第20話

「ヤマトくん今日はありがとうね。助かったわ」


「本当に? 俺はバイト代貰ってるし、義母さんの役に立ったのならうれしいんだけど、正直俺、初めてのことだらけで、あれでよかったのかさえよく分かってないんだよね」


 撮影は無事に終わり俺は家路につく。今はレイコ義母さんが運転する車の助手席に座っていた。


 ただ俺の両膝の上には今日撮影に使った商品の服が入った大きな紙袋がありちょっと狭く正面も見づらくなっている。


 ただ、その紙袋は後部座席にも二つある。帰り際に一木さんから手渡されたのだ。


「本当は私が、じゃなくて、ヤマトくんが持って帰らないと大変な……処分することになるから」とね。


 義母さんを含むスタッフ一同頷いていたし俺は遠慮なく貰うことにしたんだけど、この服は高級なブランド服。カジュアルな服装を好む俺としては使いどころに悩みそうなんだよね。そんなこと間違っても口にできないけど。


 ちなみこの商品のブランド名はグレイド(grade)シンプルでカッコいいロゴが入っている。品質にこだわりますよって単純な意味で父さんと義母さんたちで付けたらしいけど、生産を委託せず自社工場(もう驚かない)で量産しているそうだ。


「ヤマトくん気にしすぎね。でも十分役に、ううん。私はかなり期待できると思ってるの」


「それは……勘ですか?」


「そうね……そうかもしれないかしら。でもこんな時の私の勘って案外馬鹿にならないのよ。ふふふ」


 そう言ってから上品に笑うレイコ義母さん。


 ――うん。それは知ってる。


 父さんじゃないが俺もここ最近、母さんたちの持つ女性の勘って奴が怖くなっている。嘘まで見抜かれるし。

 まあ橘たちもその片鱗を見せているのだか、中でも群を抜いて恐怖すら感じることがあるのが目の前のレイコ義母さん。

 レイコ義母さんの勘は馬鹿にならないどころの話しじゃなくほぼ的中するものだと思っていた方がいい。


「義母さん。そういえば帰り際に聞こえたんだけど……」


 これ以上足を踏み入れるとなんだか怖いことになりそうなので、取り敢えず話題を変えておこう。


「義母さんは俺を家まで送った後また仕事に戻るの?」


「あら聞いていたのね。ふふ、実はそうなのよ。本当は残業はさせたくないのだけど、なんだかみんなやけに張り切っててね。差し入れを持っていくついでに私も残っている仕事を済ませちゃおうと思ったの」


 それからレイコ義母さんは俺を降ろすと再び会社に戻っていった。


 それから義母さんが仕事から帰ってきたのは深夜近く。それでも疲れの色を見せるどころか、「かなりよく仕上がっている」「スタッフが遅くまで頑張ってくれた」とかなり上機嫌。終始笑顔だったから相当良い出来なのだろう。

 売り上げによってはボーナスの上乗せも考えているらしい。


 ――――

 ――


 翌朝の月曜日。


 今日から期末テストが始まる。毎日三科目ずつのテストがあってそれが四日間も続く。全部で十二科目だ。中学生の頃と比べるとテスト科目が随分と増えた。


 でも三時間のテストが終われば俺たちは下校になる。今日から四日間は午前中で終わるんだ。それはかなりうれしい。


「ヤマトっち。やばいあたしどうしよう」

「わたしもちょっと自信ないな」

「うちは……もうムリ。なんか頭パンパンでこれ以上詰め込んでも入りそうにないし、逆に押し出されて覚えたヤツ全部忘れそう」


 橘と田中は必死に過去問題のプリントの答えを見て覚えようとしているが、鈴木は机に突っ伏しすでにお疲れムード。


「はい、お前ら机の上に置いてるモノしまえよ〜」


 それからテスト科目を担当する先生が教室に入ってきて、テストがすぐに始まった。


 俺の出来はいつもどおり、特に躓くところもなくこの日のテストは終えた。


「やっと終わった」

「うん。終わったね」

「さあ、みんな帰るし」


 午前中のテストだけで下校となるけど、さすがにテスト期間中なので勉強会はせずに送り届けるだけになるものと思ったのだが、なぜか前回と同様霧島と川崎まで加わって、明日にあるテストの勉強会をする流れになった。


「何だかごめんなさいね。柊木くん。教えて方上手だからつい頼りたくなるの」


「うん。柊木くんは丁寧で分かりやすい。おかげで今日のテストも結構自信ある」


 彼女たちのアパート(自宅)へと向かう途中に霧島と川崎がそう言う。


「アキっちとミユキっちもやっぱりそう? 実はあたしも前回よりできた感があるんだよね。ヤマトっち教え方上手いし」


 ――……ん? サキがアキっち、ミユキっち?


