第11話

 田中と鈴木が持ってきた机を並べてから早速勉強会をする。


   俺

 橘 田 鈴


 俺はこんな感じの位置に座った。というのも橘は胡座をかいて座った。だから田中と鈴木もそうじゃないのかなと思ったからだ。


 いやほら俺も胡座をかいて座るしこの狭さだ。少し斜めの姿勢で座ろうが間違いなく彼女たちの太ももに俺の脚が触れてしまう。スカートから露出した彼女たちの生脚に。


 仮とはいえ彼氏でも、さすがに女性の身体に触れるのはまずいし、しかも彼女たちのスカートは短いからどんな座り方でも色々際どくなるから目のやり場にも困るだろう。


 しかし不思議だ。小学生の頃は異性にベタベタ触られるのがすごく嫌で鬱陶しいと思っていたのに、今では悪くなくむしろ嬉しく思っている自分がいる。


 ――……ちょっともったいない気も……ち、違うそうじゃない。


 興味だけではなく、いよいよ俺は助兵衛になってきたのだろうか。ふとそう思う時が度々ある。


 ――……柔らか……こほん。


 ま、まあいい、ちゃんと理性は働いているんだ。避けれるなら避けとく方が無難だろう。


「まあ、いいけど……」

「うん」

「しょうがない」


 彼女たちの顔が少し不満げだったのが気になるが、胡座をかいて座る田中と鈴木を見て、テーブルを挟んだ反対側に座った俺は紳士の鏡じゃないだろうか。


「数学だったよね」


「うん。はぁ、テスト範囲広いよね」


「ぅぅぅ……うち苦手だし〜」


 とりあえず今日は貰っていた数学の過去問題集のプリントをすることにした。プリントは十数枚あるからまずは自分の力で一枚目を解いてから分からないところを分かるヤツが教えるって形にした。


「ヤマトっち」


「何?」


 橘がやっと自分のプリントを取り出したかと思えば、ついでに取り出していたらしい棒状のスナック菓子の小箱を開けてから自分で一本食べている。


「ポッキリー。美味しいよ、はい」


 それからポッキリーの小箱の開け口を俺の方に向けてから差し出してくる。せっかくの好意だ。断るのもどうかと思い、俺は一本だけポッキリーを抜き取り食べる。


「……ありがとう。じゃあそろそろ始め……?」


 バーン。


 少し大きな音がするのでそちらの方に顔を向ければ、プリントを取り出した田中もスナックお菓子の袋を開封していた。

 そして、その開封した袋から一枚のスナックを取り出し美味しそうに食べている田中と目が合う。


「ヤマトも食べる? はい、ポテチ」


 俺が返事をする間もなく田中はポテチの開封口を向けてくるので、これも彼女の好意だと思いポテチを一枚とってからパリンといただく。


「あ、ありがとう。じゃあそろそろ……」


 美味しいんだけど、そろそろ勉強を始めたい。そう思っていると、またまたバーンとお菓子を開ける音がした。


 ――ま、まさか……ぬぉ!?


 その音の方に顔を向けると予想通りキラキラと目を輝かせている鈴木と目が合う。


「ヤマト。はい、おにぎり煎餅。美味しいし」


 にこにこ笑顔の鈴木が大きなおにぎり煎餅を一枚差し出してくる。


「こ、これはまた。大きな煎餅だね。ありがとう」


「そう。大きいからすごいお得感あるし……あ、サキとアカリも食べるし」


「う、うん。ありがとうナツっち。ナツっちは好きだよね〜これ」


「うん」


 鈴木お勧めの大きなおにぎり煎餅はかなり硬かった。顎が疲れたし食べるのにも時間がかかった。水分もほしいが、いよいよ始めないと帰りが遅くなりそうだと思った俺は今度こそ、


