第3話

 彼女たちにあっさりと素顔がバレてしまった。俺を気にかけてってことではなく、ただの勘で。これはちょっと予想外。


 ――そういえば……


 父さんがよく「母さんたちにはウソや隠し事をしても、なぜかすぐバレるんだよ。あははは、あの時はさすがに死ぬかと思った、お前も気を付けろよ」って遠い目をしながら笑っていたことを思い出す。


 あの時の父さんはげっそりしていたけど、一体何がバレたんだろうと思ったくらいだったが。


 ――女の勘か……得体が知れない、侮るべからずってやつなのか……


 まあ、バレてしまったものはしょうがない。授業間の休み時間に、軽く彼女たちの会話に混ざった程度だが(相槌を打つ程度)俺のことを他の人クラスメートに広めるような性格には思えない。と思っておこう。


 というのも、彼女たちは見た目(ギャル)に反して思ったよりも大人というか節度があるように思える。


 あの頃(小学校の頃)のような、こちらの都合も考えず、好意の押し付けや強要、うんざりするようなしつこさはないし、彼女たちの友人関係にヒビを入れた感じもしない。


 ほんとあの頃は、俺が少し会話に混ざるだけで、お互いの罵り合いが始まるのだから。かなり不愉快だったな。


 キーンカーンカーンコーン。


 そんなことを考えているうちに四時間目の授業終わり、そのチャイムが鳴る。


 ――ふう、やっと昼飯か……お腹ペッコペコ。


 俺が鞄から大きな弁当を取り出し、お弁当包みを外していると、


「ヤマトっち、一緒に……」

「サキ! 一緒に飯食おうぜ」


 橘の声を被せるように、男たちの声が聞こえた。


 ――?


 ふと、視線を向ければクラスの男が三人視界に入る。

 そいつらは制服のブレザーはボタンを外し、ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを上から二つほど外した格好で首元を晒し、その首にはネックレスが見える。


 揃って髪を茶色に染め短く整えたいかにも俺オシャレだろって感じのチャラ男だ。一応クラスメートで上杉、武田、真田だったかな。名前までは覚えていない。


 そんなチャラ男たちがコンビニ袋を片手に橘たちの側にいた。


「え、なんで?」


 橘が何を言ってるんだこいつという感じで嫌そうな顔を向けているが、そいつらは友人じゃないのかと俺も不思議に思う。友人なら一緒に食べたくないし。


「いいじゃん別に。いつも一緒に食べてたろ」


 チャラ男の一人、武田が近くで空いていた椅子を片手で引き寄せてから座ると橘の席にコンビニ弁当を勝手に置いた。俺にはできない有無を言わさぬ早業だ。


 ――なんとまあ……あら?


 でも橘はその弁当を右隣の机に素早く置いた。武田の頬が少し引きつっているのが分かる。


 そんな武田に意識を向けていると、


「一緒に食べようぜ」


 もう一人のチャラ男、真田も近くで空いた椅子を引き寄せてからその椅子に座ると田中の席に自分の食べるらしいコンビニ弁当を勝手に置いた。


「ちょっと、勝手に置くなっつうの、つーか来んな」


 田中が嫌そうな声を上げて武田の弁当を机から押し出そうとしているが「まあまあ、いいじゃん」といって弁当の蓋を開けようとした。

 でも田中がその手をバシッとハタキ、橘と同じようにその弁当を左隣の机に置いた。


 そして最後、もう一人のチャラ男の上杉は気取った感じでカッコつけているのか、


「ナツミは俺が一緒に食べてやるよ」


 わざわざ鈴木の背後から回り込んできて鈴木の肩にポンと軽く手を置く。いかにも親しい間柄に見える感じのやつ。


「はあ? 嫌に決まってんじゃん。つーか触るなし」


 だがその鈴木の反応は本当に嫌そうにチャラ男上杉の手を素早く払い除ける。


「なんだナツミ。今日は機嫌が悪いな。ひょっとしてあの日か?」


 でもさすがはチャラ男。チャラ男上杉には堪えた風でもなく、ニヤニヤしながら、何食わぬ顔で俺の右横で背を向ける(鈴木の方を向いた)。鈴木の席からは左側の位置。


 それから信じられないことに、チャラ男上杉は俺に一言もなく、俺の椅子に横から無理やり座ろうとしてくる。


 恐らく近くに空いている椅子が無かったから座っている俺を押し除けて座る気なのだろう。


 ――アホかこいつ。


 俺は音を立てぬよう椅子を少し後ろに引いてから左に素早くズレる。すると鈴木の方を見て、後ろ(俺の方)をまったく見ていなかったチャラ男上杉は、何もないところにスッと腰を下ろした。


「おわっ!」


 カッコつけチャラ男上杉が派手に尻餅をついた。まだ手に持っていたコンビニ袋も逆さまになっている。恐らく中にある弁当も逆さまになって、さぞ愉快なことになっているだろう。


