第13話

「ただいま……?」


「「「「お帰り〜!!」」」」


 俺が帰宅するとバタバタと駆けてくる母さん(母サクヤ、レイコ義母、メグミ義母、カナコ義母)たち。


 小走りする母さんたちに抱えられた妹たちは、母さんたちの小走りがよほど楽しかったらしく、きゃっきゃ、きゃっきゃ、と嬉しそうにはしゃいでいる。そんな妹たちも玄関にいた俺に気づくとたどたどしくも、


「「「「にぃにぃ、おかり〜」」」」


 片手を挙げて俺の帰りを喜んでくれた。と思ったが、すぐに母さんたちに向かって「もっかい、もっかい」と人差し指を立ててから小走りをしろとせがんでいる。


 俺に対する興味が薄れていることに少し寂しくも思うがこれは仕方のない話だ。

 愛らしい妹たちは楽しいことが大好きな貪欲二歳児なのだ。


 それに物言いたげで俺に向かってニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた母さんたちが少し困り顔になっているので少し気分がいい。


「ユキ、ツキ、フゥ、ハナ、ただいま」


 そんな妹たちの興味はすでに母さんの方にあり、俺にあるわけじゃないが、一応優しい兄として俺も妹たちの出迎えに応えてやりたい。だから俺はそう言ってから妹たちの頭を軽く撫でてやった。


「「「「もっかい」」」」


 ――うん、分かってた。


 やはり妹たちの興味はすでに母さんたちに向けられている。しかもこれはやるまで終わらないパターンだ。


「ふふ、母さん。もう一回だってさ」


 母さんたちも、もう分かっているらしくすでに諦めの顔。眉なんてハの字になっているし、なんだかその顔がおかしくて、少し鼻で笑ってしまった。


「あー、いま鼻で笑ったわねヤマト」


「え、いや……」


 だが、これが非常にまずかった。


「ヤマトくん。あとで覚えておきなさいよ」


「あらあらヤマトくん。後が大変になったよ。誤魔化しはきかないからね」


「そうよヤマトくん。逃げられるなんて思ったら大間違いよ」


 何かのスイッチが入ったらしい母さんたちは去り際に不適な笑み向けてくる。その顔がかなり怖い。後で何を、どんなことを聞かれるのか、すこし浮ついていた心が一瞬で凍りつく、そんな気分にまでなった。


「それじゃあ……もう一回いくぞ〜、それ〜」


「「「「あははは……」」」」


 俺の心中など知る由もない母さんたちは、揃って妹たちを抱えて廊下をパタパタ小走りで駆けていく。本当に楽しそうに。去り際に見せた不適な笑みさえなければ愛らしい子をあやす微笑ましい光景だったのだろうに。


「はぁ……」


 俺は小さく息を吐き出すと靴を脱ぎ玄関からリビングへと続く廊下に上がる。


「お?」


 いつの間に来たのだろう。すぐ目の前に弟たちが横に並んで立っていた。


「やまとにぃ、おかえり」

「やまとにぃ、おそいぞ」

「やまとにぃ、あそぼ」

「やまとにぃ、でーと?」


 弟たちはもう四歳。ヤンチャになりつつある弟たちはお喋りも達者。しかも好き勝手いっぺんに話し出すから聞き取るのが大変なのだ。


「ハルト、ナツト、アキト、フユト、ただいま。今日は勉強会で少し遅くなった。ご飯食べてから遊ぼうな。デートじゃなくて勉強会な。それじゃあ俺は着替えてくるから、また後でな」


「わかった」

「はーい」

「あっちで、あそぼか」

「うん」


 ふと玄関にある置き時計を見れば十九時(七時)を回っていた。普段の俺は部活をやっていないから十六時(四時)過ぎには帰り着くからいつもと比べればかなり遅いことになるが、やっていたのは勉強会である。俺は何もやましいことなんて……やましいことなんて……


