第7話
「何よあいつら、おかしいわ……」
私は浦山 志伊乃(うらやま しいの)という。
私は今、あいつらの反応を見て首を捻っていた。あっ、あいつらとは橘咲希、鈴木夏美、田中朱里のことで、私のライバル(自称)たちのことだ。
あいつらは私と同じく学年女子の中でも発言力が高く邪魔な存在だ。
それが何をどう血迷ったのか、席替えをした翌々日の昼、クラス女子の間ではその存在すら認識されていなかった地味男こと柊木 邪馬人ひいらぎ やまとと机を並べて一緒にお弁当を食べているではないか。
そこそこ顔のいい男に羨ましいほど告白され……コホン。いや、告白された回数は私とそれほど変わらないが、誰それと付き合ったという情報はなく一部では男嫌いだとモテる女が故にムカつくようなことをほざく……コホン。いえ、私も同じくらいモテるのですが若干あいつらの方が勝ってるというか、まあ、それは適当にそこら辺に置いといて。
そんなあいつらが、何故地味男と一緒にお昼を食べているのか? 弱味でも握られたのか? それならば揃いも揃っていいざまだと思いつつ笑みが溢れた。
ならばついでに、あいつらと地味男は付き合っているってことにしてやろう。なんなら身体の関係もあるんじゃないかと含みまで込めて流してやろう。その方が絶対に面白いし私の気分もいい。ふふ、こんな噂が流れてあいつらはどんな顔をするだろう。
私はその噂をもみ消そうと躍起になるあいつらの顔を想像してまた笑みを浮かべる。あいつらは男を嫌う立場から男に避けられ誰からも相手にされない立場になればいい。そうなればかなりスカッとするだろう。
と思いはするもののたかだか地味男相手では、数日くらいは騙せても一ヶ月もすれば元通り、意味をなさなくなるだろう。それほどまでに地味男の存在感は女子の中でも最底辺、いや皆無といっていいだろう。だからきっと噂との違いに違和感を感じた周りの者が否定してしまうだろう。
あまり期待せず、ただクラスであいつらの発言力が少しでも下がってくれれば良しとしよう。そう思ってにやけてあいつらを見ていた時期が私にありました。
「なぜ否定して回らないの……?」
地味男は長い前髪が目元まであってキモい。さらに黒縁メガネのレンズが分厚いためそのキモさが余計に際立つ。
そんな地味男と噂になっているのに、その噂を耳にしているはずなのになぜかあいつらは嬉しそうにしている。数日経ってもそんな態度は変わらず、それどころかより親密になりなんだか楽しげに見える。
今日はたまたまあいつらが揃って登校している姿を見たけど、あいつらは地味男に腕組みまでして、
――え、ええ!!
む、胸を押しつけているように見える。地味男も地味男でそれを何でもないように接しているし。
――ちょ、ちょっと、ほんとに私より先に経験したっていうの? あ、あの地味男相手に?
