14 たまには魔女集会も悪くない 後編

 皆がテーブルのそばに場所を確保すると、大柄な魔女が中央に進み出た。黒ローブの下に、かなりダイタンな金色のドレスを着ている。まるで社交ダンスの衣装のようだ。

 会場が静かになった。


 幹事の彼女は声を張る。

「みなさんお疲れ様! 魔力の高まる満月の夜、盛り上がってまいりましょう! エミリエンヌ様、今宵も魔女たちに集いの場を提供してくださり、ありがとうございます!」


 魔女たちがいっせいに、一方向を向いてローブをドレスのように摘み、頭を下げた。レネーもだ。

 リズルドは全く気づいていなかったが、会場の隅に大きな肘掛け椅子が置かれており、その上に黒ローブをかけられた古木が──古木に見えたけれど皺だらけの皮膚をした小柄な女性が、クッションや膝掛けに埋もれるようにして座っていたのだ。

 白髪のその人は目を細めて優しく微笑み、軽くうなずいたように見えたが、声は出さない。気配すら希薄な、不思議な存在だ。


 魔女たちが座り、一気に賑やかさが戻る中、レネーはこっそりリズルドに説明する。

「魔女のレジェンド、エミリエンヌ様。この城の持ち主で、メロ伯爵夫人でもあられる。賑やかなのがお好きで、会場を提供してくださってるんだ」

『へぇ……』 


 いつの間にか、テーブルには赤ワインの入ったグラスが出現しており、魔女たちは乾杯とともに飲み食いを始めた。少女の姿の魔女もワイングラスを傾けているので、何やら背徳的である。

「レネー、シャンプーの評判、聞いてるよ。すごいじゃん」

 久しぶりの参加になるレネーは、やはり何人かにまず話しかけられた。

「髪、綺麗よねぇ」

「あっ何これ、可愛い髪型!」

 レネーが髪型をほめられているのを、テーブルの下のリズルドは耳を立てて聞いていた。密かに尻尾を振ってご満悦である。

「シャンプー使ってみたーい」

「私も私も!」

 という声に、レネーはニヤリと答えた。

「後でビンゴやるって聞いたから、賞品にシャンプーを何本か提供しといた。頑張って」

「うっそマジ、ほしい!」

 きゃーっ、とテーブルが盛り上がる。


 結婚した魔女が祝福されたり、離婚した魔女も祝福されたり(「幸あれ!」)、集会の手紙に使われた便せんを開発した魔女の説明を聞いたりと、話はつきない。

 皿は次々と空になり、追加の皿が飛んでくる。ちなみに城で雇われた料理人が厨房で作っており、給仕を魔女たちが手伝っているのだ。


「もつ煮、来ましたよー」

「子どもたち、ポテサラ食べる?」

 飛び交う声を聞きながら、リズルドはテーブルの下でこっそりピザやコロッケ、やみつきキャベツなどをもらって食べた。城の料理人は腕がいいようで、とても美味しい。


 やがて食べ終えたリズルドは、しばらくおとなしくしていたが、雰囲気に酔ったのかそわそわと身動きした。

『レネー様』

「ん?」

『俺、ちょっとぶらぶらしてきてもいいっすかね』

「もちろん。城が見える範囲にいなよ」

『うっす』

 リズルドはそろりとテーブルの下から出て、トットッと離れていく。

 そんな彼を見送った魔女たちが使い魔を話題にし、オオカミに変身する人間と雇用契約した話をレネーがすると、ひとしきり盛り上がった。


 食事が一段落して、飲みがメインになり始めた頃、幹事の魔女の声が響いた。

「さーみなさん、あんまりへべれけにならないうちに、ビンゴやるよ!」

「おっ来た来た」

「レネーのシャンプー当たりますように」

 魔女たちが片手を出すと、すでにその手の上には水晶玉が浮かんでいる。杖と同じく、魔女とは切っても切り離せないアイテムだ。

 幹事が大きく杖を振ると、水晶玉の中に五かける五の升目と数字が浮かび上がった。

「行くよー! 十二!」


 会場を大きく迂回して、リズルドは城に近づいた。大広間に入る石段のあたりに、猫や犬などの使い魔たちが数頭、集まっているのを見かけたのだ。

 彼らは魔力が高く、人語を解する。本来の使い魔とはどんなふうなのだろう、と、リズルドは気になっていた。


『ええと……うっす』

 リズルドは、へこ、と頭を下げた。

 ネズミが、あら新入りね、と目で語る。

 黒猫が、やだーもふもふー、と目で語る。

 フクロウが、なんだ半分人間じゃないか、と目で語る。

『ずっとオオカミでもいいかと、思ったりもするんすけどね』

 へへ……とリズルドは答えたものの、会話(?)が続かない。


 彼は石段の一番上で振り返り、会場を見回した。

(お、ここ、全体が見渡せるんだ)

