竜誕祭
それから約二週間後。
各国の偉い方々を呼んだ、『竜誕祭』の日がついにやってまいりました!
お妃様にお願いして、ハイエルフ——エルフの王族が迎えにきてくだされば私も『森人国』に戻るのはやぶさかではない、と伝えてもらい、今日まで特に手出しもされずに無事過ごせまして。
つまりエルフたちにとっては、本日間違いなく私を連れて帰れると思っているわけですね!
……と言いつつ、藍子殿下の側近である甲霞様たちが、「大人しくはありませんでしたね」と微笑んで教えてくださったのでちょいちょい手は出されていた模様です。
焦りが丸見えで余裕がありませんね……。
けれど、一体なにをそんなに焦ることがあるのでしょうか?
なにか焦らなければならない理由でも?
『あー、それに関してはハイエルフの王が寿命だからと思うナリ〜』
「寿命? ハイエルフの王ということは……『森人国』の王様ということですよね?」
『そうナリ。ハイエルフとエルフは長寿ナリが、寿命がないわけじゃないナリ。おそらくだけど——』
「リセ」
「!」
かけられた声に顔をあげると、藍子殿下。
背中の布はないにしても、やはり立派なお着物姿!
あれは、なんという名前の着物だったでしょう?
うう、何度聞いても覚えられませんね。
えーと、確か……そう!
「こんなところでなにをしている? お前は狙われているのだから、うろちょろするものではないぞ」
「あ、え、ええと……外の様子がどうしても気になりまして……」
迷子になるからとお城の二階の一室で待っていたのですが、つい、外の様子が気になって渡り廊下に出てきてしまったのです。
なにかあっても黒檀様とティムファーファ様がいるので、私は油断しがちですね。
そして本番では十二単衣を着なければならないので、その重さからも逃げてまいりました。
リハーサルは身軽な普段着でもよかったのですが、いきなり本番で約二十キロは不安しかございませんでして!
「そうだな、確かに竜人ではないリセにあれは重すぎる……」
「あ、で、ですが立食パーティーの時は、朔子様が選んでくださった着物ドレスに着替えますので」
そ、そうなんです。
お妃様や実民様がお召しになっておられる、あの和風ロリータ服のドレス……。
私は似合わないと思うのですが、あれを着せていただけることになりまして。
今からすごく楽しみで、ちょっとそわそわしておりまして。えへへへへへへへへ。
「そうか、あれはリセにとても似合っていたから、俺も見るのはとても楽しみだ」
「そ、そうですか……」
「あ、ああ」
……沈黙。
ああ、話題がなくなってしまいました。
どうしましょう、なんとも言えない空気です。
「……リセは」
「はい」
「……、……リセは、この件が終わったら、やはり帰るのか?」
「え?」
少しだけ言い淀んだのち、藍子殿下は私の方を見ないまま呟きました。
帰る?
どこへでしょうか?
あ、もしかして……。
「ええと、それはもちろん……帰ると思いますよ?」
首を傾げながら答えると、藍子殿下の眼差しが陰りを帯びます。
え、え? どうしたんでしょう?
私はなにか間違えましたか?
「そ、そうか。そうだよな。異世界から来たのだ……帰りたいに決まっているよな……」
「ん?」
「ああ、もちろんそれがリセにとって一番よいことだと、俺も理解している。だが……」
「え? あの、でん——」
ばさっ、と黒檀様が私の首から飛び立つ。
殿下の髪が散らばるように見えました。
十二単衣から逃げてきたので、今かなり薄着でしたけど……一気にあたたかいです。
藍子殿下に、抱き締められて——。
「っ!」
「でも、やはり離れたくないんだ。一度は婚約を了承してくれたではないか……。リセ、頼む……どうしても帰るというのなら、どうか俺をリセの世界に連れて行ってくれ……! リセと離れたら、俺は……死ぬ!」
「え、あ、あ、え、あの……あの……」
なんの話ですか?
頭の中が熱くてぐるぐるする中、会話の流れを思い出してハッとしました。
「か、帰るって……お屋敷に帰るという意味ですよ!」
「え?」
「あの、あの、私、普通に、『黒瞳宮』……王太子妃邸に帰るという意味で……その、こ、答えたつもりで……」
「えっ……か、帰らないのか? 元の世界に」
「……私は元の世界に肉親もおりませんし……友人も、仕事場も……居場所がなくて……。成人もしているので……ええと、つまり……天涯孤独、というやつで……ですから……」
藍子殿下の顔が近い。
ぬくもりが布を通じて私の肌をより熱くさせていくようです。
私の居場所は……もう。
「……で……殿下が……私を……必要とおっしゃってくださるのなら、私は……」
私の居場所は——。
「…………っ」
で、でも、これは言ってもいいものなのでしょうか?
殿下の『大事』は別に恋愛的な意味だとは限りませんし。
それなら私が一方的に殿下のことを、そ、その、す、す、す、す好き…………ということも考えられますし。
そもそも、私はやっぱり殿下のことが好きなんでしょうか?
本音を晒すのがとにかく苦手な私ですが、殿下に対してどう思っているのかというと“好きになりたい”であり“この方を大事にしたい”なので……同じではないような?
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