「あ、それわたしもだよ。答案用紙全部埋めれたし、これもヤマトのおかげだよね」


「それならうちも。テストってあの雰囲気だけで焦ったりするじゃん。な、ヤマト? でも今日の感じだとうち、赤点は免れてるし」


 そう言った鈴木が少しドヤ顔をしている。けど俺に同意を求められても俺は別にテスト中の雰囲気は苦手じゃない。


「雰囲気ねぇ……」


 でも不思議に思うのは鈴木だ。彼女の分からないところを俺は見ているが、その時の感じからは赤点を取りそうな危うさはなかった。


「ヤマト。ナツミは……ほら、あがり症だから」


 田中がにやにやしながら、見ていれば誰でも気づくことを秘密だったと暴露した鈴木の方に顔を向ける。


 ――ああ、そう言えばそうだった……


「うっ、テストは早くやらないとって特に焦るし」


「ナツミさん。焦りはよくない。ケアレスミスする。焦るともっとしてしまう」


 川崎の話を聞いて顔色を悪くする鈴木が俺の右腕の袖をちょいちょいと引っ張る。


「ううヤマト。アカリとミユキがうちに怖いこと言うし。ヤマト〜うち大丈夫かな〜」


 ――んん? ナツミさんにミユキ?


 俺の知らないところで彼女たちの距離が近づいていた事に驚きつつも俺からの言葉を待っているらしい鈴木の方に顔を向ける。

 ちなみに今日の下校は右腕が鈴木で左腕には田中の腕が絡んでいる。


「まあそれも無い話じゃないけど、でもナツミは答案の見直しはしたんでしょ? それなら大丈……ぅ」


 気の利いた言葉なんて思い浮かばないので当たり前のことを話してみれば、


「ぅぅ」


 鈴木が少し涙目になり俺の右腕をぎゅっと抱きしめてきた。やばい。鈴木はできた答案を確認していないっぽい。俺は余計なことを言ってしまったらしい。

 けどそんな鈴木にかけてやる慰めの言葉なんてすぐには思い浮かばない。

 縋る思いで橘の方に顔を向けてみる。


「あいたた。ナツっち。あたしも見直ししてなかったよ」


 俺に軽くウインクした橘が上手くフォローをしてくれた。鈴木もそうなのって顔で橘の方を見てから橘と握手している。鈴木は同じ過ち仲間がいてうれしかったらしい。

 両腕が使えないのでこくこくと小さく頷き橘に感謝の意を伝えると、橘は声を殺して笑っていた。


「ナツミさん。終わったことを気にしてもしょうがないわ。初日に気づけたのだからよかったと思えばいいのよ」


「うん。そう思うことにするし、アキもありがと」


 しかし不思議だ。今はあの頃と時代も環境も違うのだから当たり前なのだが、女の子と歩いているとどうしても思い出してしまう。小学生だったあの頃を。


 あの頃は数人の女の子とほぼ毎日のように下校していたけど常にギスギスしていて今のような穏やかなムードではなかった。


 でも今は違う。俺が無理に会話に交ざらなくても彼女たちは彼女たちで楽しく雑談しているし、変に同意を求めてくることもない。


「あはは、でさ」

「そうそう」

「あ、あれ見た?」

「見た見た」


 ――俺も見た。


 でもたまには交ざりたくなるけど。でもあの頃を知る俺は今の環境がかなり恵まれたものだと知っている。

 学園入学前までは考えもしなかった今の環境を。俺にそんな環境を提供してくれる彼女たちに感謝しつつアパートまでの道のりを、俺は彼女たちの雑談話に耳を傾けていた。


「ここがうちの部屋だし、さあ上がって上がって」


 それから今日は鈴木の部屋で勉強会となったが、鈴木の部屋はかなり女の子の部屋っぽい。というかはよく分からないが、かかってるカーテンから、敷かれたカーペット、さらに掛け布団、生活用品に至るまで、その全てにズヌーピーのキャラの絵が入っている。


