第14話
翌朝、少し早めに家を出た俺は、どこか落ち着かないふわふわした気持ちを胸の奥に押さえ込み彼女たちと通学路が重なる場所(歩道)でしばらく待っていた。
でもこれは彼女たちと約束を交わしての事じゃない。俺が勝手に徳川たちを警戒して待っているだけのことなんだ。
ただ、ここからだと10分くらいで学校にたどり着くし登校している生徒の数も多いからあまり意味が無いのかもしれない。
俺だって本当なら彼女たちのアパートまで迎えに行くつもりだった。
でも不審者情報の件で委員長を誤解させてしまった経緯もあり、俺のことを知らない同じアパートの住民(女子生徒)に、また同じような誤解をさせてしまっては大変だと思って自重した。
――……
ごめんなさいウソです。本音を言えば照れくさくてアパート前まで行けなかった。途中まで行って引き返してしまったんだ。
とはいっても、ここはいつも彼女たちが先に来て待っている場所でもある。
でも彼女たちを待ちながら考えていると学校で会うよりも登校中の方でよかったかもしれないと思う。
周囲を意識しているとよく分かるが、思ってる以上にカップルで登校する生徒が多いのだ。
ただ、今になっても尚彼女たちにどんな顔を向けていいのか分からず不安だけが残ってる。
初めてのことで経験もないことだからいくら考えてもダメだったのだ。頼みの教本も主人公はすぐにモテモテになるから理解できなかったし。
――ん? メガネと前髪でほとんど表情が隠れているのになぜそこまで悩むのか? 気になるなら当たって砕けろ? ヘタレ?
なんか変な声が聞こえたけど、ようは俺の心の問題なのだ。
俺が心落ち着かないまま歩道の隅に立つ電柱に寄りかかっていると、俺に向かって手を振る彼女たちを見つけたが、思ってた以上に早い時間の登校で吃驚する。
――いつもこんなに早い時間から待っていたのか。
知らなかった事実が彼女たちをより愛おしく感じさせる。
「お! ヤマトっち発見。おはよう」
「ヤマトおはよう」
「ヤマトはよ〜」
だから小走りで駆けて来る彼女たちを余計に意識してしまった。
「お、おはよう」
どうにか声を絞り出し俺は右手を少し挙げて応えたが、緊張で少し上擦った声になってしまった。
「? ヤマトっちいつもより早いと思うけどなんで?」
それに気にした様子もない彼女たち。一番先に俺の側まで駆け寄って来た橘が首を傾げる。
俺が先に来ていたことを不思議に思ったらしいが、彼女たちの態度や雰囲気はいつもと変わらないように感じる。
――よかった……緊張していたのは俺だけか。
そんな彼女たちだったから、俺は心の中で安堵の息を吐き少し平静さを取り戻せた。
「サキとアカリとナツミを待ってた。ほら何かあったら大変だから」
彼女たちの態度がどこかよそよそしいモノに変わっていたのならこうもいかなかったかもしれないが、いつもと変わらぬ彼女たちの態度に安心した俺は正直にそう答える。
「「「え」まじ」うそ」
彼女たちが驚きの表情を見せたが、それは一瞬のことで、すぐにその表情は明るいものへと変わった。
「わたしたちを待っててくれたんだ」
「昨日の事で少し不安だったし、うちすごくうれしいんだけど」
――ん?
「残念だったねナツっち。今日のヤマトっちの隣はあたしとアカリっちだからね」
今一瞬鈴木が気になるような発言をした気がするけど、それからはいつものように橘が俺の左腕に腕を絡めてきたが、いや違う。
――!?
いつもより距離が近いので彼女の胸だけじゃなく身体にも触れてしまっていて、それどころじゃなくなっていた。
「ごめんね〜ナツミ〜」
もちろん右腕には田中が同じように腕を絡ませてくるのだが、こちらもいつも以上に胸や身体が当たっている。まるで俺の腕を抱き枕か何かと勘違いしているかのように。
――こ、これは非常に、まずい。
「むぅ。分かってるし」
少しだけ口を尖らせた鈴木は、仕方ないといった様子で橘の隣に並んだ。そこはいつもの光景でホッとするけど。
しかし、この距離感はいつも以上に難易度(俺が理性を保つための)が高くなってしまった。なぜこうなってしまったのか。
いつもの距離感でも彼女たちの胸を意識しないように別の事を考えてやり過ごしていたというのに……
――何か、別の事に意識を向けないと……!?
そう考えて思い浮かんだのは昨日の出来事。俺は無意識にも彼女たちの唇に視線を向けてしまった。
そしてリアルに思い出されるのは柔らかかった彼女たちの唇の感触……
しまったと後悔したのは俺の顔とか耳がかーっと熱くなった後だった。
俺はバレないように慌てて天を仰いだ。いやほら右も左も向けないから上を向いただけだけど。でも、やはりというかこそは橘がよく見ていたらしく、
「ねぇヤマトっち? もしかしてあたしたちのこと意識してくれちゃったりする?」
トントンと俺の左肩を軽く叩き冗談っぽくそんな事を言う。
「そうだよ」なんて言えるはずもない俺は彼女から隠し逃れるように真っ赤になった顔を背ける。
「……いいだろ別に」
どうにかそれだけを口にできたが、背けた先には不思議そうに俺を見上げている田中の顔がある。
「ヤマト?」
――!?
