第8話

 教室で彼女たち机を並べてお昼を食べていると、やたらと視線を感じる。やはり先ほどのバスケで少し目立ち過ぎたらしい。


「ヤマトっち、今日は珍しく頑張ってた?」


 基本的に運動場と体育館に別れて男女別々に授業を受けることが多いが、学校側の配慮で稀に男女が同じ体育館や運動場での授業をすることがある。でもそんな時は決まって女子の見学は多い。


 理由はいくらかある。ただ単に男子の視線が嫌だという者や、スポーツをしている男子姿を見ていたいという者。あと月のもの。彼女たちはどういった理由で見学していたのかは聞けないが、俺を応援していてくれたのは確かだ。


「うん、まあ少し」


 その理由を話そうとしたが、どうやら今はタイミングが悪いらしく「慰めのキスをしたかった」とぼやく橘は、先ほどからずっとお弁当を食べつつも少し不満げに頬を膨らませている。


 そんな彼女たちの態度に少しは慣れてきたとはいえ、今までは気にしていなかった彼女たちのちょっとした仕草は素直に可愛らしく思える時がしばしば。時には、ほんとに俺のことが好きなのでは? と勘違いしそうになる時も。


 しかし、こんなことでせっかく築きつつある彼女たちとの仲間関係を壊したくない俺は『これはあくまでも彼氏彼女のフリなのだ。勘違いしたらダメなヤツなのだ』と、心の中で何度も呪文のように呟き、自分を戒めている。


「ふふふサキ。お先にごめんね。ご褒美のキス、今あげちゃうから」


 そんなことを考えていると、今度は田中がそんなことを言っていた。俺は冗談だろうと気にもとめずお弁当のおかずに視線を向けていたのだが、


 チュッ。


 ――!?


 俺の頬に柔らかな感触があった。俺は慌てて視線を上げる。


「えへへ、キスしちゃった」


 すると机から身を乗り出した田中の顔がすぐ近くにあった。田中は身を乗り出してから俺の頬に、本当にキスをしてきたのだ。


 橘の頬が先ほどよりも大きくフグみたいに膨らんでいるが、そんな橘に田中はにんまりと笑みを浮かべて見せ、ゆっくりと席に座りなおす。


「どうかなヤマト。ご褒美になったかな?」


 頬にだが、キスをされた俺は一瞬何をされたのから理解できなかったが、周囲から「きゃあ」とか「あー、そう言えば言ってたもんね」とかいう声が聞こえてくる。


 ――そうか……


 よくよく考えたら彼女たちはあの場で公言していたのだ、公言したからには実行しないといけないとでも思ったのだろう。田中は意外と真面目だから。正直うれしくもあったが、何もこんなところですることないだろうと思う。だからなのか、思ったり冷静に、どうにか平静を保つことができた。


「もちろん……ご褒美になったよ。ありがとう」


「あれ、なんか……反応が……もしかして嫌だった?」


 首を傾げた田中は少し不安そうにする。


「そんなことない」


 だから、ちゃんと否定してやったが、何故か納得してくれない。それどころか、


「うーん。そう? でもなーんか、思ったのと違うというか……あっ! もしかして頬だったから?」


 ――おいおい。こんなみんなが見ている場所でなんてことを……これは否定もできないし、肯定もしづらいじゃないか。


 より最悪な展開になってしまった。しかし、フリとはいえ周りからは彼氏彼女の関係だと思われている。彼女たちもそれを望んでいる。ならば……


「え、いや……そうだね。それもあるかな……なーんて、ははは」


 なんとか肯定するも、ハッキリと口にすることができなかった自分が情けなく思う。でもこれ以上は恥ずかしくて無理だ。俺は笑って誤魔化すことにした。


「そう、なんだ」


 一方の田中は、素っ気なくこたえているが俺から視線を逸らすとすぐに俯いた。


 どうやら俺だけじゃなく田中も恥ずかしかったのだろう。大人しくお弁当を食べ始めているのに耳が少し紅くなっている。なんか可愛らしい。


 みんなの前で公言したからといって何もここまでしなくても、と思うがこれも彼女の性格なのだろうと納得して俺もお弁当に手をつける。


「じゃあ、次はうちかな……」


 ――?