 ズヌーピーは女性に絶大な人気のあるアニメキャラ、鼻水の垂れた間抜けさとつぶらな瞳で愛らしさを兼ね揃えたイヌのキャラ。鈴木はかなりのズヌーピー好きだったらしい。

 そういえばカナコ義母さんもズヌーピー好きだった気がする。


「お待ちっ!」


 昼は鈴木が簡単なモノを作るといって出してきたのがペペロンチーノ。辛かったけど普通に美味しかった。


 俺が褒めると橘と田中も得意料理があるから食べて欲しいと言ってくれて、押し切られる形で今度ご馳走になることになった。


 霧島と川崎は顔を背けていたので料理は苦手なのだろう。それでも何か言いたかったらしい霧島と川崎はインスタントラーメンならできると呟いていた。

 今度一緒食べようとまで、無下にもできないので頷いてみせるが、日頃彼女たちが何を食べているのか少し心配になった。


 結局、このメンバーでの勉強会はテスト最終日の前日まで続いた。

 彼女たちも中間テストの時よりできた気がするといい、俺も特に躓くことなくテストを無事に終えた。テストの結果は一週間後だ。


「ふぇ〜終わった」

「終わったね」

「うち、しばらく勉強したくない」


 俺たちがテスト勉強から解放され気分も緩んでいたその時だった。


「橘少しいいか」


 廊下側から橘を呼ぶ声がするとともに、


「あ、本田くんよ」

「どこどこ?」

「あそこよ。廊下側」

「え、誰呼び出してるの」


 教室内から数人の女子生徒の黄色い声が上がる。でも爽やかイケメンと噂されてる割に意外と少ない。


「げ、本田」


 橘のそんな声に俺も廊下側へと視線を向ければ爽やかイケメンと噂の本田が橘に向かって片手を挙げてからキラリと光る白い歯を見せる。

 相当自分の容姿に自信を持っている感じだ。


 それからすぐに廊下にいる本田に気づいた徳川と伊井と坂井が「どうした本田」と言いつつ本田に駆け寄る。


 本田の後ろにもう一人いるけどクラスが違うから俺は名前を知らない。


「サキ」

「サキ。うちも一緒に行くし」


 田中と鈴木が小声でそう言うと俺が今まで見たことのないような鋭い睨みを奴らに向けている。俺も何かある前に動こうと立ち上がる。けど、


「大丈夫。アイツ彼女五人いるし、出て行く必要ないから」


 そう言ってから橘までも立ち上がると俺の右手を握ってきた。それから、


「あたしヤマトっちと付き合ってるし、誤解されたくないからここから言うけど、ヤマトっち以外は興味ないから無理だよ。ごめんね」


 そう言ってからにこりと笑みを浮かべた。突然そんなことを言った橘はクラス内で注目の的になる。俺も本田も。


「ぷっ、それマジで言ってるの? いや、失礼。そんな地味男と一緒にいるより俺と一緒にいた方が絶対楽しいって」


 橘がきっぱりと断ったはずなのに、本田はよっぽど自分に自信があるらしく、全然堪えている様子はない。それどころかにこにこと笑みを浮かべて「一緒に帰ろうぜ」とか言ってる。


「はぁ……」


 そんな様子を見た橘は大きく首を振ってからため息をついてみせると、にこりと笑みを浮かべ直してから本田に向けて言う。


「えっと誰だったかな、桃山さん? 彼女トイレの前で泣いていたけどなぁ……」


「え、な……」


「他にも、栗川さんだっけ、デート待ち合わせしてたのに来てくれなかったって、連絡もなかったって……彼女も泣いてたよね……」


 それから教室内は「え、マジ」「あいつ最低じゃね」「あ、でも俺も知ってるぜ、その話……」と騒めき始める。


「あ、それは……」


「他にもたしか……三谷さん? だっけ……」


「あ、やべ。俺用事があったわ。はは、あはは……」


 本田は逃げるように俺たちの教室から離れて行ったが引きつった笑顔がとても印象的だった。


 でもそれ以上に教室内の女子たちが本田に向ける冷たい眼差しや白い目がもっと印象的で、俺たちは関係ないとばかりにコソコソと隠れるように教室内に戻ってくる徳川たちが少し間抜けに見えた。

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