13 たまには魔女集会も悪くない 前編

 ある朝、リズルドが一階に降りてみると、玄関扉の横に取り付けられている郵便受カゴの中に封筒が入っているのが見えた。

 取り出して、確認する。もちろんレネー宛で、差出人の名前が書かれるべきところには、つばの広いとんがり帽子のマークだけが描かれていた。

 月に一度送られてくる、魔女集会の知らせだ。


(どうせまた行かないんだろうな)

 そう思いつつ、リズルドは封筒を居間のテーブルに置いてから、ブランチを調達しに出かけた。


 リズルドが戻ったとき、レネーは起きていて、ちょうど封筒の中身を読んでいるところだった。毎回、一応、読むだけは読むのである。

「おかえり、リズ」

「うっす」

 リズルドは食事の用意をした。といっても、瓶の飲み物とフォークを台所から持ってくるだけである。


 向かい合って座った二人は、いつものように両手でフォークを挟んで拝むようなポーズをし、「いただきます」と言ってから食べ始めた。

「……ん、本当だ。うまいっす」

「だろ? ここのラザニアはトマトトマトしてないから、リズもいけると思ったんだ」

 言いながら、レネーはラザニアにフォークを入れる。

 柔らかな生地の間から、ホワイトソースとミートソースがとろりとのぞいた。チーズが糸を引き、おっとっと、とフォークを戻してすくい取って、口に入れる。

「んー、たまらんっ。ホワイトソースとミートソースを同時に使おうって思いついた人、天才かな?」

「チーズもいいっすね。なんか、バターみたいな匂いっつーか」

「このチーズ好きだ。まろやかー」


 ひとしきり褒め讃えつつ味わってから、レネーはふと、テーブルに置いたままだった手紙を手に取る。

「今月も魔女集会の知らせが来たんだけどさ」

「うっす」

「行こうかな」


「へ?」

 リズルドは驚いて目を見開いた。

「珍しいっすね」


 レネーは二枚ある便せんのうち、一枚を机に広げる。

「この紙、見て。魔女仲間の新商品なんだけど、名前がたくさん書いてあるだろ」


 二十人弱の名前が書いてある。ほとんどは左に寄せて書いてあるが、数人の名前だけ右側に寄せてあり、そちらは文字が青く発光していた。青い方にルフレアの名前もある。


 レネーは、左側にあった自分の名前に指先で触れた。そして、一言、唱える。

「参加」

 レネーの名前がフッと消えたかと思うと、同じ行の右側に出現した。青く光っている。

「キーワードを設定することで、名前を左右に振り分けるんだそうだ。賛成と反対、とかね。そして、同じ手紙を受け取った人は全員、同じ内容を見ることができる」

「すご……」

「しばらく行かないうちに、みんな色々と魔法を発展させてるんだなと思って。そろそろ一度、行っておこうかと」


 レネーが言うそばから、目の前で左側の名前がいくつも消え、右側に出現した。

「あれ、参加者が多いな」

 つぶやくレネーを、リズルドはちらりと見る。

「レネー様が来るってわかって、参加を決めた人たちじゃ」

「えー? そうかな。……それでですな、リズ」

 姿勢を正したレネーの様子を見て、リズルドは悟る。

「俺も一緒に、って話っすか?」

「お願いっ」

「ヤです。魔女だらけでしょ」

「そこを何とか」


「だいたい、どこまでどうやって行くつもりっすか?」

 リズルドは、行く手段なんてないだろう、というニュアンスで言ったのだが、レネーは身を乗り出した。

「メロの町の郊外なんだけど、汽車が通ってないからホウキ移動になる。リズも一緒に乗せるよ、乗ってる間だけ人間でいればいいだろ。二人乗りタンデム


「えっ」

 リズルドは、空を飛んだ経験など、もちろんない。

 ついうっかり、ワクワクしてしまった。


「……し、しょうがないなー。向こうでオオカミの姿でいいなら、まあ、行ってもいいっすけど」

「やったー、ありがとう!」

