17 やる時はちゃんとやる 後編
一台のトラックが、デュドレーの町を出ようとしていた。
運転しているのは、『先生』だ。荷台には、荷物と一緒に魔法使いたちとリズルドの姿がある。
リズルドは意識を取り戻していたが、魔力を吸い取られて動けないまま、暗闇に目を凝らしていた。
町を出てすぐの草原、街灯の明かりが届かなくなったあたりで、トラックは止まった。
この先に、魔法部隊の探知網が張られている。
魔法使いたちが杖を軽く振ると、リズルドの身体が浮き上がった。そのままトラックを降りた彼らは、ホウキを手に持っている。
「あの……『オオカミ』をどうするつもりで?」
運転席から顔を出した先生が、おそるおそる聞いた。
魔法使いの一人が答える。
「こいつと一緒に探知網を越える。越えた先で、何か動物に襲われたように見せかけて殺し、俺たちはホウキで逃げる」
もう一人が続けた。
「駆けつけた魔法部隊は、こいつの死体だけを見つける。魔力持ちの密偵が町から逃げようとして野犬にやられた、と処理される……ってわけさ」
「探知網の魔力、俺たち四人の魔力、こいつの魔力。全て入り乱れれば、細かい状況はわかるまい」
(くそっ……こいつら、最後まで俺を利用しようと)
リズルドは歯噛みした。
先生と、視線が合った。
彼は、リズルドから目を逸らす。
「そう、ですか。……じゃあ、私はこれで」
「ああ。達者で暮らせよ、同志」
魔法使いが言うと、先生は運転席に引っ込んだ。
トラックが動きだし、町に戻っていく。
リズルドはそのまま、魔法で浮いたまま運ばれた。何とか逃げ出せないかともがいてみたものの、力は虚空に吸い取られていくだけ。
探知網は、もう、すぐそこだ。
(レネー様、どう思うだろう。俺はやっぱり密偵だった、犯罪者だったんだって、ガッカリするだろうな。俺をかくまっていたことで、何かの罪になるかもしれない)
悔し涙で視界がぼやけ、夜空の星の光が拡散する。
(あの綺麗な銀の髪……俺がいなくなったら、誰が触るんだろう)
その時、魔法使いの一人が顔を上げた。
「おい……」
ヒュウッ、と風を切る音がして、街道に一つの影が降り立った。
むすっとした声が飛んでくる。
「あ、いた。ちょっとそこ。私の使い魔、どこへ連れて行く」
(!)
リズルドは視線を上げた。
さっきまで脳裏に思い描いていた銀の前髪が、風にそよぐ。
夕焼け色の瞳が、強い光でこちらを見ている。
(レネー様!)
「魔女だ」
三人の魔法使いがサッと杖を構え、もう一人はやや後ろに下がってリズルドを地面に下ろすと押さえつけた。
レネーもまた、スッと手を上げ、杖を向ける。
「そいつを放せ」
「剛胆な魔女だな、一人対四人なのに」
一人が少々呆れ声で言ったが、もう一人がハッとしたように続けた。
「こいつ、【必殺の魔女】だ!」
レネーは二秒ほど間をあけてから、うなずいた。
「あ、うん、そう。それ」
レネーもリズルドも、正直そろそろ忘れかけていた二つ名である。使わなさすぎて。
しかし、その名を聞いた魔法使いたちの判断は素早かった。
「全員でかかるぞ!」
四人の杖から、同時に爆炎が吹いた。炎はどんどん強くなりながらよじり合わされ、ついに一体の竜となる。
「レネー、さまっ」
魔力のいましめが消え、リズルドはようやく声が出せるようになった。身体が全力で魔力を取り込み始めたが、まだうまく動けない。
かろうじて、顔を上げる。
(こんな、四人がかりの魔力じゃ……!)
