第21話

 本田が去ってから橘は数名のクラス女子から囲まれ情報の擦り合わせのような、なんか男子が近寄り難い雰囲気で話を始めたので、少し距離を取れば俺は俺でなぜかクラスの男子三人から囲まれてしまった。


 名前はたしか大久保、安藤、堤(第七話のモブっぽい人たち)たぶんそんな感じの名前だったはず。

 日頃からクラス男子と会話の少ない俺は何を言われるのか内心びくびくしていた。


「柊木! お前さ。遊ばれてるんじゃなくてマジで橘と付き合ってるの?」


 囲んできた男子。たぶん大久保が、真っ先に口を開き俺にそんなことを尋ねてきた。橘がさっき言っていたことを確かめにきた感じの様だが、彼は少し困惑したような表情をしている。


「へ? あ、ああ。そうだよ」


 彼らの表情を見てなんとなく察する。


 ――なるほど。


 どうやらクラスの男子から俺は、橘たちに遊ばれているという認識だったらしい。


 まあ俺も地味に徹して過ごしていたし、対する彼女たちの見た目はギャルのまま、教室内では一方的に彼女たちの話を聞いていることが多いから、側から見ればそう見えても不思議ではないのかも。


「うそ!」


「マジか。うらや……けふん。いや、なんでもない。つーか柊木。た、田中や鈴木は違うよな? あいつらとも仲良さそうだけど、そっちはただ仲良く見えるだけだよな?」


 大久保が認めたくないのか左右に首を振っているが、突然、俺に対してすごい圧をかけてくるこいつは、たぶん安藤。瞬きせずに顔を近づけてくるから、その目がすごく怖い。

 けど俺がウソをついても始まらないのでここも正直に話す。


「いや、まあ……付き合ってるね」


「う、そ……それで、どっちだどっちとだ? え!? ま、まさか二人とも、二人ともなのかっ」


「そう……だね。二人とも付き合ってる」


 安藤は驚いた様子で上体を逸らすと、一度田中の方見る。それから再び俺を見てくる。

 その感じからして、どうやら安藤は田中を狙っていたっぽい。


 ――ん?


 安藤の視線の先を追っていた俺は不意に田中と目が合う。田中が小さく手を振ってくれるので俺も手を小さく挙げて応えておく。


「アカリたんが……柊木と、認めたくない。認めたくない」


 安藤からぶつぶつと変な呟きが声が漏れてきたけど、そこには触れない方が良さそうだ。

 安藤はそれほどまでに田中のことが気になっていたのだろう。

 でも田中は俺と付き合っている。危なかったと思うと同時にどこかホッとしている自分がいる。

 ただ田中自身が他にも彼氏をと望めばその限りではないのだが……


 それでもなんとなく気まずくなって俺は安藤から視線を晒らした。


「くそー、何故だ。何故地味で目立たないお前が……あんな美女たちを……?」


 悔しそうにズレてもいないメガネを何度も直しているのがたぶん堤だ。堤はそう言いつつ、ふと何かに気づき俺の席と彼女たちの席の位置を交互に見る。


 それからすぐにショックを受けたような表情をしたかと思えば、


「そうか席か! 席替えで柊木と橘たちとの席が近くになったからか? それでなんだろ?」


「たぶん。そうかも」


「ちくしょー……はぁ」


 俺は当時を思い返してからゆっくりと頷くと、堤は悔しそうにた後にガクリと肩を落とした。


「ふふ、ふふふ。こうなったら俺たちは学校主催の交際イベントに賭けるしかない」


 突然そう言ったのは大久保だ。安藤はショックでまだボーっとしている。


「おお! それっていつだ」


 肩を落としていた堤がガバッと顔を上げてからズレてもいないメガネを直す。


「再来週。午前中の終業式が終わったその後にあるらしいぞ」


「へぇ。次の日から夏休みかぁ。え! ってことは、みんなの気持ちも開放的になってて普段警戒している女子生徒も少しは妥協というかハードルを下げてくれるんじゃ?」


「おお。あり得る。あり得るぞ、それ」


「ほら、安藤も元気だせ。なんか期待できそうな催し物が近々あるんだぞ」


「う、うん。でも俺アカリたんが……」


「そうやって一人に絞るから視野が狭くなる。もっと俺みたいに付き合ってくれるなら誰でもいいっていうくらいの、懐の大きさを見せないと楽しい学園生活送れんぞ」


「う、うん……ってかお前も彼女いないじゃん」


「あいたた」


 落ち込んでいた安藤の返しに大久保が参ったとばかりに自分の額をペチンと叩く。


「それよりさ。どんな催し物なんだろうな? 俺ら一年は初だから想像もつかんわ」


「ふふふ。そこはちゃんと調べてる」


 そこで大久保がドヤ顔になるが、


「ハゲてるにでも聞いたのか?」


 堤はそんな大久保にも慣れてるのだろう突っ込むことなく普通に返す。


「まあな」


「で、ハゲてるはどんな催し物だって」


「んー、聞いた話だと、お見合いパーティー番組のような、女子の対面に男子が座って五分置きに男子がズレていく感じ? 一年は知らない顔もあるだろうからとそんな感じのイベントになったらしい。

