第6話

 彼女たちとお昼を一緒にするようになってから一週間が経った。


 ちなみにチャラ男上杉、武田、真田は一ヶ月の停学処分となり学校にきていない。もっとも一ヶ月後には夏休みに入っているので、実質二ヶ月の停学処分だ。


 担任の先生に聞いた話では、俺の盗られた鞄は普通の学生鞄だが、盗んだのは上杉たちだったと教えてくれた。


 他にもブランド物の鞄やアクセサリーなど、それらを盗みフリマアプリを使って売り小遣いを稼いでいたらしい。一ヶ月ほど前から被害にあう生徒が出ていて先生たちが密かに調べていたらしい。


 決めては俺の鞄。先生には助かったと感謝された。俺の鞄にはキーホルダーをつけていた。気に入りの小説で出てくるブサイクネコのキーホルダー。マイナーだけに、他に持っているヤツを俺は見たことない。すぐに情報を共有させた他の先生が、上杉たちが鞄を四つ(三人しかいないから一つ多い)待っていて、一つの鞄に俺のブサイクネコのキーホルダーが付いていたことに気づき問い詰めらしい。

 その場でジャンプさせればジャラジャラと。ポケットの中にもたくさんのアクセサリーが入っていたらしい。すでに売却されていたものは彼らの親が全て弁償したから警察沙汰にはならず退学処分を免れたらしいが、まだ高一だというのに、彼らは肩身の狭い高校生活を送ることになるだろう。自業自得だから同情はしないけど。


「よう。柊木っ」


 朝登校していると不意に背後から声をかけられた。振り返り確認すれば、


「ん、徳川……?」


 同じクラスの徳川斉樹(とくがわさいき)が俺の隣に駆け寄りそのまま並んで歩き出した。


 徳川は俺と同じくらいの身長で178cmくらいある黒髪短髪のイケメン。よく友だちに囲まれている印象だ。たしかサッカー部に入っていたと思う。絵に描いたような爽やかイケメンだ。


 ただ俺とは入学してから一度も話をしたことがない、そんなイケメンが俺に何のようだろうと首を捻る。


「マユミに聞いたが、あ、マユミは俺の彼女な。それでお前、橘、田中、鈴木の三人と付き合ってるんだって。飛んだ伏兵がいたもんだ」


 俺は特に何も考えていなかったというか、気にしていなかったんだけど、ある日突然、会話すらしていなかった男女が仲良くしていれば、周りは勝手に勘違いする。特に女子。恋バナは女子にとって欠かせないもの。噂の広がるのも早かった。


「……あ、ああ」


 そう、俺たちはなぜか付き合っているとの噂が広がり、一年で知らない者はいないんじゃないかと思うくらい広がっているらしい。


 俺より遥かに交友関係が広い彼女たちだ。橘なんてコミュ力高いし、俺が「否定して回った方がいいんじゃないのか?」と伝えたところ、彼女たちは、以前から勘違いしたチャラ男たちからよく声をかけられ鬱陶しかったらしく「断り文句として使えるから気にしなくていい。突っ込まれたら彼女って言ってくれてもいいから」と逆に「このままで」と彼女たちからお願いされた。よほど困っていたらしい。彼女たちがいいなら俺に断る理由はない。


 でも実際その効果はあまり期待できないと俺は思っている。というのも彼氏彼女という定義があまり意味をなさないからだ。二股、三股、それ以上であっても普通にある。当たり前なのだ。俺だって周りから見れば三人の彼女と付き合ってるってことになる。つまり三股ってこと。


 それに隣を歩くイケメン。徳川だって今付き合っている彼女は最低五人はいると交友の少ない俺でさえ風の噂で聞いたことがある。でも実際は俺が知らないだけでもっといるのかもしれないが興味がないので聞かないけど。


 さらに徳川の彼女たちも他に付き合っている彼氏が普通にいたりする(これは橘たちの情報)。


 だから彼女(橘、田中、鈴木)たちが俺と付き合っていると広まったところで虫除けにはならない。まあ、断り文句の一つとしては使っているかもしれないけど。たしか「今はヤマトのことだけしか見れない」とかなんとか……照れくさそうに言ってくれたが、試しに言われた俺の方が反応に困りもっと照れくさかった。


「で、何?」


「いや、ほらアイツら見た目いいじゃん。俺も密かに狙っていたんだよね……」


 徳川が含みのある嫌な言い方をしてから、しゅっと髪をかきあげる。こいつ自分に自信があって大好きなんだろうな。ナルシストっぽい雰囲気もひしひしと伝わってくるが、こういうヤツは、だいたい次に続く言葉は予想できるんだよな。敢えて聞いてみる。