 彼の主人(というか雇用主)、レネーは、ビンゴをしながらテーブルの人々と話し込んでいる。リズが編んだ銀の髪が、キャンドルの灯りで艶めいた。


 黙って見ていると、ふと気配を感じた。

 見下ろすと、いつの間にか、彼の前足の間にネズミがいる。

 うちのご主人様はあそこよ、すてきでしょ、と目が語っていたので視線を追うと、幹事の魔女だった。ビンゴの数字を読み上げているうちにテンションが上がってきたらしく、踊るように回っている。

『大勢の人を盛り上げるなんて、誰にでもできることじゃない。すごいご主人だな』

 リズルドが正直な意見を言うと、ネズミは得意げに胸を張った。


 そこへ割り込むように、フクロウが降り立つ。

 私の主人はあそこだ、と視線を流すので見てみれば、隅のテーブルで静かにグラスを傾けているのがそうらしい。

『ザ・魔女、っていう感じだなぁ。物静かで知的な雰囲気』

 これまた正直な印象を口にしただけなのだが、フクロウはその返答が気に入ったらしく喉を鳴らした。


(そうか。使い魔たちはここから、大好きな主人を見守ってるんだな)

 リズルドももう一度、ほろ酔いのレネーを眺めたのだった。


 レネーは水晶玉の数字をチェックしつつ、三杯目のワインに口をつけた。こういう雰囲気もたまにはいいなと、ふわふわした気分である。

 いつの間にか、エミリエンヌは姿を消していた。彼女はいつも、ほどほどの時間になると自分でひっそり城に引き取る。


「そういえばさー」

 一人の魔女が、叩きキュウリを摘みながら言った。

「ここ来る途中に、荒野の遺跡のあたりを抜けてきたんだけどさ。私、あそこ好きで」

 向かいの魔女がうなずく。

「あー、古代の神殿跡でしょ。いいよね、あの半分埋もれてる感じ。明日行こうかな」

「それが、すっかり崩れてんのよ。魔法で破壊されたみたい」

 魔力の気配が残っていたため、魔法で破壊されたとわかったのだろう。


「えー、誰がそんなこと」

「誰かがそこで、攻撃魔法の練習でもしたんじゃない? 熱心な一派がいるっていうし。あ、リーチ」

 レネーは、あぁ、と独り言のように言った。

「町なかじゃ、試せないもんな。そういう場所でやるのか」

「でもさぁ、終戦のうわさもあるのに、今さら攻撃魔法?」

 一人が眉を顰める。終戦の話は少しずつ広まっているようだ。

「いやー実際、強力なやつ開発したら政府に高給で雇われると思うよ? 抑止力として使えるじゃん」

「そうそう。逆に雇っておかないと、どこへ魔法を持ち出されるかわからないしさ」

「なるほどねぇ。あ、私もリーチ」


 隣のテーブルで、ビンゴ! と声が上がる。

「あーもう、トリプルリーチなのにぃ」

「早く、次、次!」

 盛り上がる魔女たち。


 実はレネーはとっくにビンゴになっていたのだが、特にほしい賞品がなかったのでスルーしていた。ふらりと立ち上がる。

「ちょっと使い魔の様子を見てくるわー。一応、新入りだからね」


 テーブルの間を縫って歩いていくと、他の魔女たちが声をかけてくれる。時々足を止めては会話し、また進む。


 やがてレネーは、城の広間前の階段に出た。

 そして、吹き出す。

「あはは、リズ……!」


 階段の上にはリズルドが寝そべっており、そして。

 頭の上にネズミ、背中に猫とフクロウ、前足の間にリスなどなど、他の使い魔たちがリズルドの毛に埋もれてくつろいでいたのだ。


 彼はわずかに頭を上げて、レネーを見る。

『なんか、くっつかれちゃって……俺、どうしたらいいっすかね』

「初対面の使い魔たちと仲良くなれるなんて、意外と社交的じゃないか」

 レネーはくっくっと笑う。

 大きい動物はホウキに乗れないので(魔女の肩にも乗れずホウキにもつかまれないため)、リズルドのような大型の使い魔は珍しいのだろう。

「リズが嫌じゃないなら、しばらくそうしていてあげたら?」

『うっす……』

 リズルドは軽くため息をついて、再び伏せた。


 こうして、今月の魔女集会は大盛況のうちに幕を閉じた。


 厨房に食器を下げるのを魔法で手伝ってから、魔女たちは次々とホウキにまたがった。

 子連れ魔女は先に帰り、どこぞで二次会をする集団は飛び去り(ルフレアはこのチームであった)、他の人々も三々五々、帰路につく。

 リズルドも木陰で人間の姿になり、レネーと一緒にホウキにまたがった。


