7 使い魔募集(※未経験OK 報酬応相談) 後編

 さっそく、レネーは話し始める。

「仕事というのは、まあ家政夫みたいな感じだ。家事とか買い物とか。だが、まず第一に聞いておきたいことがある。とても大事な質問だ」

 レネーは長い一本の三つ編みを、うっとうしそうに肩から背中に回しつつ、言った。


「他人の髪を洗うの、抵抗ある?」


「…………」

 少年は『は?』という顔をしている。


「だよね、ごめんごめん。一番やってほしい仕事が、私の髪を洗うことなんだ。というのもな」 

 レネーはここで、長い髪がいかに面倒くさい存在なのかを、言葉を尽くして説明した。そして、美容院には行きたくない上、恐ろしいママンによる呪いで、切ることもできないのだと。


「…………」

「何の話だったっけ。あ、そう、それで前々から思ってたんだわ。人を雇って、髪を洗ってもらえばいいのでは? ってな」

 少年はためらうそぶりを見せ、そして初めて声を出した。

「……魔法で、洗うんじゃ……」

 かすれた、ぼそぼそとした声だったが、一応聞き取れた。

 レネーはため息混じりに答える。

「あー、そういう生活系の魔法ね。繊細な魔法だから、できる人のこと尊敬してる。私みたいなズボラには向いてないんだわ、食器さえ洗い残しが出るんだもん、髪に魔法なんかかけたらどうなることか。だから他の何をおいても、このクッソ長い髪を洗ってくれることが、うちで働く第一条件なわけ。どう、できる?」

「……やったことが、なくて……」

「未経験者歓迎だよ。ていうか、やったことあると言われる方が驚くわ。この長さじゃ、君が自分の髪を洗うようにはいかないしね。私の今までのやり方を教えるし、もっといいやり方があるなら工夫してくれていいし、ってこと」


「……それで、いいなら」

 少年はためらいがちにうなずく。

「え……でも、他にも」

「うん。それじゃあ第二の確認だ」

 レネーは淡々と言う。

「私が君を見つけた時、君はオオカミの姿で倒れていた」


「!」

 彼の表情が硬くなる。


 レネーは特に口調を変えずに続けた。

「どうして、とか深い事情は聞かない。けど、変身、できるんだよな? 自分の意志で」

「…………………………」

 長い沈黙のあとで、彼はうなずく。


 レネーはつい、頬をゆるめた。

「やっぱり! いやー、怒らせたら悪いんだけど、実は見た瞬間に『あっこれワケアリっぽいけど採用』と思ったんだよ」

「へ?」

 少年は、呆然とした表情になった。

 レネーは軽く身を乗り出す。

「うん、ちゃんと説明する。魔女には使い魔がつきものだろう?」

「そう……なんすか」

「そうなんすよ」

 レネーは、使い魔について説明する。

「たいていは、動物の中で魔力を持っている個体を探して訓練して、色々と補助的な役割をさせる。猫は魔力持ちが多いから、猫を連れてる魔女が多いね。あとは、そう、ネズミとか……フクロウとか。それで、私には今、使い魔がいない。別に不自由してないんだけど、いないと少々体裁が悪くてな」


「体裁……」

 少年はつぶやいたのち、自分をそっと指さした。

「……俺?」


 レネーは重々しくうなずく。

「私の体裁を整えるために、うちの使い魔はオオカミ、ということにさせてもらいたい。たまにオオカミ姿で私と町なかを歩いて、いずれは君の姿を見ただけで町の人が『ああ、レネーのところのオオカミだ』と思ってくれれば勝利だな。……どうだ?」


 少年は、しばしの間、考える。

 そして、口を開いた。


「……なんで」

「ん?」

 レネーが首を傾げると、少年はやや声を強めた。

「ワケアリかもって、思ったんだろ……魔女、なんだろ。俺から無理矢理、魔法で色々聞き出せばいいのに」


「あぁ」

 軽く目を見開いてから、レネーは言葉を選びつつ言った。

「もちろん、魔法を使えば『君が隠していることを白状させること』は、できる。でも、隠しているのが犯罪とか悪いことなのかどうかは、今の時点ではわからないじゃないか」

「……?」

「単に、君が、他人に言いたくないことがあるのかもしれないだろう? 普通に考えて、いきなり初対面の人間が子供の秘密を無理矢理しゃべらせるとか、大人としてありえなくないか? 魔力持ちなんて、悩みも多いの知ってるし」