 ――ぶっ。


 思わず笑ってしまったが、同じようにクスクスと周りからも笑い声が聞こえる。見ていた誰かも笑っているのだろう。


 ただ弁当まで逆さまにする気のなかった俺は少し悪い気もしてきた。


「いてて、テメェー」


 そんなチャラ男上杉は、すぐに立ち上がり俺に向き直るが、その顔は真っ赤。カッコつけていただけに余計恥ずかしかったのだろう。だがここは俺の席だ。それに俺も今から飯を食う。


「ここは俺の席。今から俺も飯だ」


 だからわざわざ親切に教えてやった。


「はあ! ふざけんなよ、地味男がっ!」


 ちょっと笑みが抑えきれず小馬鹿にした感がバレてしまったのだろうか。

 さらに顔を真っ赤にしたチャラ男上杉が、椅子に座っている俺に向かって右手を伸ばしてくる。


 ――ん〜……


 一瞬、その右手を避けようかと思ったけど、弁当までぐちゃぐちゃにする気のなかった俺は殴ってくるわけではなさそうなので、そのまま受けてみる。


 するとその手は俺の胸ぐらへ、上杉は俺の胸ぐらを乱暴に掴み、そのまま引き上げた。


 ブチブチブチ。


 俺のワイシャツのボタンが数個弾けて飛んだ。チャラ男上杉が無理やり引っ張ったからだ。これは聞いてない。払いのけてやればよかった。やつの弁当は自業自得なのだ、心を痛める筋合いはなかったのだ。


「調子に乗んじゃねぇぞ」


 さらに上杉が胸ぐらを掴んだままぐらぐら揺すってくる。これ以上ボタンが取れては堪らないと思った俺は胸ぐらを掴む上杉の右手を押さえつけて立ち上がり、


「なっ!?」


 その右手を無理やり引き剥がす。俺より背が低く思ったより力のない上杉の右手は簡単に引き離すことができた。


 ただ周囲がどうも俺に注目しているように感じる。


 ――やばっ、ちょっと目立ってる?


 そう思った俺は、


「弁当悪かったな、俺の椅子使っていいから……」


 それだけ上杉に伝えると小説と弁当を素早く手に取り、俺は逃げるように教室を後にした。


 ――ん?


 逃げる際、床に落ちていた上杉の弁当を蹴ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。


 ――――

 ――


「さて、困ったぞ」


 慌てて教室を出た俺は、当てもなくどこで弁当を食べようか迷いふらふら校内を歩いていた。


 ――うーむ。こんな時……たしか漫画や小説だと……どうしてたっけ……


 暫し考えてピンとくる。


「……屋上だ!」


 閃いたとばかりに俺は早速屋上に向かった。


 ガチャガチャ。


 ――……あれ?


 だが残念なことに屋上に出る手前のドアに鍵がしっかりとかかっていて屋上に出ることができなかった。


「はぁ……まあいいや」


 幸い屋上の手前の踊り場は割と広く他に誰もいない。俺は階段を一段降りてから腰掛けると、弁当を膝の上に置き食べ始めた。


 ――ん?


 だが今日はよほど運がないのか、弁当を食べ始めてからすぐに階段を登ってくる複数の足音が聞こえてきたのだ。


「はぁ、なんか今日ついてなくない?」


 思わずため息が出る。素顔はバレるし、ワイシャツのボタンは中三つも飛んでなくなっていた。ブレザーのボタンを閉めてればなんとか誤魔化せるが、母さんに知られれば虐められたのかと余計な心配をされてしまう。

 これは面倒でも自分でつけるしかないと思っている。


 暗くなる思考を振り払うように頭を振る。


「それより今は弁当を早く食べるのが先だな」


 食べ始めたばかりだけど今さら別の場所を探す気力もなければ移動する気力もない。


 とりあえず早めに食べてしまおうと口いっぱいに頬張っていると、


「ヤマトどこだろ?」

「ヤマトっち、漫画好きだから、多分屋上だよ」

「そうね。そうじゃなったら校舎裏とか?」


 近づいてくる足音の声の主が聞き覚えのある声に似ていること気がついた。しかもまた勘らしいことを言っている。なんとなく誰が来たのか分かった俺は少し安堵する。


「あ、いたっ! ヤマトっちだ」

「よかった」

「ヤマト」


 階段を登ってきていたのはやはり田中と橘と鈴木だった。女の勘ってすごい。よくこんな短時間で俺を見つけたなと感心してしまう。


 だが今の俺は口いっぱいに頬張っていて口を開くことができない。取り敢えず右手を挙げれば、彼女たちは同じく手を振り返し嬉しそうに階段を駆け上がってくる。


 その時ふと気づいた。彼女たちの片手に持っているがお弁当だということを。


「弁当? どうして橘さんまで?」


「ぶー、サキって呼んでっていってるのに……もちろん一緒に食べようと思ったからだよ。それに……ナツっちは裁縫得意だから」


 そう言った橘が得意げ胸を張り鈴木の方をみる。


「ヤマト。ほら……」


 その鈴木が俺の目の前で右手の平を差し出してくる。


「え、ボタン?」


 なんと鈴木の手の平には俺のワイシャツのボタン。弾けて飛んだボタンが三つ乗っていた。


「そう。お弁当食べたらうちがやってやるし」


 彼女たちは弾けて飛んだ俺のボタンをわざわざ探し出し拾ってきてくれたのだ。

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