 ――……


「……着替えよ」


 俺は自室へと戻り着替えるとリビングに向かった。


 ――――

 ――


 賑やかだったリビングも二十時半(八時半)を過ぎると静かになる。


「お待たせ……」


 でも子どもを寝かしつけにいっていたカナコ義母さんがリビングに戻ってくるとそれもまた変わってくる。


「こっちも終わったわ」


 それに合わせたかのように、父さんのを残して洗い物を終えたメグミ義母さん。ちなみに父さんは急に残業になったらしく帰りは九時過ぎになるらしい。


「ふふふ、ヤマトくん」

「ヤマト……」


 そこへリビングテーブルでノートパソコンを広げて仕事の残りを片付けていた母さんとレイコ義母さんはその作業を止めて立ち上がる。


 それから母さんたちは揃ってソファーにかけると、ラノベを読んでいた俺にもソファーにかけろと促してきた。


「す、すこし大袈裟じゃない?」


「うーん、そうかもね。でもちょうどヤマトに頼みたいことがあったのよ。ね、レイコ」


「そうなのよ」


 俺がいつもより遅く帰っただけでおかしいと思ってはいたが、どうやらレイコ義母さんが俺に用事があったらしい。なんだろう。


「それじゃあまずは俺から。話すことも少ないし」


「そう? じゃあヤマトくんからどうぞ」


「うん……俺が今日帰りが遅くなったのは、友だちと勉強会をしていたから、それだけ以上」


 これで終わるものと思っていた俺。


「勉強会、ね……」


 でもその認識は甘かった。


「……それは何人で勉強会をしたの? へぇ四人。それは男の子、女の子? 男の子、はいウソね。女の子三人ね。そもそもヤマトくん地味に過ごしていたのよね、どうして女の子と友だちになれたの? きっかけは? あらバレた、それで……送ってやった……」


 レイコ義母さんの尋問にはなぜか誤魔化しが効かなかった。無意識にソファーの上に正座をしていた俺。ウソを言ってもすぐにバレるし、すごく恐ろしい。


「それから?」

「それだけで終わるはずないよね?」

「はい、正直にいいなさい」


 そこに母さんたちの三人が加わればもうお手上げである。俺に為す術はない。半泣き状態の俺はついにはキスをされたことまで洗いざらい打ち明けるはめになってしまった。とんだ羞恥である。家ではメガネをしていないからトマトのように真っ赤になった俺の顔がモロにバレる。


「そっか、ついにヤマトもね」


 でも母さんたちは揃って嬉しそうに笑う。自分たちの若い頃を思い出したと言うが母さんたちは三十六歳だけど見た目は二十代だと言っても誰も疑わないレベルに若く見える。


「でもヤマトくんちょうどよかったわ」


「レイコ義母さん、ちょうどよかったって何?」


「ほら、彼女ができると色々とお金がかかるわよね。頼みたかったのはバイトの話だったから」


 レイコ義母さんが言うにはレイコ義母さんが代表を務める会社にはアパレル部門があって、次のモデルが決まるまでの間だけでも俺にメンズ部門のファッションモデルをやってほしいとのことだった。


 ――?


「あれレイコ義母さんって社長?」


「んー」


「あれ、ヤマトにはまだ言ってなかったかしら、レイコは藤堂グループの社長令嬢よ」


「へ? 藤堂グループ……藤堂グループって都市銀行から大手総合商社、重工業、不動産、IT、アパレル関連などでよく耳にするけど……あ、それに俺が通う学園も確か……」


「そう、それよ。でも私には兄がいるから、いずれ兄が引き継ぐことになるだろうからあまり深く考えないでちょうだい。それで、今はそのグループ会社の一つの代表をしてるわけ」


「あ、ヤマト。母さんの会社も藤堂グループなの。色々あってそうなったの」


「へ?」


 詳しく聞くと、母さんは一人っ子で元々は中小企業の社長令嬢だった。けど大学に入って間もなく事故で両親が他界。会長であった祖父が現役復帰して切り盛りするが体調を壊し入院。そこで大学を中退して母さんが代表を務めることになったが、病状が悪化してその祖父も他界。ただ母さんは従業員に恵まれ、その一人になった母さんを支えてくれた父さんに後ろ盾になってくれたレイコ義母さんもいた。だから今があるのだと言う。