注意深く見れば見るほど、あいつらの方が地味男に惚れているように見える。何かの間違いかと思い、目を擦ってからもう一度よく見てみたけどなんら変わらない。あいつらは楽しそうに校内に入っていった。
「あり得ない。あり得ないわ」
私はそれからあいつらを虜にして見える地味男が少しだけ、ほんの少しだけ気になった。
「しい、何ボーッとしているの? 次は体育よ」
体育はA組とB組の合同であるけど、たしか今日から体育館で女子はバレーボールで男子がバスケットボールだと聞いている。
「うーん。私パス。今日はあの日ってことで見学する」
「何よそれ、じゃあ私もパスしようかな」
「えー、じゃあ私も見学するよ」
着替えなくていい分時間にゆとりのできた私は親友の二人、根田宮 水子(ねたみや すいこ)、舘智貝 素留夜(かんちがい するよ)体育館にゆっくりと向かえば、
「しい、見学者が多くない?」
「多いね」
「うーん。これってバレーの授業できるの?」
A組とB組合同で女子は三十人。体操服に着替えている生徒は……十一人? しかいない。
「十一人しかいないから、先生に入ってもらっても、ギリ六人制? 見学者から審判とラインズマンしないとかもね」
「じゃあ、当てられないように隅にいようか」
「だね」
親友の二人と隅に向えば、あいつらも制服姿のまま壁際に固まって座っていた。どうやらあいつらも見学するらしい。私たちも少し離れてから壁際に座る。
「ほら、見て見て。しい、徳川くんカッコいいよ」
親友の一人の声に釣られて視線をあいつらから隣のコートに向ければ、体育着姿の男子たちが隣のコートに入ってくる。
きゃーきゃーと彼のファンや彼女らしい女子たちが声援を送っているのが少し不愉快だけど徳川くんは、やはり爽やかでカッコいい。
徳川くんの周りにいる友人もまたカッコいい。すごく目の保養になる。そんな彼が彼氏だったら、そう考えだけで思わず顔が紅くなる。
――ダメね。
私にはまだその時ではないようだ。決して勇気がないわけじゃないの。時期じゃないだけ。
ちなみに学校側も男女間の交際を推奨していて、一年生の私たちはまだ経験がないから詳しく分からないけど、たしか一学期の期末テストを終えた夏休み前に一学年のA組からD組合同で交際イベントを学校側が開催してくれるらしい。
行事予定表で確認したところ年に二回あるようだから私はこれを楽しみにしている。素敵な彼氏カモン。あ、徳川くんに不満があるわけじゃないの、ただ自分の視野を広げたいだけなの。
――? あれ、あいつ。
一人で一番最後、遅れて体育館に入ってきた地味男は存在感を隠すように壁際に座る。体育着姿なので見学じゃないようだけど、意外と体格がよくて吃驚する。そんな時だ。
「ヤマトっち、あたしたち今日は見学だから、ヤマトっち応援しちゃうよ〜」
「ヤマト頑張ってね」
「うちたち見てるし」
体育館の中央をネットで区切っているけど、その中央付近まで移動していたあいつらが地味男に向けて手を振り、それに気づいた地味男が少し手を振り返している。
でも、その姿に数人の男子生徒が殺気だったのが分かったので、きっと地味男は彼らの標的になり無様な姿を晒すに違いない。ざまみろ。
その時、応援しているあいつらはどんな顔をするのだろう。怒るだろうか、悔しがるだろうか、それともあんな彼で恥ずかしく思うだろうか。私だったらきっと恥ずかしくて他人の振りをする。
――いくら彼氏がほしくても、あんな地味男なんて……
授業が始まり準備運動する。顔は女子バレーボールのコートに向けているが、視線はもっぱら男子コートに。
男子はアップを始め身体が温まってくると、五人ずつの五チームに別れていた。徳川くんは運動神経の良さそうな人たちとAチームに。うん。イケメンチームね。
――ぷぷ。
地味男はデブ、ガリ、チビ、ハゲのアニオタ四人組とDチームになったようだ。まさしく陰キャチームでお似合いだ。
「見て見てあのチーム」
「あはは」
「あのチーム試合になるの」
「無理に決まってるじゃん」
周りでもくすくすと笑う声が聞こえる。あいつらは、今どんな気分なのだろうと思い視線を向けて見れば、
「「「あー」」」
なんとも複雑そうな顔をしていた。
――ぷふ、いい気味。
試合になれば一方的にやられてもっと楽しいことになるだろうと思い、思わず笑みが溢れる。