竜が、レネーに襲いかかった。
炎がリズルドの視界を遮っては、また途切れ、レネーの姿がちらちらと見え隠れしている。彼女が魔力の防壁を張っているのがうっすらと見えた。
レネーは杖を緩く構えたまま、左手で黒ローブのフードをかぶった。彼女の口元が小さく動く。
『リズ』
耳元で、声が聞こえた。魔法で声が運ばれてきているのだ。
『これから反撃するよ。でも私の場合、一度魔力を大量に使うと、なかなか溜められない。だから、一撃で片をつける。何とか避けて』
(えっ)
リズが手をついて身体を起こした、その目の前で、レネーは腕を伸ばしたまま杖をすっと上げた。
彼女の頭上の空間に、ピシッ、とヒビが入ったように見えた。
雷だ。パリパリ、バリバリと音を立てながら、青白い光が絡み合うようにして球になり、どんどん大きくなっていく。
──本当に、際限なく大きくなっていく。
(えっ、えっ)
経験したことのない力の高まりにリズルドの生存本能が反応し、背中に寒気が走った。
頭で考えるよりも先に、身体が勝手に動き、必死で下がる。
ひゅっ、とレネーの杖が振り下ろされた。
ドッシャアン! と、隕石と雷とピアノが同時に墜落したような音がした。
衝撃で、リズルドは数メートルも吹っ飛ばされた。下がってはいたものの、耳がキーンと鳴る。
やがて衝撃が収まり、目を開いて見てみると。
彼の前には、大きなクレーターができていた。
「リズー! 大丈夫!?」
クレーターの向こう、砂塵の中から、レネーが叫ぶ声が聞こえる。
(そ、そういうことか。いつも一撃必殺で倒すから、【必殺の魔女】……)
リズルドはクラクラする頭で理解しながら、返事をした。
「だ、だいじょう、ぶ、っす」
リズルドはおそるおそる、クレーターをのぞき込んだ。
底で、三人の魔法使いがピクピクしている。
(……三人!?)
はっ、と振り向く。
舞い上がった砂煙の中、人影が見えた。
さっきリズルドを捕まえていた魔法使いが、クレーターの外から杖を構えている。よろめいてはいるが、三人より後ろにいたせいか直撃を免れたらしい。
震える杖は、リズルドに向けられていた。
「お、お前の口だけは、塞いでいくぞ、『オオカミ』! 各地の同志のためにな!」
杖の先に、魔力が集中しつつある。
(やばい)
リズルドは急いで、オオカミに変身しようとした。人間の姿では、逃げるにせよカウンター攻撃するにせよ間に合わない。
(ダメだ、変身できない。魔力がまだ……!)
「リズ! 受け取れ!」
レネーの声がして、リズルドに向かって何かが飛んできた。
反射的に手を出して受け止める。
柔らかく、なめらかな、その感触。
魔力の固まり。
たった今断ち切られたばかりの、長い銀の三つ編みだった。
レネーの声が響く。
「使え!」
(……!)
リズルドはその髪を、ぎゅっと抱きしめた。
魔力が一気に、身体に流れ込んでくる。
彼の姿は、瞬時にオオカミに変化した。
リズルドはすぐさま、最後の一人の魔法使いに襲いかかった。
ガッ、と魔法使いの右腕に噛みつく。
「ギャアッ」
杖が消滅した。魔法使いは振り切ろうと暴れたが、リズルドは放さない。
「ウグゥッ、くそっ」
魔法使いはリズルドに引き倒されながらも、左手を上げた。左手に杖が出現する。
(くっ!)
やはり殺すしかない、とリズルドが覚悟を決めた、その瞬間。
ゴン、と音がしたと思うと、魔法使いはへなへなと崩れ落ちた。
彼の背後に、レネーが立っている。両手で大きな石を持っていた。
物理で殴ったらしい。
「ぜー、はー……。ひ、久しぶりに、走った」
息を切らせて、レネーは座り込んだ。普通に走って、クレーターを回り込んできたのだ。とても魔女とは思えない。
フードがずりおちて、頭が露わになっている。
長かった髪は、肩の上で断ち切られ、風にふわりとなびいていた。
『れ、レネー様』
彼は愕然と、その髪を見つめた。ショックのあまり、再び毛が逆立つ。
『そんな……!』
その時、空の上から、いくつかのホウキに乗った影が舞い降りてきた。
「レネー!」
「レネー、大丈夫か」
先頭にいる二人は、ルフレアと、ナダンだった。二人とも黒ローブ姿だ。後ろに数人続いているのは、魔法部隊のメンバーだろう。
「ドンパチやってると思ったら、あなただったの。大丈夫!?」
ルフレアに答えて、レネーは「平気平気」とひらひら手を振る。
ナダンがレネーのそばに屈み込んだ。
「派手にやったな。相変わらず一発で決める一発屋だ」
「一発屋言うな」
