竜誕祭 3
「っ」
慌てて口を両手で塞ぐけれど、もう出てしまった言葉は取り戻せません。
それに、殿下の、未だかつて見たことのないような輝いた瞳。
こ、これは……!
「ああ、しよう。恋愛結婚」
「……っ」
殿下にとって、私のどのあたりに『恋愛結婚』するに至るような要素があったのかは、まったくもってわからないのですが……。
いえ、それを言うともう最初からなんですけど。
最初の、出会いから……私はずっと意味がわからないんですが。
ああ、でも……恋愛とはそういうものなのかもしれないですね。
私には到底理解できないもの。
自分自身でも到底わからない。
本能的なものなのかもしれません。
多分、私は——この国に来て、倒れて、弱い私を見て幻滅するどころか……私のために変わろうとすらしてくださって。
私自身も、変わろうと思えたので……きっと、私は……この方となら、もっと、諦めていたものに、もしかしたら手が届くのではと思うのです。
普通の、人のように……誰かに——一度でいいから、一人でいいから、私を……私のことを……見て。愛して。
そんな……わがままを。
「姫様!」
「姫様! どちらですかー!」
「そろそろ会場ですから〜! お出迎えに行かなくてはいけませんよーーーーん!」
「あっ、いけません! 実民様たちが探しにこられました」
「ちっ、いいところで……」
まだ声は少し遠いけれど、もう戻らなければ。
体を一歩、離す。
見上げると目があって、微笑まれます。
途端にドッと胸が張り裂けそうなくらいの音を立てて鳴るので、少し驚いて胸に手を添えました。
まるで心臓が飛び出しそうですね。
「で、では……」
「う、うむ。また会場で。エスコートはしっかりやるから安心しろ!」
「は、はい」
そ、そうですね、このあとまたお会いするのですよね。
あわわ、顔が合わせづらくなる気がします。
去っていく藍子殿下を見送りながら、案の定その場から動けなくて困りました。
「あ! 姫様! こんなところにそんな薄着で!」
「あ、え、えーと……えへへ……?」
「なになさってるんですか! 支度がまだ終わってないんですよ!」
「そうですわ! いくら始祖様とティムファーファ様がご一緒とはいえお一人でなんて危険です!」
「お風邪を召されたら大変ですわん! 早くお部屋へ!」
「は、はぁい」
お三方に床から引っぺがされる。
ありがたい限りですね。
***
「ようこそ、各国の王侯貴族の皆さん。この度は我が国の『竜誕祭』への招待に応じてくださりありがとうございます」
まずは十二単衣と浄衣で着飾った陛下とお妃様が大きな城のホールで各国の偉い方々へご挨拶。
次に本日の『竜誕祭』の流れを説明してまいります。
今年の『竜誕祭』は大変独特でして、普段でしたら王族の誕生日をまとめてお祝いするのみなのですが、今年は黒檀様が発見されたことで陛下の退位式……『退位の儀』と藍子殿下の戴冠式……『即位の儀』も行われることとなりました。
つまり、本日から藍子殿下はその呼び名を改められ、
藍子殿下、とは
つまり私、このあと国王陛下の婚約者になるんです。
すでに胃が痛いです。
結婚は早くとも来年ね〜、とお妃様に言われております。
なぜなら私がこの国に来て日が浅いからですね。
花嫁修行の期間が足りなすぎなので。
「いましたわ。右側の端の方」
「まあ、高齢とは聞いておりましたが、ハイエルフも老けますのね」
「というか、本当に直々にいらしましたのねん」
と、私の後ろで話す実民様たち。
彼女たちが話す方を目線だけで見ると、なるほど、骨が折れそうなおじいさんエルフが杖をついてこちらを見ています。
あれが『森人国』の現国王……ハイエルフのグリフォロス様。
その周りには若く美しいハイエルフのご子息、ご息女が二人ずつ。
私もご尊顔は拝見したことがありますが、お名前までは一致しません。
確か……『森人国』のハイエルフ……王族は国王グリフォロス様、その妻アルディア様、長男フォレスター様、長女エクリスト様、次女ティーナングリーファ様、次男ウィリアンディード様と三女カルシディンル様、四女メディアウィンディ様がいらしたはず。
我ながらよく全員覚えられたものです。
もう、ハイエルフのみなさん名前が長くて、エルフのお城で二年間生活していなかったら絶対覚えられなかった自信がありますね!
……と、まあ、そんなわけで、あの方々の中のどなたがどなたなのかはさっぱりわからないのですが、王子たちは二人ともいらっしゃってる感じなのでしょう。
私の方を睨むように見ておりますが、私の肩に黒檀様が巻きついているので警戒している、という感じですかね?
『さて、どう仕掛けてくるか楽しみナリ』
と、わかりやすくワクワクしておられるティムファーファ様。
会場は陛下の挨拶が終わり、拍手の音が響きます。
その拍手が止むと、黒檀様が私の肩を離れました。
陛下の『即位の儀』です。
そして、私から黒檀様が離れたのはハイエルフたちにとだては好機。
ですが、さすがに自由に近づける場所ではありませんしね、ここ。
会場の一番奥の、舞台の上ですから。
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