4 行けたら行くわー(そして行かない) 後編

 食事が終わり、二人は花畑からテラスハウス一階の居間に戻った。

 リズルドは器を台所に持って行ってゴミ袋に入れ、スプーンを洗う。一応この家も、スプーンとフォークとティーカップくらいはあり、使われているのである。


「そういえば、人付き合いが面倒くさいのに、人の多い都会に家を借りてるんすね」

 手を拭きながらリズルドが言うと、レネーは当たり前のように答えた。

「だって、いろんな美味しいものを楽に食べられるじゃん」

「それでか」

 食事のテイクアウトありきだったことを知り、リズルドは脱力する。


 ちなみに一日二食なのは、レネーが「三回も食事の時間を取るのが面倒くさい」からだ。まさに筋金入りのぐーたら魔女である。

「君は育ち盛りだしな。お腹が空くようなら、追加で何か買って」

 リズルドはそう言われて多めに金をもらっているものの、基本的に引きこもりなので、しっかりめの二食で十分こと足りていた。 


「ところでリズルド」

 レネーが、スッ、と座り直した。

「はい」

「この後、来客がある。君も顔を見せてほしい」


「は? イヤです」

 リズルドは即答した。人とかかわりたくないからこそ、レネーの元で働くことを承諾したのである。


 レネーはサッと両手を組み合わせ、お祈りポーズになった。

「お願い! 私に使い魔がいるってことさえわかればいいんだ!」

「んですかそれ。もう知れ渡ってるはずっしょ」 

「他の町に住んでる魔女仲間なんだ。相手が君を確認したら、引っ込んでいいから!」

「…………」

 はぁ、とリズルドはため息をついた。レネーに使い魔がいるという建前を守ることも、契約に入っているといえば入っている。

「変身して、しゃべらないっすよ、俺」

「全然オッケ」

 レネーは大きくうなずく。

 仕方なさそうに、リズルドはオオカミに姿を変えた。


 やがて、チリン、と玄関のベルが鳴った。

「はいはい」

 レネーの手に杖が現れ、杖の先をくいっと上げる。

 鍵の回る音、続いて、扉が開く音。

 そして人の気配が近づき、開けてあった居間の扉から顔が覗いた。

「こんばんは、レネー」


 ソファで丸くなっていたリズルドは、ちら、と目を開けて客を確認した。

 七、八歳の女の子が立っている。青い大きな瞳、栗色の髪は高い位置でツインテールになって肩にふわりとかかり、白の丸襟ブラウスに水色のワンピース姿だ。

 しかし、少々異様なことに、ワンピースの上から真っ黒なフードつきローブを着ている。魔法に関わっている証である。肩に白いネズミが一匹、ちょこんと乗っていた。


「いらっしゃい、ルフレア」

 立って迎えたレネーは、ルフレアと軽く抱擁を交わした。離れると、ルフレアは高い声で言う。

「なんだレネー、元気そうじゃない」

「だから手紙に書いたじゃん、元気だって」

「手紙じゃわからないこともあると言ってるでしょ。いつになったらこの家、電話を引くの?」

「電話なんて面倒くさい、こっちの都合なんてお構いなしにかかってきて、しかもしゃべらなくちゃいけないじゃん。手紙の方が面倒くさくない」

「その、面倒か面倒じゃないかで物事を判断する癖、やめなさいよ」

 ルフレアはため息をついたが、レネーはお構いなしにネズミの頭を指先で撫でながら「ヒューイ、元気?」と話しかけている。


 二人はまるで、同い年の友達のように会話しているが、実際同い年だ。魔女はそれぞれの都合で、外見年齢を魔法によって変えることがあるので、見た目では年齢を推測できない。

 レネーの説明では、

「外見年齢を変える魔法は結構大変なんで、一度決めたら何かない限り変えないのが普通。私は十八歳の時に外見三十前後くらいで設定して、それっきりだな」

 とのことだった。

 現在何歳なのか、リズルドは知らないのだが。

(今さら聞けないし……)


 テーブルには、ハーブティの注がれたティーカップが二つ、すでに置かれている。変身前にリズルドが淹れたもので、レネーが摘んできたハーブに熱湯を注いだだけの簡単なものだが、いい香りが漂っている。

 ルフレアは、視線をリズルドに向けた。

「その子が、新しい使い魔のリズルド? 変身できるなんて、魔力が高いのね」

 彼がただのオオカミでないことは、魔女にはすぐにわかるらしい。レネーは答えた。

「うん。でも、だいたいいつもこの姿」

 嘘である。リズルドが変身するのは、外出時だけだ。

(俺が今、人間にならなくていいように言ってくれてんだろうな)

 ありがたく思いながら彼がそのまま寝たふりをしていると、ルフレアが再び質問した。

「よく言うこと聞く?」

「聞くよ。私の言うことしか聞かない」

「理想的じゃない」

(…………)