 そして彼女は、付け加える。

「ただし、もし今後、例えば君が犯罪者だと判明するようなことがあったりすれば、その時は遠慮なくビシッといかせてもらうけど」

 いつの間にか右手に握っていた杖を、レネーは顔の横で軽く振って見せた。

 そして彼女は、改めて聞く。

「前提条件は、以上。もちろん、住み込みだから食事と寝床は保証する。給料は、うーんと……相場がわからないから調べておく。後で交渉しよう。どうだ、やるか?」


 少年はしばらくためらっていた。

 しかしやがて、小さいながらもはっきりとした声で、言った。

「やる。……やります」


 レネーはにっこりと笑った。

「助かるわー! よろしくな。ええと、名前くらいは聞いてもいい?」

 しかし、少年は再び押し黙ってしまった。

 レネーはソファに背を預けながら、さばさばと続ける。

「名乗る名前がないなら、こっちで勝手に決めちゃうけどー?」

 少年は上目遣いになり、ややしてうなずいた。

 レネーは逆に驚く。

「え、マジ? やば……。ちょ、ちょっと待って、考える」


 腕を組み、天井を見上げて、十数秒。

 レネーは視線を少年に戻した。

「本当の名前があるんだろうから、私があまり凝った名前をつけるのもよくないね。仮に、拾得物リズルド……と呼ぶよ。私にとって君は拾いものだからな、いい意味でね。どう?」


 少年が素直にうなずいたので、レネーはまたもや驚く。

「本当にいいのか? うん……まあ、君がいいならいいか。でも、リズルドだとあまりにあからさまだから、リズ。これで行くわ」


 そんななりゆきで、少年──使い魔オオカミ──は“リズ”ということになったのだ。


「さてリズ。何か雇用主と交渉したいことはあるか?」

 機嫌よくレネーが聞くと、リズルドはもごもごと言う。

「ええと……交渉じゃないんすけど」

「うん。何でもどうぞ」

「首輪、欲しいっす」

 レネーは長いまつげを瞬かせた。

「え、君、若いのに意外とコアな趣味だね」

「そ、そうじゃねーしっ。犬っぽく、したいっす。オオカミ、怖がられるから……」


 そこでレネーは、自室のクローゼットを漁り、細いベルトを持ってきた。ワンピースを買ったときに付属品としてついてきたもので、ピンクの革製。銀色のバックルがハートの形をしている。

「怖がられたくないなら、これくらいは突き抜けないとな」

 レネーはベルトを程良い長さに切って調節し、ほい、とリズルドに渡した。彼はおとなしく受け取り、首につけてみようとしたが、首もとが見えないためかうまくいかない。

「やろうか? 近づいてもいい?」

 レネーは断ってから彼の隣に座り、ベルトをハートのバックルに通した。

「なんか、いけないことしてる気になるな。……はい、できた」

「どうも……」

 片目を黒髪で隠し、服装は黒づくめに包帯、そしてハートつきのピンクの首輪をした少年は、こうして爆誕したのだ。


 少年は、働き始めた。出自は不明なものの、ごく自然に掃除洗濯をこなす(下着の洗濯は各自)。

 レネーとリズルド、二人で街に出てみると、彼はどうやら女性が苦手らしいことがわかった。可愛い犬ですね、と話しかけられると緊張している様子である。ほとんど女性と接触したことがないらしい。

「私も女だが?」

「レネー様は、しゃべり方が、なんか……男の人っぽい」

 リズルドはもごもごと言う。

 彼は密かに思っていた。

(それに、命を救ってくれたし、俺に隠れ家をくれたし……俺をそのまま受け入れてくれたし)

 レネーが受け入れてくれたのと同じように、リズルドも自然に、彼女を受け入れていたのだ。


 彼は魔女に、心から感謝している。

(ずっと置いてもらえるように、この人の、役に立とう)


 そして、そろそろ一年になろうとしている。

 魔女は面倒くさがりなままだし、少年は割と几帳面に家事をやっていて、正反対の二人だが仲良く暮らしている。



「…………」

 レネーが目を開くと、日曜日、午後の陽光が射し込む浴室だった。

 リズルドの灰青の左目が、彼女を見下ろしている。

「あ、起きた。レネー様、髪、洗い終わったっすけど。乾かさないと」


「……あー、はいはい。やば、寝てたわ」

 乾かすのだけは、魔法を使う。レネーはするりと杖を取り出し、温風を起こした。銀の髪がゆらゆらと浮かび、やがてさらさらと揺れる。

「はー。気持ちよかったー、ありがと」

 立ち上がって、ふとレネーはリズルドを見つめた。

「あれ……リズ、背が伸びたねぇ」

 リズルドは眉根を寄せる。

「なんすか、急に」

「ちょっと並んでよ」

「は?」

 嫌そうなリズルドを洗面台の鏡の前まで引っ張り、背中合わせに立つ。

「ほら、同じくらいになってる。前は私、リズを見下ろしてたのに」

「そろそろ一年経つんだし、そりゃ伸びるでしょ」

「それもそうか。……よし、シャンプーの瓶詰めだ。リズ、手伝って」

「うっす」


 二人はいつものように、森の小屋へと出かけていった。

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