 にっこり笑って、レネーはバンザイをした。



 魔女集会まで数日の間、レネーはシャンプー作りの仕事の合間に、するりと森の中へ入っていくことがあった。

 たまたま気づいたリズルドが見ていると、少し開けた場所でレネーが杖を取り出し、シュッ、シュッ、と振っている。

「……何してるんすか?」

「素振り」

 真顔で答えるレネー。

「……よし、次は当ててみる」

 彼女の視線の先には大きな岩があり、ペンキか何かで五重の円が描いてあった。

 レネーが杖を振ると、ピシッという音とともに、円の上で煙が舞う。

「集会でゲームでもすることになったら、負けたくないし。しばらくやってないから照準エイム合わせとかないと」

 意外と負けず嫌いなんだな、と思うリズルドである。



 そうこうするうちに、満月の日がやってきた。魔女集会の日だ。

 レネーは赤のニットワンピースに黒ローブ姿。リズルドに髪を綺麗に結ってもらっている。

「できましたよ」

「ありがとう!」

 振り向いたレネーは赤い唇で微笑み、いつもと違う雰囲気にリズルドはドキッとした。


 以前、魔女集会に行った時、ルフレアから

「最低限、口紅とマスカラはしなさーい!」

 と言われたレネーは、その二つだけはするようになった。

 しかし、化粧品は本当にたまにしか使わない。とっておいてもダメになるからと、一度使ったら人にあげてしまうレネーである。今回、また新しく購入し直した。


「さてと、リズ、お尻の下にこれ敷いて」

 小さなクッションを二つ持ったレネーは、片方をリズルドに渡した。

「ほんとにさー、ホウキって長時間移動には向いてなくて。お尻が痛くなっちゃうから」

「素朴な疑問なんすけど、ホウキ以外じゃダメなんすか?」

「別に他のものでもいい。ただ、飛ばす・・・のに向いてるんだ。魔力の方向の前後がはっきりするし、生活用品の方が魔力に馴染ませやすいし」


 二人して外に出ると、レネーは玄関扉に鍵をかけた。そして、一本のホウキにまたがる。リズルドもその後ろにまたがった。

 レネーは何やら、ぶつくさ言っている。

「ホウキって、乗って飛んでると町の人に『かっこいい』とか言われるんだけど、またがる瞬間をかっこよくやろうと思うと難しいんだよなー。……何してんの、ちゃんと腰に掴まって」

「えっ」

「えっ、じゃない。その方が安定して安全だから。同乗者は運転手の言うことを聞く」

「…………うっす」

 リズルドは、そろそろとレネーの腰に両腕を回した。彼が思っていたより、レネーの腰は細い。

「くすぐったいから、がっしり掴まって。……そう」

 ちらりとレネーが振り返る。

「ていうか君、また大きくなった? 背後の存在感ハンパないんだけど。手もでかいし」

「育ち盛りなんで」

「そういえばそんな年頃か。……行くよ」


 レネーは、軽く両足で地面を蹴った。


 ふっ、とホウキは斜め上方へと浮かび上がり、あっという間にテラスハウスの屋根を越えた。


「う……わ」

「どうしたリズ?」

「なんか、内臓が持ち上がるみたいな感じが」

 リズルドは言ったものの、「すご……」とつぶやいて、テラスハウスが遠ざかるのを見ている。そして、あたりを見回した。


 デュドレーの町が、眼下に広がっていた。夕陽に照らされた家々の影になった路地に、窓の明かりが、そしてガス灯がきらきらと点っていく。

 真西に向かって飛んでいるので、西日がまぶしい。

 レネーは目を細めながら、ゆっくりとデュドレーを離れた。


 一瞬、視界がギラッと虹色に光り、リズルドは驚いた。

「わっ、何だ!?」

「ああ、魔法部隊が張ってる探知網」

「た、探知網? あ、ロガルの密偵を見つけるため?」

「うん。魔力持ちの密偵がデュドレーにいるって情報があったから、一応張ったんだって。魔力持ちが通り抜けると検知するようにね。元々の住人の私は登録されてるから怪しまれないし、連れのリズも大丈夫」