「そろそろ始めよう」


 そう伝えてからすぐに手元のプリントに目を向ける。そうすれば彼女たちも勉強を始めると思ったからだ。


「じゃあ……あたしたちもやろっか」


 しぶしぶといった感じだが、おにぎり煎餅を食べ終え橘が、首元のリボンをスーッと抜き取り前髪をヘアピンでパチンと留めてからそう言った。


「分かった」


「うん」


 田中と鈴木も首元のリボンを外してから前髪をヘアピンでパチンと留めている。前髪が勉強の邪魔になるから留めたのだろうけど正直似合っていて可愛い。ヘアピンで前髪を留めただけなのに、印象って簡単に変わるもんだなと感心する。


 でもヘアピンを胸元のポケットから取り出していたことから彼女たちは学校でも時々そうしていたのだろうな。知らなかったよ。


 ――ヘアピンか……


 地味偽装する俺は前髪で視界が悪かろうが慣れたものだがプリントを書く際、長い前髪は正直邪魔になる。だから彼女たちはヘアピンで留めたのだろうけど……


 ――うーん。


 俺も無駄に長いさらさらの前髪を指で摘んで考えてみる。


 ――俺もやってみたいかも……


 なんとなくそう思った。ヘアピンなんて持っていないけど、そこまあ大丈夫だ。ある物で代用がきくから。


 そう伊達メガネだ。伊達メガネをカチューシャの代わりに使って上げた前髪を押さえつければいい。どうせ彼女たちは俺の顔を見たことあるんだ。ダメだと言うからあの日以来見せたことないけど、それでも彼女たちも今なら数学のプリントに向かい合っているし俺のことなんて見ていないから大丈夫だろう。


 ――え、ダサい?


 どこからかそんな声が聞こえた気がしたけど室内だし許してもらおう。よし、やるなら今だ。


 俺は両手で前髪と一緒に伊達メガネをスーッとずり上げ手頃な位置で押さえつけた。


 ――おお……明るいな。


 伊達メガネと前髪で狭くなっていた視野が広がる。チラリと彼女たちを見ればまだ手元のプリントに集中していて気づいていないようだ。よし、このまま少しだけプリントをやってみよう。


 ――一問目は……うん。大丈夫。


 スラスラ。


 ――二問目は……うん。これも大丈夫。


 スラスラ。


 ――三問目は……これも大丈夫だな。


 スラスラ。


 気づけば三十分くらいで十数枚あった過去問題集すべて終えてしまっていた。思ったより早くできた。チラリと彼女たちの様子を見れば、


 ――うぉ!? なんで?


 彼女たちは静かに正座をしていて未だにプリントと向かい合っている。その姿勢を見るだけでも、彼女たちの意気込みというかテストに対する真剣さが伝わってくる。


 だから俺は思った胡座をかいていては失礼だと。この姿勢は良くない。俺もキチンと正座をしておこう。俺が姿勢を正していると、


 ――ん?


 彼女たちは三人からちらちら視線を感じる。難しい問題にでも当たったのだろうか? せっかくの勉強会なのだ。分からない事は聞いてほしい。


「ん、どこか分からないのか?」


 だから俺の方から彼女たちに近づきプリントを覗き込もうと少し前に身を乗り出してみた。


「きゃぁ」

「ひゃい」

「ほぇ」


 すると彼女たちの顔が一瞬で真っ赤になる。解けないことが恥ずかしいとでも思っているのか。そんなことないのに。


「遠慮するな。どこが分からない?」


「え、あ、あ……こ、ここここ」


 恥だと思っているのか、かなり動揺しているらしい橘は真っ赤な顔のままプリントの三問目辺りを指差す。


「ここか……」


 たしかに一問目と二問目はできていたが三問目の計算は途中で止まっていた。


 ――ここは、二問目と解き方は一緒なんだけどな……


 俺は不思議に思いながらも丁寧に教えた。それから田中も鈴木も同じように丁寧に教えたつもりだ。うまく理解してくれているとうれしいが。


 ただ鈴木は頭を使いすぎて逆上せたらしく途中で鼻血を出して大変だったけど時間も時間なので俺は帰ることにした。メガネの位置も元どおり。


「ヤマトっち〜。夕食食べて帰りなよ。今日はあたしが作る日なんだ」


 いつも夕食を共にする彼女たちは、ここでもローテーションでその当番を決めているらしい。それで今日の夕食担当が橘。だから勉強会も橘の部屋でってことになったようだ。彼女たちはほんとに仲がいい。ちなみにテーブルも夕食に使うらしいから俺が彼女たちの部屋まで戻してやる必要がなかった。