「何が言いたい」


「ほら、いっちゃ悪いが君と違って俺はモテるだろ」


 そう言つつ側を通る女子生徒に向かって爽やかに手を振る徳川。正直イラッとするし、あっち行っていいかな。


「けどな。仮に俺がアイツらと付き合ったとするじゃん。するとどうだ、もう一人の彼氏がお前になる……なんか違うんだよな、というかおかしくねぇ?」


 そんな徳川がわざとらしく顎に手を当てて考えている風を装い俺を見ていた目を細める。天然なのか意図的にしていることなのか分からないが、いや今のは意図的だろう。さすがの俺でも馬鹿にされていることくらい分かる。


「はぁ、それは俺が決めることじゃないと思うが? 用がそれならもういいだろ、じゃあな」


 俺は敢えて大きく息を吐き出すと徳川から視線を前に向ける。実際は名ばかりの彼女なのだから、そこは気にするなとか言って流せばよかったんだけど、できなかった。徳川から言われて不愉快だった。


「はあ、まだわかんねぇの。お前馬鹿? さっさと別れろって言ってるのよ、俺は。分かる、別れろっつってんの」


 かなりの陰険イケメンだったらしい。徳川が歩いていた俺の左肩に片手指を食い込ませグイッと引っ張る。

 地味に痛くてすぐに払いのければ、にこにこ笑顔を装っているが、その目は笑っておらず、俺が否定をすればすぐにでも胸ぐらを掴んできそうなそんな雰囲気だ。

 まあ、上杉の時のような後ろめたさもないからそう何度も掴ませる気はないけど。さすがにちょっとムカついた俺は歩をやめ立ち止まると、ついてきていた徳川に顔を向ける。


「な、なんだよ」


 ただ顔を向けただけなのに、なぜか徳川がたじろぐ。


 ――まあいい……ただ。


 殺気を込めて「お前には関係ない」。そう言おうと思ったのだが、それよりも少し早く、


「ヤマトっち、おはっ!」


 背後から駆けてきたらしい橘の明るく元気な声が聞こえ、振り返る前に俺の右肩をぽんっと軽くたたかれた。


「ヤマトおはよ」

「ヤマトおは」


 遅れてすぐに田中と鈴木の声も聞こえる。初めは戸惑ったが、一週間も続くと慣れてくるもので、ここからは彼女たちと一緒に登校する。


 ――あ、そうかこういう行為を見られれば噂も立つか……


 何となく納得した俺はすぐに右後方に顔を向け、彼女たちを見つけて軽く右手を上げた。


「ああ、アカリ、サキ、ナツミ、おはよう」


 それからすでに右隣に並んで歩き始めた橘は、俺の左隣に徳川がいると気づき、笑顔から一転して、しかめっ面へと変わった。


 そんな橘の様子など気にした素振りも見せず徳川が「やあ! 橘に田中に鈴木、おはよう」と爽やかに言うが、橘、田中、鈴木はそれを無視をする「おいおい」と思う反面「ざまぁ」と思ってしまった俺は心が狭いだろう。少し反省していると、少し不機嫌そうな表情の田中が俺に尋ねてくる。


「そいつ同じクラスの徳川だったよね。ヤマトの何? 友だち?」


「違う。今初めて話した」


 すぐに否定すると、やっぱりねといった表情をする彼女たち。それから俺の顔色を見た橘がジロリと徳川を睨む。


「あたしらそいつ嫌いだし、というかそいつ絶対ヤマトっちに変なこと言ってるはず。ねぇ徳川、言ったよね?」


 橘の言い方は、もしかしたら先ほどの俺たちの会話が聞こえていのかと勘違いしそうになるほど自信たっぷりに聞こえるが、こういう時の橘はほとんどが勘だ。間違えてたらすぐに謝ればいいっていうスタンスらしい。付き合いだして何となく分かるようになった。


「え! あ、いや……あは、あははは……」


 でも徳川には効果的面。可哀想なほど狼狽する徳川。それだけで彼女たちも分かったらしい。


「じゃあ徳川バイバイ。ヤマトはうちらと一緒に行くし」


 有無を言わさず、徳川と俺の間に割って入った鈴木が俺の左腕を掴んでくる。今日の左側は鈴木らしい。んで右側が橘? ジャンケンをやめて彼女たちは毎日ローテーションすることにしたらしい。


「行こ」


「ぐぬぬっ」


 怒りで顔を真っ赤にする徳川を置き去りにして、俺たちはいつものように学校に向かった。

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