったわね。今回のオーディションは特撮。今だと筋肉戦隊マッスルレンジャーというのがやってると思うけど、皆知ってる」


「「「知らない」ね」し」


 彼女たちは揃って首を振るが俺は知っている。弟たちがものすごくハマっててその玩具や変身アレイ(鉄アレイを模した変身用のオモチャ)まで持ってる。


「俺、五歳の弟がいるから知ってます」


「えっと、子ども向けだもんね。そうなるよね。それで、そのミラクル戦隊はシリーズ化されてて、今回のオーディションは来年にある討伐戦隊アースレンジャー……の、急遽追加された怪人役なの」


「怪人役、ですか?」


「そうなの」


 そう言ってから先輩は一枚の紙を取り出した。


 ――――――――――――――――


【討伐戦隊アースレンジャー】


 ◯レッドアース(仮

 ◯ブルーアース

 ◯グリーンアース

 ◯イエローアース

 ◯ピンクアース


【悪の秘密結社ウェル団】

 ◯ギュウ=ブリット大首領

 ◯ステキ=ヤケテル中首領

 ◯カルビ=オイスイ小首領

 ◯ロース=テイバン怪人

 ◯タン=イケル怪人

 ◯ハラミ=ソウクル怪人

 ◯ツラミ=ソッチカ怪人

 ・

 ・

 ・

 ⚫︎コゲニック戦闘員


【追加の怪人とヒーロー】


 ⚫︎ササミ=ピヨッコ怪人

 ⚫︎ムネニーク=ピヨッコ怪人


 ⚫︎ブラックアース

 ⚫︎ホワイトアース


 ――――――――――――――――


「これ、私が簡単に書き写した物だけど、主役のヒーロー役はすでにゴッデスボーイ。ほら聞いたことあるでしょ? 大手月間雑誌『ゴッデス』が主催する美男子コンテスト。その優勝者と準優勝に決まってるわ。ヒロイン役や敵役の首領なんかも大手芸能事務所に決まっているのよ。

 それで今回のオーディションはこれ……この怪人」


 そう言った先輩は追加の怪人の、ササミ=ピヨッコ怪人、ムネニーク=ピヨッコ怪人を指差した。


「この怪人は兄妹きょうだいなの」



◎直箸の表現がありますがフィクションです。コロナは関係ありません。それでも不愉快に感じられた方、すみません

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