第12話
ふわふわふわと不思議な感覚だ。俺は初めて女の子にキスをされて気持ちが浮ついていた。何度気を引き締めようとしてもふとした拍子に真っ赤にした彼女たちの顔とその唇を思い出してしまう。
――一瞬だったけど、すごく柔らかかった……
自惚れで痛い奴だと思われたくなくて、意識しないようにしていたけど、彼女たちは俺のことを本当に好きなんじゃないだろうか、そう思わずにはいられないが彼女たちはお礼だとも言っていた。
――お礼か……
でもな、俺だったら嫌いなヤツにキスのお礼なんてしないし、しようとも思わないけどな……
――!?
そこではたと気づく。俺は彼女たちにキスをされ普通に受け入れてしまっているが、それを嫌だとは思っていなかったことに……
むしろ好意には好意で応えたいとさえ思いはじめていた。
だが、これではまるで漫画や小説でよくある主人公に、少し優しくされただけでドン引きするくらい惚れてしまうヒロインいやチョロインのようではないかと……
――なってこった……
いや、でも考えて欲しい。好きな相手がいるから勘違いされたくないとか、生理的に無理とか、かなりの潔癖症だとか、そもそも異性に興味がなく大嫌いだ、などよっぽどの理由がない限り、見た目ギャルとはいえ可愛いらしい女子高生からキスをされて嫌だとは思わないだろう。
まあ、俺の場合は彼女たちとも交流があり知らない仲ではなく多少贔屓目にみている部分もあるかもしれないが……
それらを抜きにしたとしても健全な男性(男子高生)ならばむしろうれしく思うのではないだろうか。
――ん? スケベでたらしならしょうがない?
ちょっと変な声が聞こえた気もするが、そんなことよりも今はある心配事が浮上して俺の心中は穏やかではない。
そう明日の学校だ。
明日学校に行って俺は彼女たちにどんな顔を向ければいいのだろうかと、先ほどからそのことがぐるぐると頭の中を巡り落ち着かないのだ。
お礼ってことだから、ここは気にせず何事もなかったかのように、普段通りに振る舞まえばいいのか、それとも意図を察してその想いに応えてやる……ってこれはダメだ。俺が惚れられている前提になってしまっている。下手をしたら勘違いした痛い奴だ。じゃあいっそのこと俺の方から……
――告白……? いやいやいや……
もしフラれてしまったら俺はまた一人だ。元々一人だったから元に戻るだけだと割り切ればいいのだが、なんだろう。それはちょっと……いや、かなり嫌な気がする。今の関係が心地いいだけに余計……
――とりあえず保留……
俺はひとりモヤっとした気持ちが晴れぬままエレベーターから降りる。ここはまだ彼女たちのアパートで俺はエレベーターを使って三階から地上一階に降りてきた。
その時だった。
「柊木……くん?」
――?
「……霧島さん? へ? なんで……」
目の前にクラス委員長の霧島がいる。委員長は俺を見て少し驚いているように感じたが、それもすぐに戻る。
「なんでって私がここに住んでいるからに決まっているじゃない」
「へ、ああそうだね」
――そうだった。俺は橘の部屋で勉強会をした帰りだった。
「そんなことよりも。柊木くんの方こそ、このアパートで何をしているのかしら。このアパートには男子生徒は住んでいなかったはずよ……」
委員長が言うには、このアパートには俺たちの通う東堂学園の女子生徒しか住んでいないと言う。そこへ俺が現れたのだ。不審に思われてもしょうがない。
現に委員長は訝しげな目で俺を見ている。ここは変に言い訳をせず本当のことを伝えておく方が無難だろう。
「橘さんたちと勉強会をしていたんだ」
「橘さん……たち?」
「うん。橘さんと田中さんと鈴木さんとだよ」
「そうなの。ずいぶんと仲良くなったのね」
それから委員長はズレてもいないメガネを一度正すと、
「先ほど近所に住む家主オーナーから「不審者が出たから気をつけてね」って連絡を受けたばかりだったのよ。疑ってごめんなさいね」
――不審者ね。なるほど。
「そういう目撃情報があったのなら仕方ないと思う。別に気にしてないから、それじゃあ霧島さん」
申し訳なさそうに頭を少し下げた委員長の謝罪を受け入れた俺だが、すぐにでも日が沈みそうな今の時間(だいたい六時半くらい)。この場に長く留まっていてはまた要らぬ誤解を招くだけだと思いさっさと家路に着くことにする。
「……ちょっと待って柊木くん」
だがしかし、委員長の横を通り過ぎようとしたところで委員長から左腕を掴まれ呼び止められた。
「……な、何?」
突然のことに驚いたが、彼女すぐに手を離し何事もなかったように口を開く。
「ずっと思ってたこと一つ聞いてもいいかな? 疑ってしまったのもその所為もあるから」
そう言った委員長がじーっと俺の顔を見てくる。
「……答えれることなら」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。
「そう。じゃあ答えてくれるかしら。どうして柊木くんは似合っているとは言い難いそんなメガネをしているのかしら? フレームだけでも変えればかなり印象も変わってくるのに」
「そ、それは……」
「……あとその長すぎる前髪もわざとらしいわね……まるで顔を隠している、見られないようにしている。そんなふうに私は感じてしまうの。何かやましいことでも考えているのかしら?」
「や、やましいことなんて考えているわけない」
やましいことなんて考えていないが、目なんて悪くないし、ただ顔を隠しているだけだから言葉に詰まる。
いや、顔を隠しているんだからやましいことになるのか。
――これ、ひょっとしてダメなやつ?
「ふーん。本当かしら。じゃあ取ってから見せて……欲しいところだけどそれだと私もメガネを外して見せないと不公平ね……」
そこで委員長は何でもないようにお洒落なメガネを両手でゆっくりと外した。整った委員長の顔が露わになるんだけど、目が悪いのか少しその目を細めている。
でもまあ委員長はメガネが似合うとだけ言っておこう。
「はい次は柊木くんの番よ」
メガネを両手でかけた委員長が俺の顔をじーっと見てくる。
しかし参った。委員長は話を勝手に進めてメガネまで外してしまった。ちょっと強引過ぎない? でも、ここで逃げたら俺は悪者というか不審者に逆戻り?
――はぁ、仕方ないか……
「分かったよ」
俺はメガネを両手で外して前髪を上げる。なんだか委員長が無口になり固まってしまったように見えるが、委員長がメガネを外していた時間はだいたい二、三秒だったはず。
だから俺もそのくらいの時間でメガネをかけ直す。
「もういいかな?」
すると委員長は何度もこくこく頷き、
「ご、ごめん。ごめんなさい柊木くん。誰にも言わないから許して」
ちょっとかわいそうなくらい何度も謝ってきた。先ほどのやり取りで、強引な子で人の意見をあまり聞いてくれないイメージを持っていたけど、そうでもなかったらしい。ただ本当に不審者じゃないのかと怪しんでいたってことだろう。クラスの委員長で責任感も強そうだし。
「こっちこそ誤解させてごめん。それじゃあバイバイ霧島さん」
「う、うん。さよなら。また明日」
最後まで俺を疑いよほど責任を感じてしまっていたのだろう。
委員長はわざわざアパートの前まで出て来て俺を見送ってくれた。彼女はクラス委員長を立候補した人物だ。元々面倒見がいい性格なのだろう。
俺も彼女に手を振ってから今度こそ家路につく。
その途中パトカーのサイレンが遠くで聞こえてきたけど、どこかでまた不審者でも出たのだろう。まあ俺が気にすることではないだろうと思い気にせず家路を急いだ。
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