「ねぇねぇヤマトっち〜。だめ?」


 玄関で靴を履く俺の背中越しに橘がそう言ってくる。そのトーンは少し低い。俺が帰るのを惜しんでくれているのだろうか。


「うーんありがとう。うれしいんだけど、でもさすがに今日は悪いから」


 相手を傷つけないようやんわり断りつつも、そうだったら少しうれしいなと思う自分がいる。


 ただ今日は本当にまずかった。実はさっきから家族LIFEがピロンピロン鳴ってうるさい。帰って来いってLIFEじゃない。母さんや義母さんたちから興味津々といった何をやってるのか? 誰といるのか? もしかして彼女なのか? 彼女なら帰って来なくてもいいから詳しく話を聞かせなさい。とかいう恋バナを期待したLIFEなのだ。


 なぜか今日に限って早目に帰宅している母さんたち。父さんが母さんたちはかなり勘がいいと言っていたが、ここまでとは思ってもいなかった。


 これ以上遅くなれば帰宅時に何を言われるか分からない。父さんでさえ無理なのだから俺が誤魔化そうとしても絶対に無理だ。面倒だと俺は心の中で小さく息を吐く。


「そっか……じゃあ、少しだけ待ってて」


 そう言った橘は居住スペースに戻っていく。ごにょごにょ聞こえるので田中とまだ横になっている鈴木に話しかけたのだろう。


 ――なんだろう、気になる……


 気になってそして不安になる。俺が何か失礼なことをしたのではないかを。俺の教え方、やり方が悪かったのではないかと。


 ――……じゃんけん?


 そんな彼女たちから不思議な気配を感じた後に、


「やった……」

「「ああ……」」


 喜ぶ橘の声と田中と鈴木から呻き声が聞こえてくる。じゃんけんなら勝ったのが橘だったってことか。そんな事を思っていると居住スペースから俺のいる玄関の方に彼女たちが三人で見送り? に来てくれた。


「ヤマトっち。待たせてごめんね。ほら送ってもらったお礼がまだだったから」


「お礼? いや、むしろ俺の方が迷惑をかけて悪かったと思ってるくらいだって」


「いいじゃんいいじゃん」


「うん。うちらがお礼したいだけだし」


「でもなぁ」


「いいからいいから。ヤマトっち一度だけそっち。ドアの方を見てくれる?」


「ドア?」


 俺は疑問に思いながらも橘から言われたように、背中側にあるドアの方に身体ごと向く。すぐに「いいよ〜」と言う橘の声が聞こえる。


 ――なんだ?


 彼女たちが一体何をしたいのか理解できないままだったが、特に深く考えることもなく俺は素直に彼女たちの方に向き直った。


 ちゅっ。


 ――!?


 振り返った瞬間に唇に柔らかな感触がある。橘だ。すぐ目の前には顔を真っ赤にした橘の顔があり、その顔がゆっくり離れていく。本当なら身長差があるから背伸びをしても届くか微妙だったはずだけど、俺は一段低い玄関側にいたから彼女でも届いたのだろう。


 いきなりのことで俺が立ち惚けていると、またまた両頬に柔らかな感触がある。


 ちゅっ。

 ちゅっ。


 田中が左頬に鈴木が右頬に軽くキスをしてから離れていく。


「その顔なら成功かな。じゃあまた明日ね」

「ヤマトまた」

「ヤマト気をつけて帰り」


 それから彼女たちは逃げるように居住スペースに駆けて行った。


「きゃあ」「きゃあ」「やっちゃった」「どうしよう」「どうしよう」そんな声が奥から聞こえたが、


「ま、また〜」


 俺も働かない頭でどうにかそんな一言を口にしてから玄関のドアを開け帰路につくのだった。

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