第5話
「え、ダメなの?」
つい反射的にそう返してしまったが、正直なところ彼女たちの反応は予想外だった。
「えっと、その……」
「それは、まだ……」
「今は……」
彼女たちは揃って口ごもり顔には戸惑いの色が見える。俺はてっきり青春漫画でよくあるような「気にすることなかったのに、分かったわ。これからはもっと仲良くしましょう」的な、よりフレンドリーな展開になるもの期待していた。
――マジですか。
俺一人だけが勝手に舞い上がって浮かれてしまっていたらしい。漫画のヒロインのようなチョロ過ぎる自分の言動に後悔と恥ずかしさが込み上がってくる。
「ごめん。今言ったことは忘れてくれるとうれしい」
俺は慌ててメガネをかけてると、髪をぐしゃっとする。これだけで俺の髪型は元に戻る。
「ま、まって。違うの違うのよ。う〜、ほ、ほらナツミもなんか言って」
するとなぜか彼女たちの方が慌て始め真っ先に口を開いて否定したのが田中。でもすぐに言葉に詰まり隣にいる鈴木にふるが、
「へぁ!? あああ、う、うんそう。う、うれしいんだけど、今だとまだ早いっていうか、余計なヤツが寄ってくると困るし……ああああ、違うし。そうじゃなくて……今のままでもヤマトはカッコイイ……ひゃぁぁ。う、うち何言ってるんだろ、さ、サキお願いぃ……」
突然ふられた鈴木は可哀想なくらい狼狽してみせる。
でも今日彼女たちに接した中で、鈴木が一番意外性の塊だ。縫い物ができたってのも驚きなのに、普段目にする冷静沈着っぽい印象からは想像できないほどテンパリやすいく言動もすぐにおかしくなる。もしかしたら俺と似て他人が苦手なのかもしれない。そんな鈴木は目に涙を溜めながら、一番コミュ力の高い橘の肩にすがりついている。
「ああ、うん。ほら、ヤマトっちは何か意図してそんな姿をしてたじゃん。だから悪いなぁとかヤマトっちに無理して欲しくないなぁとか思っちゃったんだよね。ヤマトっちはどんな格好をしててもヤマトっちだしさ。気にしないで気楽に付き合ってほしいのよ」
「えっ!?」
――どんな格好でも俺は俺……
なんだろうこの心に響く橘の言葉は。つい先ほどまであった胸のつかえというか、後悔が嘘のように薄れていく。それどころかうれしいと感じている自分がいる。
「うん。そうだよヤマト。わたしたちもこんな格好してるから勘違いされて色々言われたり見られたりする。だから分かるっていうか決めつけんなよって感じね……
今日の登校中にも嫌な事があって、それで今朝はついヤマトに八つ当たりみたいにキツくなって……今さらだけどごめんね」
「う、うちも、ごめん。悪いクセなんだ、うちの。すぐ喧嘩腰になるし、そ、そのヤマトの椅子蹴っちゃったりとかしたし……ほんとごめん。
言わなきゃと思えば思うほどなかなか言い出せなくなってて、今になったし……ごめん」
田中は俺を窺うように鈴木はしょんぼりと肩を落としてそう言った。
ただ俺の場合、地味に過ごしていればよくあることだったから気にもしてなかった。それなのに彼女たちは気にしてくれていたらしい。ちょっと意外だ。
「あ、でもナツっちは真っ先に裁縫道具を鞄から取り出していたんだよ。ボタンも必死に探していたしね」
「さ、サキ、それ言ったらダメだし」
俺だって今日みたいに彼女たちを知る機会がなければ、こうして話してみなければギャルだという固定概念だけで避けようとした。
それも彼女たちが近寄ってきたから結果こうなれただけで、俺は何もしていない。
母さんたちはいつかきっと俺の上辺だけじゃなく内面を見て接してくれる人に出会えるはずだと言ってくれていた。
でもそれは少し違うのかもしれない。俺自身がまず他人を理解しようとしなければ何も変わらないのではないか。
考えだすと、そのことが頭から離れなくなる。もしかしたら今までだって、俺が気づかず避けてしまっていた、そんな場面だってあったのかもしれない。それを彼女たちに言われて初めて気づいた。
「俺は気にしてないよ。それにこっちこそありがとう気を遣ってもらって。
ほんとそのとおりだと思った、というか俺もそんな奴、見た目で判断するような奴だった。だから俺のほうこそごめん」
ほんと彼女たちには感謝しかない。
「よかった」
「うん」
田中と鈴木がホッとした安堵の表情を浮かべた側で、
「じゃ、じゃあさ、もうお互い様ってことで、あたしたちとLIFE交換しようよ。LIFE……ダメ、かな?」
橘がブレザーのポケットから可愛らしくデコレーションされたスマホを取り出した。
彼女がいうLIFEとはスマホで通話やチャットなどのコミュニケーションがとれる無料アプリ、CONNECT ・LIFEコネクト・ライフ。略してLIFEと皆は呼ぶ。ちなみに俺の連絡先は家族のみ。
「いや。それはいいんだけど……」
そのアプリをほとんど利用したことのない俺は交換の仕方が分からなかった。
恥を忍んでそう伝えると、彼女たちはなんだかうれしそうに俺のスマホを操作して自分たちの連絡先を登録してくれた。
そして、あっという間に俺は彼女たちのグループチャットに加えられ、何度か試しにチャットをしてみたが、これが新鮮でなかなか楽しかったが、グループ名が〈ヤマトの部屋〉って、それはありなのか? 彼女たちはいいらしいが。
でもまあ、それ以上に連絡先が三件も増えたことがうれしくてあまり考えず承諾したんだけど。
それから教室に戻ると昼休み終了間近のためほとんどの生徒が自分の席に着席していた。
「五時間目ダル〜」
「だねぇ」
けどまだ授業が始まっているわけじゃないので、騒がしくそんな会話もちらほら耳に入る。そんな時、
「柊木くん」
自分の席まで戻った俺が、座ろうとしていたところでクラス委員長に声をかけられた。
「霧島さん?」
委員長は霧島亜紀といってショートカットに黒縁メガネをかけている。黒縁メガネといっても俺のダサいメガネと違って彼女のメガネは女性らしくオシャレな仕様だ。
そんな彼女は俺のシャツに目を向ける。
「ボタン直ったんだね」
「ああ、これね。うん。ナツ……鈴木さんがつけてくれたんだ」
そう言ってから先に席に着いていた鈴木の方に視線だけを向ければ、彼女は耳まで真っ赤に染まっていた。もしかして、このことは言わない方がよかったのだろうか。俺が少し不安に思っていると、
「ボタン。霧島も見つけてくれたし」
鈴木がそう言ってから何か複雑そうな表情をした。
――?