赤くなった顔を見られたくなかった俺は焦り慌ててすぐに正面に向き直るが、そこに笑みを浮かべた橘の顔が狙ったように横から割り込んでくる。
――もうムリ。
逃げ場はないと悟る俺。しかも心はすでにいっぱいいっぱい。俺は彼女から視線だけを逸らし目だけを泳がせた。
「アカリっち、ナツっち、今日のヤマトっちなんか可愛い」
なんてことだ。終いには橘から可愛い宣言されてしまい背伸びをした橘から頭まで撫でられてしまった。
「うわっ、ちょっと……サキやめっ」
これは男としてどうなんだ、そう思っていると、
「あー、それわたしもやってみたい」
俺の意思とは関係なく、釣られるように田中も背伸びをしていたらしいが、橘よりも背の低い田中の手は俺の頭まで届かず俺の頬辺りでピタリと止まる。
「あら……」
そして俺の頬をにぎにぎと触って楽しげにした。
「あ、アカリ、さん。それはやめなさい」
「あはは、ヤマトの頬すべすべで気持ちいいよ」
「いやいや、そんなのいいから」
「あーあ、残念」
素直手を引っ込める田中だったのだが、そこで終わると思った俺が甘かった。
「なんかさぁ……ウチだけ仲間外れみたいだし、えいっ」
正面に回ってきた鈴木が両手を大きく広げてハグをしてくる。
柔らかくて気持ちいいけど、周りがニヤニヤしながら通り過ぎていく。朝の挨拶にと真似をしようとするカップルまでいるし、何をやっているんだ俺たちは。
「な、ナツミ。別に仲間外れにしてないし、周りも見てるからハグはやめような」
「あともう少し」
橘も田中も笑っているだけで鈴木もなかなか離れない。しかも俺の両腕は橘と田中に腕組みされて動かせない。無理して動かすと彼女たちの身体を変に触ってしまいそうなのだ。
それからすぐに鈴木が離れて学校に向かい歩き始めたのだが、それでもいつもより早く登校しても時間に余裕があった。
――――
――
後ろから教室に入るとまだ早い時間なだけあって登校している生徒の数は少ない。
でもその中に俺を見てから立ち上がる生徒がいた。
「柊木くんおはよう」
委員長だ。委員長がゆっくりと近づいてきてから挨拶をしてくる。驚きである。俺もかなり早い時間からあの場所にいたけど委員長は見かけなかった。
つまり委員長は俺以上に早い時間に登校していたことになるが、チラリと委員長の机の上が視界に入る。
――なるほど。
そこには広げれた教科書とノートがある。委員長は朝早く来てからテスト勉強をしていたのだろう。かなりの頑張り屋さんのようだ。だがまあ、そこは俺には関係ない話なのだけど。
「おはよう」
昨日は色々あったが(俺が迷惑をかけた)、別に委員長とは普段からそれほど話す仲ではない。なので社交辞令のように委員長に挨拶を交わして席に着く。
それから委員長は一緒に登校した橘や田中、それに鈴木にも挨拶をしていた。
それで自分の席に戻ると思いきや、なぜか委員長は俺の席の側に近寄ってきてから立ち止まった。
――?
鈴木の方を見ているのだろうと思いはするも、なんだか視線を感じるので少し顔を上げつつ見上げてみる。
すると委員長は俺の方を見ていて待ってましたと言わんばかりの勢いで声をかけてきた。
「あ、あの柊木くん! 昨日はごめんなさい」
委員長は昨日のことをまだ気にしていたらしい。気にしなくていいのに。
「え、ああ、別に気にしてないから。それに勘違いさせた俺も悪かったんだ。
なんか不審者は男子高生だったんだよね。それであの場に俺が居たんだ、疑われてもしょうがないって」
俺が男子高生と言ったところでちらりと田中の方を見たような気がするが、すぐに委員長が申し訳なかったというような顔で首を振る。
「ううん。それでもよ。それにあの後、捕まったの」
「? 捕まった、って何が?」
「その不審者。いえ男子高生ね」
そこで委員長は俺の机に両手をつき整った顔を寄せてきて小声に話そうとするが、その距離が少し近い気がする。
「ここだけの話だけど、実はその不審者、一年D組の本田くんだったらしいの」
なるほど。あまり他人に聞かせるような内容じゃなかったから顔を近づけてきたのだろうと納得する。
「本田って……?」
「知らない? 女子の間ではスポーツができてカッコいいと人気がある人物よ。ほら、徳川くんたちともよく一緒に居るところ見たことない? あ、言っとくけど私は全然興味ないのよ」
誰もそんなこと聞いてないのにと思いつつも徳川の名前が出たので知らないと首を振ってから委員長の話を黙って聞く。
「そっか。私も興味がないし柊木くんは男だものね。うん。それでね。柊木くんと会ったあの時間の後にもアパートの周辺をうろうろと不審な行動をする彼を見ていた家主オーナーが警察に通報したらしいの。証拠に監視カメラで録画した映像を提供したっていうから下手したら退学かもよ」
「そうだったんだ。わざわざ教えてくれてありがとう」
「ううん。いいの。でもこのことはまだ内緒ね。もちろん柊木くんのことも内緒にする。それじゃあ」
そこまで話すと委員長は満足したらしく姿勢を戻し、少し嬉しそうな表情で自分の席に戻っていった。
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