「悪い悪い、【必殺の魔女】だっけ。とにかく、何があったか聞かせてもらうぞ……って、お前、髪どうしたんだ」
すっ、とナダンがレネーの髪に手を伸ばす。
いきなり、その手がはじかれた。
「わっ」
ナダンは驚いて手を引っ込める。
リズルドだった。毛を逆立て、レネーとナダンの間に割って入っている。
『触るなっ!』
「ど、どうしたんだ、レネーの使い魔は。俺は味方だぞ?」
戸惑うナダンに、リズルドは歯を剥き出して吠える。
『レネー様の髪はっ……! 俺が……俺のっ』
「リズ」
レネーはリズルドの首に、緩く腕を回した。
「落ち着いて。大丈夫」
『でも!』
「本当に大丈夫だから。ああナダン、私の髪の管理はリズの仕事なんだ。リズにすべて委ねてる。だから、ナダンは手を出したらダメ」
「お、おう……」
とりあえずうなずくナダンの頭上から、さらに声が降ってくる。
「レネー?」
ひょい、と、小柄な老女がホウキから降り立った。レネーは目を見開く。
「ママン!」
白髪に黒いターバンの、ソリトーだった。
彼女は目をぱちぱちさせる。
「こっちの人員増強の手配に来てみたら、あらあらまあまあ。髪、こんなに短くなっちゃって。どうしたの? そこで倒れてる魔法使いたち、ロガルの密偵?」
「ううん、たぶんママンたちが探してたやつらじゃないと思う。詳しくは、彼らに直接聞いて白状させて。とにかく、私の使い魔をひどい目に遭わせようとしたの」
かなりざっくりと説明するレネー。
「で、とっちめるためにでかい攻撃魔法を使わなくちゃいけなくなったもんだから、先に髪を
レネーは、三つ編みを拾い上げる。
そこにはもう、魔力は残っていない。リズルドが使い切ったからだ。
「前に、失敗してるからさ。魔力を全て使い切っちゃって、敵の生き残りに狙われて……使い魔が私を守って死んでしまった。サージの時もこうしておけば、あの子、助かったかもしれないのにね」
ソリトーは、静かな視線でレネーを見つめる。
「今度は、あなたの使い魔、守れたのね」
「うん」
レネーは、にっこりと微笑んだ。それから、上目遣いになる。
「でさ、ママン。髪の呪い……どうにかならない?」
ソリトーは肩をすくめる。
「もう切っちゃったんだから、発動しちゃってるわよ。私にも取り消せないわ。耐えなさい、レネー」
「やっぱりか。うっ……」
レネーはがくっと地面に手を着く。
『レネー様っ!』
リズルドはうろたえて、素早く人間の姿に戻るとレネーの肩を支えた。そして顔を上げ、ソリトーに必死で訴える。
「ソリトー様、呪いは俺に! 俺がレネー様の代わりになる! どんな呪いでも引き受けるから!」
「リズ。いいんだ」
レネーはリズルドの肩に静かに手を置き、ゆるゆると首を横に振る。
「覚悟して、切った。私が受けるべき呪いだ」
「そんな、俺のせいで! レネー様っ……どうなっちゃうんすか!? ソリトー様っ」
「……あれ?」
目を瞬かせ、ソリトーは二人を見比べた。
「レネー、リズにどんな呪いか話してないの? リズ、大丈夫だから落ち着いて。命に別状はないから」
「は……?」
意味が分からず、口をぱくぱくさせるリズルド。
レネーは涙目でソリトーを見る。
「ひどいよママン、めちゃくちゃ命に別状あるよっ」
ソリトーは大きくため息をつく。
「大げさねぇ。リズ、後でレネーに説明してもらいなさい。さて、ナダン、ルフレア、後かたづけよ。そこでへばってる魔法使いたちを拘束、軍のデュドレー支部に連行」
訳が分からないナダンは肩をすくめ、ルフレアは苦笑する。
「レネー、明日にでも事情を聞かせてもらいに行くからね」
「うん、待ってる」
レネーはうなずいた。
魔法部隊は粛々と、仕事を始めた。
レネーはリズルドの肩をポンポンと叩いた。
「さぁリズ。うちに帰ろう」
「えっ、あの、呪い、あの……歩けるんすか」
「全然普通に歩ける。ほら、行こう」
「…………はい」
肩を落とし、しょうぜんとうなずくリズルドに、レネーはちょっとムッとして見せる。
「なんだよリズ、せっかく助かったのに暗いなー。必殺の一撃、キマってただろう?」
リズルドはレネーを見つめ、何か言いかけて一度やめる。
そして、弱々しく笑った。
「……寝間着の上に黒ローブじゃ、さすがにキマらないっすよ……」
「あ」
レネーは自分の姿を見下ろす。
そしてさりげなく、ローブの前を合わせた。
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