第4話

 ボタンは橘たちが探し始めると、近くにいたクラスメートも自分の足下を探してくれ割とすぐに見つかったらしい。なんともありがたい。


 でもこれは、彼女たちがクラスカースト上位だから協力してくれただけのことだろうけど、一応協力してくれたクラスメートの名前は聞いた。


 でも橘は「あたしたちが勝手にしたことだから気にすることなって」っと言って片手をひらひらさせてからお弁当を頬張っている。


「ふーん、それならいいんだけど。それで、チャラ……じゃなくてアイツら(チャラ男の三人)は良かったのか? 一緒に飯食おうって誘われてよな?」


「むむむヤマトっち、それは絶対ないって。アイツら手癖が悪くて女子の間じゃ有名じゃん。被害に遭ってる女子もいるし、嫌いな女子の方が多いだよ」


 俺の右隣に腰掛けている橘が本当に嫌そうな顔をしながら、箸を持っている右手を小さく左右に振った。


 ――有名じゃんって、俺は知らないんだけどな。


「そうなのか」


「そう」


 そう言ってから橘は再びお弁当のおかずを箸でつかみ美味しそうに頬張るけど、基本的に机に座るとほとんど動かない俺にクラス情報はない。


「そうそう、アイツら終わってるし。あっ! アカリそれ食べたい」


「アイツら近寄ってくんなって感じよね。うん、じゃあナツミのこれ貰うよーん」


 すぐさま鈴木と田中が橘の話しに同意しながらも、互いのおかずを交換している。ちなみ俺の弁当は先ほど一人の時に、無茶な早食いしたためほとんど残っていない。


 ――……アイツらチャラ男だから正直モテてると思っていたけど、もう女子に嫌われていたのか。ある意味すごいヤツらだったんだな……ってか、やけに橘と鈴木は近くないか?


 俺がそう思うのも、先ほどから右手を動かすだけで、ちょこちょこ橘の左腕に触れてしまうのだ。

 人との接触を極力避けてきて俺としてはこの距離感は少し苦手。


 しかも、それは鈴木も同じで、鈴木は俺の左隣で橘と同じくらいの距離に腰掛けている。なので鈴木がお弁当を食べる度に鈴木の右ひじが少し当たる。だから俺は、どちらに寄っても余計に触れしまうだけになるので、身動きが取れない。


 ちなみに田中は鈴木の左隣に腰掛けているから大丈夫なんだけど。


「なあ、橘と鈴木は……もう少し離れてくれない?」


「えー、なんで?」


「なんでって、ひじが当たるし近いだろ?」


「そうかな……普通だと思うけど?」


「普通? 食べるのに邪魔にならない?」


「ならない。あたしは平気だもん。ナツっちはどう?」


「え、あ、うん。うちも平気だし」


 うーむ。橘たちはこの距離が普通だとなんでもないように言うから本当に平気なのだろう。無理をしている様子もない。必要以上にベタベタしたいんだって様子も見られない。


 ―― むむ、俺が気にしすぎるってことか……ぁ!? そういえば……


 そこでふと思い出す。どの漫画に登場するギャルもやたらとコミュ力が高くフレンドリーに描かれていたことを。彼女たちもそうなのだろう。そう思えばなぜか納得できる気がしてきた。


 ――なるほど。


 どの漫画の作者も実際のギャルを見て描いていたのか。ならば地味を貫き人との接触を避けてきた俺にはまだまだリハビリが必要だが、その際に漫画は教本となり得るものだと理解した。これは有り難い。


 ついでに田中はどうだと思い目を向ければ、その田中と目が合う。


「ん? わたしはジャンケンに負けたから今日はこっちね」


「じゃんけん?」


「そう。あ、わたしたちが勝手にやってるだけだから気にしなくていいよ〜」


 と言ってから笑った。これはまいった。気にしなくていいよ〜、とは本当に気にしなくていいことなのか。この答えのある教本漫画が思い浮かばない。仕方ない。こういう時は下手に話題を広げようとせず頷いておくだけにしよう。


「そうなんだ」


「そうなの」


 田中はそう答えるとお弁当を美味しそうに頬張りはじめた。本当に気にしなくてよかったらしい。この辺の感覚がどうも疎くていけない。釣られたわけじゃないが俺も残りのご飯を口に頬張る。


「ヤマトお弁当食べ終わったのなら、ボタンつけるし」


 俺が食べ終えた弁当を片付けはじめると、隣にいる鈴木がそう言ってくれたが、でもその鈴木のお弁当にはまだ半分くらい残っている。それはさすがに悪いと思った。


「ありがとう。でも俺は本を読んでるから、鈴木が食べ終わってからでいいよ」


「そう。じゃあ少し待ってて」


 俺は後ろに置いていたラノベを手に取って広げる。そうすると橘と鈴木が食事をしながら、俺を挟んで楽しげに会話を始めるが、二人が顔を近づける度に二人の髪がちょこちょこ当たってくすぐったい。