 リズルドの場合、単に引きこもりなのでレネーとしか話をしないだけである。


 ルフレアは、ふーん、と彼を見つめていたが、やがて微笑んだ。

「安心した。使い魔がいない期間が長いと、よくないからね。五年くらい経つっけ?」

「まだ四年半」

 レネーは短く答える。


 リズルドはちらりと視線を上げたが、すぐにまた目を閉じた。

(そういえば……)

 このテラスハウスの三階には部屋が二つあり、一部屋は天井の傾斜した屋根裏部屋風で、レネーの寝室になっている。リズルドも掃除のために入ることがあるのだが、その部屋に止まり木があるのだ。


(あれ、先代の使い魔が使ってたんだろうな。鳥、だったんだろうな。やっぱ死んだのかな)

 リズルドが考えている内に、レネーとルフレアの会話はあっちこっち飛ぶ。

「たまには魔女集会に顔出しなさいよ」

「行けたら行くわー」

「『行けたら行く』って、来ないってことよね」

「だって、あっちには汽車が走ってないじゃん」

「ホウキで来ればいいでしょうが」

「ホウキ移動って嫌いなんだよね、面倒くさいじゃないか。汽車だったら、移動しながら本を読んだり寝たりできるのに」

「あんた本当に魔女?」

(同感)

 呆れるリズルドである。


 話は最終的に、シャンプーの売買に至った。

「はいこれ、ルフレアの分。代金は前と同じで」

「ありがと。お金、ぴったりあると思うから確認して。……ん、いい香り。楽しみだわ」

 栓を抜いて香りを確かめたルフレアは、満足そうに再び栓をして瓶をしまうと(瓶は消えたように見えた)、立ち上がった。

「じゃあ、そろそろお暇するわ。ちゃんと本当に元気そうでよかった」

 レネーも腰を上げ、見送るために居間を出て行った。


 リズルドの耳に、二人の会話が聞こえてくる。

「ルフレアは、あの仕事、まだやってるのか?」

「やってるわよ。急に連絡が来るから困っちゃう。『情報が入った、直ちに急行せよ』ってね。レネーはもう請け負わないんでしょ?」

「…………」

「あ、ごめん、イヤミじゃないからね? 私としては割のいい仕事だから、助かってるの。レネーはシャンプーが軌道に乗ってるんだから、それでいいじゃない」

「うん……」

「いつまでもこんな仕事、続かないもの。魔女だって変わらなきゃ。レネーは先に変わっただけでしょう? 私も今後の身の振り方を考えないと」

「気をつけてな」

「ええ、ありがとう。じゃね」

 扉が開閉する音がした。


 やがて、レネーは軽く伸びをしながら居間に戻ってきた。

「お疲れ、リズ」

 リズルドは頭を上げる。

『ルフレア様が俺を確認したってことで、これでいいんすか?』

「ああ。使い魔を持て、持てってうるさかったんだ」

『使い魔って、いた方がいいものなんだ?』

 半分独り言のようなリズルドの言葉に、レネーは座りながら苦笑する。

「ていうか、魔女が使い魔をそばに置くのは、伝統みたいなもんだ。昔の魔女はもっと孤独な存在だったから、そばにいて助けてくれる使い魔が必要だった。その頃からの伝統」

『ふーん……』

「私にもいたんだけど、四年半前に亡くしてね」

 レネーは、特に感情を込めない口調で言った。

「まあ、シャンプー作って売るだけの魔女に必要ないかと思って、新しい使い魔は探さなかったんだ。すぐに次、という気にもならなかったし……面倒だったし」

『…………』

 家によけいなものを置きたがらないレネーが、止まり木は片づけずにとってある。

 リズルドはその心境を思い、突っ込みは入れずに話を変えることにした。

『さっきの話ですけど、魔女集会って何やるんすか』

「単なる月イチの飲み会みたいなもん。地域ごとに集まって、情報交換したり、新入りが来て顔を繋いだり、グチったりゲームしたり歌ったり」

 そう説明しながら、ふとレネーの手がリズルドの背に触れた。

 無意識にか、彼の背をゆっくりと撫でる。

 さすがに驚いて、リズルドは一瞬身じろぎをしてしまったが、すぐにされるがままになった。とても気持ちよかったからだ。

『……レネー様、飲み会とか行かないタイプっすよね』

 さりげなく話を繋ぐと、レネーもごく普通に笑う。

「そりゃそうだ、面倒くさいし。でも、たまに新しい魔法を考えた人がお披露目することもあって面白いんだよな。まあ、後から誰かに聞けばいいだけだけど」


(それ結局、面倒になって聞かないパターン……)

 だいぶ彼女のことがわかるようになってきたリズルドであった。

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