「じゃあ、もし密偵がいたら、デュドレーに閉じこめられてるのか……」

「そうそう」


 畑の合間を縫う道が遠ざかり、まるで刺繍のように地表を縫う。

 陽が落ちきる寸前、空はオレンジからピンク、紫に染まった。たなびく雲に光が当たり、濃淡を変える。

「『魔法の時間マジック・アワー』だ。綺麗だね」

 レネーが言うと、背中でリズルドが黙ってうなずいたのがわかった。



 やがて、陽はとっぷりと暮れた。

 満月が明るく輝き、空に星が瞬き始める。

「……月って、明るいんすね」

 リズルドがつぶやいた。

 レネーは声をかける。

「慣れてきた? 少しスピード上げるよ」

「うっす。……夜に飛んでると、何かにぶつかったりしないんすか」

「さすがにそうならないように高めに飛ぶし……鳥はもうこの時間は飛んでないしね。魔女仲間は魔力を感じるから気がつくし」

 交わす会話は夜風に流れ、広い闇に吸い込まれるように消えていく。


「リズは、デュドレーの外は初めてじゃないでしょ? 外から来たんだよな」

 さらりと、レネーは質問した。

 リズルドはなんとなく、素直に答える。

「あ、はい……そうっす」

「やっぱり。出会ったばかりの頃、ほんのわずかだけど、このあたりの人と言葉のアクセントが違ったから。今はもうすっかりデュドレーの人だけど」


「…………」

 リズルドはしばらく黙り込んでから、口を開いた。

「俺はずっと引きこもりで、世間知らずで、あまり位置関係とかわからない。デュドレーに来ようと思って来たわけじゃ、ないっす。最後にいた場所が、近くだっただけで」

 夜の闇は不思議と、人を饒舌にさせる。

「そう」

 レネーはうなずいてから、続けた。

「怪我をしてたから、誰かに追われてるのかと思って、一応しばらくは警戒してたんだよ。でも、そういう様子がなくてよかった」

「……どうも」

 ぼそりと、リズルドはお礼を言う。


 それからしばらく、二人は世間話をしながら飛んでいたが、やがてレネーがフフッと笑った。

「一人で飛ぶのは面倒くさいけど、二人だと退屈しなくて、悪くないな」


 

 国境が近くなったあたりに、メロの町の灯りが見え始めた。

 その少し手前の左手、黒々とした森の中にも、町のガス灯とは違った灯りが見える。だんだん近づくと、石造りの建物のあちこちに篝火かがりびが焚かれているのがわかってきた。


 リズルドは目を凝らす。

「あの。森の中に、なんか、城? みたいのが見えますけど」

「そう、そこが魔女集会の会場」

 レネーはあっさりと言う。

「昔の貴族の城を改装した建物なんだ。人も住んでるけど、一部はホテルっていうか、食事メインで宿泊もできる、みたいな場所として使われてる」


「え、あそこでやるんすか!?」

 引きこもりリズルドは少々気後れして、言った。

「俺、魔女集会っててっきり、山の上でたき火を囲んで踊るやつかと」

「いつの時代だよ。普通の飲み会だって言ったじゃん」

「城でやる時点で普通じゃないっす」

「魔法のあれこれを交えつつ飲むのに、町なかの店じゃできないだろ」

「あんな場所、恐れ多いっす。俺、その辺の森の中に隠れてるんで、ごゆっくり」

「いやいや、本当に普通なんだって。出てみればわかるって!」

「レネー様の普通は信用できない!」


 しかし結局、リズルドはそのままレネーのホウキで城の上空まで来てしまった。

 仕方なく覚悟を決め、降り立つときに素早くオオカミの姿になったのだが──


 ──そこは、まるでお祭りの会場だった。

 篝火に照らされてそびえ立つ、石造りの城。その芝生の庭にキャンドルランタンが無数に浮かび、いくつか置かれた丸テーブルの上の花をゆらゆらと照らしている。

 黒ローブ姿の数人の女性が 杖を片手に話をしていた。


 庭の隅に木製のラックが設置されており、レネーはそこにホウキを立てかけてから、庭の真ん中の方へ出て行った。リズルドはぴったりついていく。

「どーもー、いい月だね」

 レネーの声に、何人かの魔女が反応した。

「あっレネー! 本当に来た!」

「久しぶりじゃないのさ! おおっ、立派なオオカミ」

「レネー、先に参加費回収しちゃっていいー?」


 そうこうしている間にも、魔女たちが次々とホウキで到着し、会場はどんどん賑やかになる。

 ルフレアもやってきて、目が合うと手を振った。


「チキンとポテト揚がったよ!」

「大根サラダ取り分けるお皿、どこ?」

「枝豆とトマト、こっちのテーブルにも!」

「だし巻き卵頼んだ人?」

 声がひとつひとつ上がるたびに、城の方から大皿やボウルが宙を飛んできた。会場にいる魔女が杖で誘導し、皿は次々とテーブルに着地する。

 レネーは軽く屈んで、リズルドに声をかけた。

「な、普通だろ」

『普通なの、メニューだけじゃないすか』

 城で居酒屋メニューというのも、なかなかシュールである。


「みんな、生まれも育ちもそれぞれだからね。こういうのが一番、気を使わないし美味しいし。子連れのために子どもが好きなものもあるし」

 レネーのざっくりした説明に、リズルドも一応納得する。


 気がつくと、会場のあちこちに、猫やトカゲやフクロウなどの動物たちもいた。魔女たちが連れてきた使い魔だろう、思い思いの格好で休んだり、木の上で毛繕いしたり、うろうろしたりしている。

(みんな、好きで来てんのかな。それとも仕方なく?)

 気になるリズルドだった。

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