それから男子はトーナメント形式で試合をやるみたいで、時間の都合上1クォーターのみで一試合10分間でやるらしいとバスケに詳しい女子生徒が言っているのを耳にする。
ジャンケンをした男子。初めに徳川くんのイケメンAチームとそこそこ運動が出来そうな男子の集まったCチームが赤と青のビブスを着てコートに入った。
結果はもちろんAチームの圧勝。さすが徳川くん。カッコ良かった。すごいジャンプ力でダンクシュートを決めて思わず私まで叫んでしまった。
次にいかにもモブっぽい男子の集まったBチームと運動部の集まったEチームがコートに入る。結果はバスケ部が三人いたEチームが圧勝した。
今度はいよいよ今日の目玉、陰キャDチームの試合かと思えばAチームとEチームがコートに入る。
試合の終わった男子たちが女子に向かって「実質これが決勝だよ、Dチームは消化試合だろう」と嘲笑う声が聞こえてくる。
なるほど、男子たちの間でもDチームはチームとして認められていなかったらしい。
そんなことを考えているうちにAチームが勝利していた。さすが徳川くん。スリーポイントシュートが続けて三本入って逆転した時は思わず立ち上がってしまった。流れる汗も光ってて素敵です。
それからすぐAチームとDチームがコートに入るが、
「ヤマトっち。負けてもあたしがキスして慰めてやるよ〜」
コートに入って行く地味男に向かって橘が手を振ると、
「じゃあ、わたしは勝ったら勝利のご褒美キスをしてあげるよ」
「え、じゃ、じゃあうちは〜……どっちでも……?」
そんなことを笑いながら言う田中と鈴木も地味男に向かって手を振る。
「あ、ナツっち。それズルくない?」
「ナツミそれはズルいよ」
「え、だって選べないし〜」
あいつらがワイのワイの騒いでいる隣のコートではAチームの男子が殺気立ちお互いに目を見合わせてから頷き合っている。
徳川くんが地味男に向かって何か言ってるようだけど、あいつらが煩くてよく聞こえない。絶対楽しい会話になってるはず……聞きたかった。そして試合が始まる。
――う、うそ……うそよ。
結果はゴール下で守っていた地味男、いえ柊木くんがことごとくAチームのシュートをカットしてはとんでもないスピードのドリブルでAチームを置き去りして、お手本のような綺麗なレイアップを何度も決めてDチームの圧勝。
途中からは柊木くんだけじゃなく、デブ、ガリ、チビ、ハゲからもボールカットされる始末で見てられなかったのはAチームの方だった。
「くそがっ!」
いつもの爽やかな徳川くんからは想像できないほどの、悔しそうに地団駄を踏む徳川くん。その姿は駄々をこねる子ども。柊木くんに「ズルした」「卑怯な手を使った」「俺たちは続けて試合をしてたから疲れていた」など酷い言い訳の言いよう、終いには「橘がお前が負けたらキスをすると言ったから、こっちが負けてやった。ざまぁみろ」とか本気で言っているし、さすがにそれは無いわ〜と思った。周りを見れば引いている女子も多数。
――!?
その時私は見た。地味男、いえ柊木くんが額の汗を体育着の袖で拭う瞬間を。彼が下を向きメガネを少し外したその一瞬を。徳川くんが霞むほど超イケメンだった。私は両眼とも視力が2.0あるから自信がある。なんてことだ。
喜び手を振るあいつらに応える柊木くん。正直羨ましく思ってしまった。
「地味男、なんかカッコ良かったかも」
「う、うん。びっくりしたね。地味だけど運動神経いいんだね。よく見たら背も高いし」
そんな声もチラホラ聞こえてくる。でも、
「言っとくけどヤマトっちはあたしらの彼氏だから」
ドヤ顔してから目を細める。あいつらは牽制しているのだろう。自分の彼氏に手を出すなと、当然だあれだけのイケメンなんてなかなかいない。しかも知っているのはあの三人と……たぶん私だけだろう。じゃなければもっと女子たちが騒いでいるはずだ。
馬鹿にしていた私が逆に悔しい思いをするなんて、罰が当たったのか? だってしょうがないじゃん私はあいつらに一つでも勝ちたかったのだから。
「しい。何してるの授業終わったよ。教室に戻るよ」
「う、うん」
せめてもの抵抗だと思い、流した噂を悟られない程度に否定して回ったが、すでに消せるレベルではなかった。噂なんて流さなければと私は後悔した。
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