 ほら、クラスが違うと接点がなくてまだ知らない奴とかいるだろ? でもこれは別に強制じゃなくて参加は自由らしい。

 他にも危険物以外の、トランプや携帯ゲーム機、何でも持ち込み自由で趣味の合う仲間を見つけてもいいそうだ」


「なかなか楽しいそうだな」


「おうよ。ちなみにこの催し物、個々惚れここで個人に惚れろ大作戦って言うらしいぞ。ハゲてるが得意げに笑ってた」


「ハゲてる寒っ。でもまあ俺もなんか彼女できそうな気がしてきた」


 途中から空気と化していた俺。彼らは勝手に盛り上がってさっさと去って行った。


 ――友だちか……


 彼らが去ったあとふとそんなことを思い首振る。俺には昔から男の友だちがいない。


 ――そう言えば……


 こんな俺でも会話する程度には仲良くなった男子生徒ができたことを思い出す。


 それはB組との合同体育。その体育ではひょろっとした早川(第七話ではガリ)に、背が少し低めの土持(第七話ではチビ)に、ぽっちゃりとした高田(第七話ではデブ)に、坊主頭の山本(第七話ではハゲ)とよくグループになる。いやほぼ彼らとなる。


 だから自然と話すようになった。アニメやラノベ、漫画なんかの話を、話題を振ると彼らは急に滑舌になるからビビったけど、俺以上に夢中になっていて、たまに話が分からない時があるけど、悪い奴らじゃない。いや、むしろいい奴だな。けど悲しいことに彼らはB組なのだ。A組じゃない。


 彼らも彼女が欲しいと言っていたから、このイベントを楽しみにしているのだろうか。


 そんなことを思っていると廊下側が少しざわざわしていて少し騒がしい。


「ヤマト帰るよ〜」


「ふぅ、なんかドッと疲れたし」


「そうだねナツっち。あたしもなんか疲れた。ヤマトっち帰ろ……ん、どうしたの?」


 ようやく橘たちもクラスの女子から解放されたらしく鞄を肩に掛けた橘や田中、それに鈴木まで側に立っていた。でもその顔には少し疲れの色が見える。


「ほら、なんか廊下側が騒がしかったからちょっと気になっただけで、それよりも三人とも顔色悪いね。大丈夫か?」


「うん。どんどん人が増えてさ。何度も同じこと説明してたらなんか疲れて」


「うちも」


「あたしもだいたいそんな感じ……。でもほんと廊下側が騒がしいね。これじゃ混み合ってて帰り難いしあたしちょっと聞いてみる」


 そう言った橘は肩に掛けていた鞄を机の上に置くと、廊下側で立っていた友だちらしき女子生徒に話しかけている。


 ――うーん。さすがサキ。


 分かっていたが、橘はコミュ力が高いからやはり友だちが多い。


 それから橘は一度だけ廊下側を覗いてからすぐに戻ってきた。


「分かったよ。なんかさ、高級ブランド、グレイドでファションモデルしてるって学園でも有名な三年生の黒木先輩が誰かを探してるんだって」


 ――んん? グレイド? 


 俺がグレイドの名前に引っかかりを覚えている間にも彼女たちの会話は続いていく。


「三年生なの?」


「そう」


「へぇ。誰だろうね」


「うーん。それは分かんないね。それで、あたしも少し覗いて見たけどすごく綺麗な人だったよ」


 そこで教室内からも別の声が聞こえてくる。


「見て見て黒木先輩ここに載ってる」


「ほんとだ。高そうなブランド着こなしててカッコいい」


「これ見てると私も欲しくなっちゃう。でもさすがに高いから学生にはキツイね」


「うん。そうだね」


「えっ、ええ! ちょ、ちょっとこれ見て! メンズの方。すごくカッコイイ人がいるよ。つーかこんな人ほんとにいるの?」


「ほ、ほんとだ超イケメン。この人どこの人。名前は?」


「? あれなんで? 名前、載ってないね」


「じゃあ……買えないけど質問しちゃおっか?」


「うんうん。しちゃって、名前さえ分かればグルグルで検索出来るし」


 なんかそんな声が聞こえて来た。


 ――グレイドって義母さんの……


 そこで俺の動悸が激しくなるが、


 ――いやいや。


 冷静に考えると撮影からまだ四日。義母は最低一週間はかかると撮影前には言っていた。俺が載っているわけがないのだ。


 ――ないな。


 だからクラス女子が目にした人物はきっと俺の前にモデルをしていた人だろと当たりをつけて、変なことを考えてしまった自分を恥じて首を振る。


「? ヤマトっちどうしたの? ヤマトっちの方がなんか顔色が悪くなってる」


「いや、大丈夫。しばらく待って、落ち着いてから帰ろうか」


 しばらくすると廊下の方が静かなった。誰かを探していた先輩も無事にその人物を見つけて帰ったのだろう。


「さて帰ろ」


「そだね。ゆっくりしてたから元気でたし」


「ヤマトっち帰るよ」


「うん」


 学級委員長をしている霧島とその補佐をしている川崎は先生から用事を頼まれて職員室に行っている。


 一緒に勉強をした仲で方向も同じ(全く一緒)だから待ってると言ったが「先生の用事がどれだけ時間がかかるか分からないの。今日は先に帰ってくれた方がいいわ。迷惑かけたくないの」と言われた。そう言われれば黙って頷くしかない。


 それから帰るために下駄箱の方に向かった俺たちだったけど、まさかそこで件の黒木先輩が、しかも俺の下駄箱の前で待っているとは思いもしなかった。

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