 ようやく一息つけると思えば鈴木の声が聞こえる。嫌な予感がした俺はお弁当から顔を上げて横に向く、


 ――!?


 すると隣の席に座る鈴木がすでに、俺の方へと身を乗り出していた。


 でも鈴木の顔はすでに真っ赤だ。真っ赤な鈴木の顔が俺に迫ってくる。


 ――ナツミもキスするの?


 あの時、橘、田中の声はよく聞こえていたが、鈴木の声は徳川の声に遮られてよく聞こえていなかった。

 だから俺はどう反応してやれば正解なのか分からない。


 もういっそのこと田中みたいに不意打ちみたいな感じで、やってくれたのならまだよかったのに、でももう遅い。今の俺は鈴木と見つめ合う形になってしまっている。


 平静を装いつつも俺の心の中は今穏やかではない。そんな時だった。不意に鈴木の額をペチンと誰かが叩く。軽く叩かれたようだから痛くはないだろうがいい音がした。


「ナツっち」


 橘だった。笑みを浮かべた橘が鈴木の額を叩いていた。


「あぅ。サキなんで?」


 叩かれた額を両手で抑えた鈴木が、頭に疑問符を浮かべつつ橘の方を見る。


「ナツっちのあれはダメだよ」


「うん。ナツミのあれはないね」


「ええ!?」


 笑顔の橘と田中に否定された鈴木は戸惑いつつも納得いかないらしい。

 橘、田中、俺へと視線を泳がせていたが「ダメだよ」「うん。あれはダメ」と頑なに拒否され続けた鈴木はしばらくすると肩を落として大人しく自分の席に座った。しょんぼりと肩を落とす鈴木もなんか新鮮で可愛らしいが、


 ――ふぅ。なんかどっと疲れた。


 ようやくゆっくりできると思った俺は、ほとんど手をついていない弁当に箸をつける。


 ――ああ、玉子焼きうま……


 しばらく母さんのお弁当を味わって食べていると。


「ねぇねぇ、なんでヤマトっちは、今日に限って頑張ってたの?」


 思い出したように橘がそう尋ねてくる。納得いかなかったのではなく、本当に疑問に思ったらしい。


 ――そういえば、話してなかったな。


「ああ、それはな……徳川、あいつに挑発されたんだよ」


 そう、あの時、あのミニゲームが始まる前に徳川は俺に向かって「恥をかかせてやる」と言ってきた。

 まあ、それだけならば俺も受け流して終わるんだが、朝の出来事もあり徳川さらに橘、田中、鈴木を一人ずつ襲ってやると恫喝してきたのだ。


「え、あいつそんなこと言ってきたの?」


「ああ……だからしばらくの間は俺が君たちを家まで送りたいと思っていたんだけど、どうかな?」


「え、本当!」


「ヤマトっち!」


「うれしい」


 正直、嫌だと言って断られるかもと心配していた。杞憂だった。彼女たちは揃って嬉しそうにしてくれる。まあ最悪は帰り着くまでこっそり後を着いていこうと思ってたんだけどそれするとストーカーになるから、気分的には嫌だったんだよね。


「じゃあさ、来週から期末テストじゃん? ついでにあたしんちで勉強会もしようよ。四人で」


 ――ん? 四人って俺も?


「サキそれいい。四人でしよう」


 ――はい?


「そうしよう。うちお菓子持って行くし……今日から早速四人でやるし」


 話がどんどん決まっていく。聞いていると三人は学校指定のアパート(寮ではない)に住んでいるらしく、勉強会で少し遅くなったところで心配はいらない。というかほぼ毎日のように三人は誰かしらの家で夕食を一緒に食べていたらしい。


 そんなところに俺が混ざっていいのだろうかと心配しだが、三人の中間テストの成績は中の下。ちなみ俺は学年一位。教えてやれないことはないだろうと無理矢理納得することにした。


 でもちゃんと勉強会するんだよな? さっきからお菓子や、デザート、夕食は何するなどの話しか聞こえないけど……

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