彼女の表情の意味はよく分からないが、とりあえず委員長はボタンを見つけてくれたらしい。ならば俺は、委員長にもお礼は言うべきだろうと思い視線を委員長に戻す。
「霧島さん、ボタンありがとう」
「別にいいのよ。でもボタンを見つけれたのは近くに飛んで来てただけで偶然なのよ。だから気にしないで」
「そうなの」
「うん」
そこで委員長の用事は済んだはずなのだが、なぜか委員長はその場から動こうとしない。
――ん?
それどころか、下から俺の顔を覗き込もうとしているようにも見える。
――いや、まさかね……
俺の方が背が高いため委員長は見上げるように見ていた。だから、そう感じだけかもしれない。
「それじゃあね。柊木くん」
現に委員長はそれからすぐに自分の席へと戻っていった。
――なんだったんだ?
だから余計に先ほどの間の意味が分からなかった。一体なんだったのか。でも分からないものを気にしてたところで意味はない。俺もすぐに席に着いた。
それからすぐに英語の先生が入ってきて五時間目の授業が始まった。
――――
――
――あれ、おかしいな?
六時間目が終わると清掃がある。その後は帰りのホームルームがあって下校となるのだが、その清掃が終わって教室に戻ってきたところで俺は自分の鞄がないことに気がついた。
幸い、教科書類は机の中に置いていて無事だったが、ご丁寧に〈鞄を返して欲しければ放課後校舎裏に一人で来い〉と汚い字で書かれたノートの切れ端が入っている。
「はぁ」
思わずため息がこぼれた。昔から男子に嫌われていた俺はよく物が無くなることがあったが、さすがに鞄はない。
鞄の中には読みかけのラノベが入っていた。しかも、そのラノベは昨日買ったばかりのもので学校が終わってから続きを読もうとたのしみにしていた。
俺はどうしたものかと悩み腕を組む。
――ん?
ブレザーのポケットに違和感がある。
――……あれ、これって。
そこでふと思い出す。弁当を食べる際、ブレザーのポケットにラノベを入れて移動し、そのままにしていたことを。そして思う。もうこれは面倒だし行かなくていいんじゃないかと。
――よし。
そう思った俺はホームルーム後、担任の先生に鞄がなくなったことだけを伝えてさっさと帰ることにしたのだった。
その夜、初めてのグルチャでは……
《ヤマトの部屋》
サキ: ねぇねぇ、知ってる。
アカリ: 何を?
ナツミ: もしかして、アイツらのこと?
サキ: そうそう。たぶんそいつら、ナツっち知ってたの?
ナツミ:うん。でも詳しくじゃないから、聞きたい。
アカリ: また女子に何かした?
サキ: それがさあ。そいつら誰かの鞄ブランド物だったらしいけど、それ盗んだらしいのよ。でもすぐに担任に見つかって明日からしばらく来ないらしいよ。
アカリ:マジで! バカじゃん。
サキ:そうバカだよね。マジウケる〜。
ナツミ:ずっと来なければいいのに〜。
サキ:ナツっち今日も言うねぇ。
アカリ:あはは、無理もないよ。ナツミ、アイツに執拗に付き纏われていたから。
サキ:ああ、そうだったね。アレは無いわ〜
アカリ:うん。勘違いしてただただ痛いヤツ。アレはない。
サキ:だねぇ。ところでヤマトっち。ちゃんといる?
アカリ:ヤマトいるよね?
ナツミ:ヤマト、えっ、いないの?
サキ:いや既読なるしいるって。おーい。
サキ:ヤマトっち〜。
ヤマト:いるよ。その……みんな打つの早いね。打つタイミング難しいや。
なかなかうまく参加できないヤマトであった。
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