 ちなみにメグミ義母さんがお医者さんの娘でカヨコ義母さんが官僚の娘。豪邸も建つはずだ。


「それで話は戻るけどヤマトくん頼める?」


 ――そんな話(母さんの話)聞かされたら断れないよな。


「はい。次のモデルが決まるまででいいなら」


「そう。すごく、というかかなり助かったわ……」


 レイコ義母さんが言うには、メンズ部門だけ売上がずっと低迷していて、専属モデルを代えようという話は度々会議で上がっていたそうだ。

 ただレディース部門より規模の小さなメンズ部門にかける予算はあまりない。それにモデルを代えたところで売上が伸びるかも分からない。

 それで、ずるずるとそのモデルを使っていたのだが、そのモデルは長年やっているという自負というか傲慢なところがあって会議中にも拘らず今日の衣装はどこだと会議室に乱入。スタイリストを交えての会議だったから乱入してきたらしいけど。


 そのモデル馬鹿じゃないだろうか。と思いながらもレイコ義母さんの話を黙って聞く。


 それでホワイトボードにメンズ部門モデル変更についての課題が上がっているのを見てご立腹。その日、つまり今日。そのモデルは撮影をしないまま帰ってしまったという。しかも報酬を上げなければ今後一切モデルをやらないとまで言い切ったらしい。


「事情も分かりましたし、いいですよ。それでその撮影はいつです?」


「今週の日曜日はどう? 学校休みよね」


「それなら大丈夫です」


「ありがとう。ヤマトくんに断られたらタケルくんに頼むしかなかったけど、タケルくんにはさせたくなかったからね」


 最後の一言がなければもっと良かったのにと思う。


 ――――

 ――


 部屋に戻りラノベの続きを読んでいるとピロンとメッセージが届く知らせがある。


 ――LIFE? おわっ、さ、サキだ!? 


 連絡先を交換してから毎日のように交わしていたLIFE。あんなことの後なので今日はないと思っていただけに、不意にきたLIFEアプリをドキドキしながら起動した。


 《ヤマトの部屋》


 サキ: ねぇヤマトっち起きてる? 無事に帰れた?


 ヤマト:起きてるよ。うん、今家。


 サキ:よかった。ヤマトっち帰ったあと、すぐに家主から連絡があったから……


 ヤマト:連絡って不審者か何か? 


 サキ:そう。男子高生らしい人物がアパート周辺をウロウロしているから気をつけるようにって、だからアイツらかもって心配した。でもなんで分かったの?


 ヤマト:あー、実は……


 俺はアパートの一階で委員長に会ってから、疑われたことを伝えた。委員長は不審者としか言わなかったが、でも実際は男子高生とまで詳しく連絡が来ていれば委員長が俺を疑った理由にも納得できた。


 サキ: え、じゃあ霧島に顔見せちゃった?


 ヤマト: かなり疑われていたしね。でも疑ってごめんって誰にも言わないって言ってくれた……だから大丈夫だよ。


 サキ: そうなんだ。ふーん。でもあたしはヤマトっちとキスしちゃったし。あ、もしかしてイヤだった? お礼のつもりだったんだけど……


 俺はこのLIFEになんて返そうか迷った。でも時間もかけれない。恥ずかしいがここは正直に伝えておこうか。面と向かいあっていない今なら伝えれそうだ。


 ヤマト:イヤなわけないよ。ありがとう。正直初めてで戸惑ったけどうれしかった。もちろんアカリとナツミからのお礼もね。あれアカリとナツミ、既読ついてるけど、いない?


 サキ: よかったまたやろうね。実はアカリっちとナツっち。まだあたしんちで勉強してるんだ。じゃああたしもまた勉強に戻るからまた明日ね。おやすみ。


 アカリ:ヤマトまたやろうね。おやすみ。


 ナツミ:ヤマトうちも頑張るから。おやす〜。


 ヤマト:うん。おやすみ。


 俺はよく見るととんでもないメッセージに見える、勉強会の事なのか、それともキスのことなのか、判断のしにくい彼女たちのメッセージに悶々としながらスマホの画面をしばらく眺めていた。

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