 でも楽しそうな彼女たちの邪魔をするのも気が引けるので、そこは我慢してラノベを読んだ。


 それから10分も経たない内に肩をぽんぽんと軽く叩かれる。


「ん?」


 視線を向ければ鈴木が携帯用の小さな裁縫道具を用意して俺を見ていた。鈴木は何度か俺を呼んでいた感じだ。途中から物語に引き込まれて集中して気づかなかった。


「ごめん。本に集中していた。えっと、俺はどうすればいいかな」


「えっと……そのまま動かないでいてくれれば、たぶんいけると思う……」


 しばらく俺のワイシャツを眺めた鈴木がそう言うと、縫い針に白い糸を通す。それから取れたボタンを手にして、俺のワイシャツのボタンが取れた位置にその手を添えた。


「大丈夫か?」


「ん、大丈夫だし……」


 けど見るからに鈴木はやりにくそうに見える。それに動かす指先が少しきごちない。この調子だと昼休みの時間内に終わるかどうかも怪しく思えた。


 ――脱いだ方が早いかも……


「鈴木、ちょっと待って。やりにくそうだからこのシャツ脱ぐよ」


「「「え」」」


 なぜか驚いた三人の声が被るが、気にせず俺はワイシャツを素早く脱いだ。


「ひゃぁぁ、や、ヤマト。シャツの下、何も着てないし」


 真っ赤な顔をした鈴木がいつもより可愛らしい声を上げてあたふたする姿を不思議に思いつつ、鈴木の言った言葉の意味を、


「あ!?」


 そこで初めて理解する。


 ――そうだった……


 今日はいつもより遅く起きたからワイシャツの下にTシャツを着るのを忘れていたようだ。しかも、今日はあまり暑くない。汗をかかなかったから余計に気づかなかった。


 それを彼女たちに伝えると「それなら」と言いつつも彼女たちは俺の身体を見ては何度も目を泳がせる。


 目のやり場に困っているのだろう。


 身体は家にあるトレーニングルームでそこそこ鍛えているから、別に見られたって恥ずかしくもなんともないんだけど、真っ赤な顔をする彼女たちを見て、余計にやりにくくしてしまったようだ。


「や、ヤマトやばい。すごい肉体美」


「や、ヤマトっち、さっきもチラッと見えた気がしたけど、やっぱりその下、着てなかったんだ」


「や、ヤマト細マッチョなんだ」


 ――あれ?


 思い違い? 恥ずかしそうにしていた彼女たちの姿は嘘なのか。彼女たちは俺の腹筋にそろ〜っと手を伸ばしてくるときゃあきゃあ言いながらペタペタ触れはじめた。


「あのさ、何してるのかな?」


「「「あ」」」


 我に返ったらしい彼女たちが揃って耳まで真っ赤にする。


「ぷっ」


 そんな彼女たちがなんだか面白く、おかしかった。俺が笑い出すと彼女たちはホッとするような安堵した顔をして両手を合わせて目を閉じる。


「ごめんねヤマトっち」


「ごめんヤマト」


「ヤマトごめん。あまりにもきれいだったから……」


 そして彼女たちは揃って頭を下げた。


「……」


 でも俺は黙って彼女たちのその姿を眺めている。


「ヤマトっち?」


「ヤマト?」


「ヤマト、怒ってる?」


 すると不安になったらしい彼女たちの頭が少しずつ上がり閉じていた目を片目だけ開ける。


 怒ってなんていない。つい悪戯心が湧いたのだ。なぜそんなことしたくなったのか自分でも分からないが、ただ、今はそんな彼女たちがおかしくて俺はまた笑ってしまった。


「ぷっ、あははは……」


「ひど〜い。酷いよ〜」

「酷いよヤマトっち」

「うちらで遊んでるし」


 初めてだった。俺が学校生活の中で心から笑ったのは。

 彼女たちにベタベタ触れられたりもしたけど、今までのような不快感はなかった。むしろ一緒にいて楽しく心地いいとも思う自分がいる不思議な感覚。


 それから鈴木が慣れた手つきでボタンをつけ直し、俺たち教室に戻ることにした。


「そろそろ教室戻ろ〜」


「ねぇナツミ五時間目、なんだけっけ」


「たぶん英語?」


 片付けを終えた彼女たちはスカートの後ろをぱたぱたと払いつつ立ち上がると階段を一歩二歩と降りてから俺の方に向き直る。


「ほら〜、ヤマトっち早く」


「ヤマト」


「ヤマトいこ」


 彼女たちの見た目は派手。勘で近かれた時には驚いたが、彼女たちは意外なほど優しく初めて一緒にいて楽しく思えた。そんな彼女たちともう少し向き合っていけたらと思えた。


「アカリ、サキ、ナツミ」


 他人を名前で呼ぶのはあの日以来初めて、少し照れ臭いが俺がそう呼ぶと彼女たちは驚き口元に手を当てた。


「や、ヤマトっちがサキって」

「ヤマトっ」

「ヤマトがうちの名前……」


 そんな反応をどう捉えていいものか分からないが拒否された訳じゃないことは何となく雰囲気で分かる。だから俺は思った言葉を続けた。


「今日はありがとう。その、うれしかった。他人(ひと)といて一緒にいて初めて楽しく思えた。だから、たまには俺も仲間に入れてくれるとうれしい」


「え、仲間?」

「仲間?」

「仲間なの?」


「……それくらいならもちろん、ね?」


 そう言った田中が少し狼狽た様子で鈴木と橘を見てから同意を求める。


「う、うん。だってうちたちはすでに仲間だって思ってるし」


「うんうん。あ、あたしは、ヤマトっちはもうあたしたちの家族くらいってくらいに思ってるんだよ……あはは、なーんて」


 なんと彼女たちの中では俺はすでに仲間認定されていたらしい。地味男を貫いた弊害。その境目が分からなかった自分はやはりリハビリが必要なのだろう。


 ――しかし、俺を家族くらい、にか……


「……それなら俺も」


 そんな彼女に応えたくなった俺は意を決して、伊達メガネを取ってから目元まで伸びた前髪をかき上げ彼女たちに素顔を晒した。


「俺、君たちといる時には偽装はやめることにするよ」


 そう伝えたのだが、


「「「それはダメ」だから」だし」


 全力で否定されてしまった。どういうこと?

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