「リズ、しっかり食べた?」

「シメの卵雑炊、美味かったっす。大丈夫っすか? 飲酒運転」

「さぁ、どうかなー」

 レネーは言ったものの、まあそもそも法律違反ではないし、最後の方はトマトジュースを飲んでいたので酔いはさめ始めていた。


 ふわりと浮かび、幹事の魔女と手を振り合ってから、一気に上昇する。


「ちょっと寄り道していい?」

 振り向いたレネーが聞いた。顔が至近距離になって驚いたリズルドは、ちょっとだけ顔を引きながら答える。

「あ、はい。どこに?」

「この近くに遺跡があるんだけど、さっきちょっと話題に上ってな。ついでに見ていこうかと」

「遺跡」

「うん。デュドレーに帰っちゃったら、面倒だからこっちまでわざわざ来ないし」


 ホウキが城を離れると、たちまち夜の静寂が二人を包んだ。

 丘を二つほど越え、広大な荒野に出る。メロとデュドレーの間から南にかけて広がる荒野だ。あちこちに生えた藪や、転がった岩が、月明かりに照らされて点々と濃い影を作っている。

 レネーは瞳に魔力をこめた。夜でも見えるようにする魔法は、面倒くさくない部類に入る。


 荒野の一部、斜面になった部分が、大きく陥没していた。

「あー、あれかぁ。斜面を利用して、掘って作られた神殿があったんだって。小さいけど、すごくいい雰囲気だったらしいんだよ」

 レネーは話しかけたが、リズルドは黙っている。

「すっかり埋もれちゃってるな。リズ、見える? なんか、あそこで攻撃魔法の」

「……レネー様」

「何?」

 レネーが聞くと、彼女の腰に回っているリズルドの腕に、ぎゅっ、と力が入った。

「俺、そっち行きたくない」


「リズ……?」

 とにかくすぐに、レネーは前に進むのをやめた。宙に浮かぶ。

「どうした?」

 リズルドは、レネーの首のあたりに額を押し当てているので、表情が見えない。

 背中に声が響いてくる。

「……デュドレーに来る前に俺がいたの、たぶん、あそこだ」

 レネーは目を見開いた。

「え、あんな場所に?」

「しばらく、あそこに住んでた」

「住んでた? 一人で?」

「…………」

 それっきり、リズルドは口を利かない。

 気がつくと、彼の腕には力がこもり、手の甲に血管が浮いていた。


 レネーは考え込む。

(雨露はしのげるだろうけど、こんな荒野じゃ食べ物や水も……。どこかから調達してた? それとも、誰かが運んで)

 しかしとにかく、リズルドの様子から、いつまでもここにいるのはよくない気がした。


 レネーは軽く、リズルドの手の甲を叩いた。

「わかった、もう帰ろうな」

「…………すんません」

「何を謝ってるんだ。どうせちょっと見たら帰るつもりだった。……そのうち話す気になったら、説明してくれてもいいけどね」

「…………」

「さ、うちに向かって出発!」

 レネーはデュドレーの方角へ向き直り、ホウキをスタートさせた。

 行きよりも、ややスピードを上げる。リズルドは道中、ずっと黙っていた。



 テラスハウスの前に降り立ち、玄関から中に入ると、リズルドはホッとしたようにため息をつく。

「やっぱり、俺はここがいいや。……先に寝ます。おやすみなさい」

「あ、うん。おやすみ」

 レネーはうなずき、階段を上るリズルドを見送った。

 

 いったん居間に入ったレネーは、灯りをつけないまま、ソファに身体を沈めた。

 カーテンの隙間から月明かりが差し込み、テーブルの一部を照らしている。


(ふーん……リズはあの遺跡で暮らしてたのか。あの話し方だと、リズが遺跡を離れた後に破壊されたってことかな。誰が、なぜ? 住んでいた痕跡を消した……?)

 もしそうなら、痕跡を消さなくてはならない何かに、リズルドがかかわっていたことになる。

 レネーは、迷った。

(ナダンに、知らせるべきなんだろうか。それか、王都のママンに。でも、ロガル王国との戦争と関係があるかどうかはわからないし)

 しばらく考えたあと、レネーは決めた。

(一日か二日、リズが落ち着くまで待とう。本当は彼から話してくれるといいんだけど、話してくれないようなら、もうこちらからはっきり聞いてみる時期かもしれない。ナダンに知らせるかどうかは、その返答次第だ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る