王妃の器 2
「リセ」
「は、はい」
とても低い、ほんのりと優しさ、甘さが含まれた声。
先程実民様たちへ向けた声とは、込められた感情の質がまったく違います。
それは、私が向けられたことのない声色。
聞いたことはありますが、私に向けられたことなどない、向けられることないと思っていた。
たった一言……私の名前だけなのに……。
「なぜ“原初の精霊”がここにいるのか、知っているか?」
「え、あ、え、えーと……」
あ、いや、現実に引き戻され感……いえ、当然の質問でした。
そうですよね、それ気になりますよね。
そういえば花道の先生——塔様に初めてお会いした日の帰り道に、ティムファーファ様と出会ったことも誰にもお話してませんしね。
「…………」
「……もしや俺に黙っていることが結構あったりするのか? リセ」
「…………」
……バレましたね……。
そうですね、藍子殿下に、話してないこと……はい、色々、ありますね。
でも、大した問題ではない——。
『リセ様がエルフの国に召喚されて精霊から契約できなかったから捨てられそうになった挙句、メイドとして働くなら置いてやる〜みたいに言われてこき使われてたことを知ったら藍善が怒ってエルフの国に乗り込んじゃうかもしれないから、一応あの子には内緒にしておく〜? それともわらわからやんわり教えておこうかしら? あんまり公にはできないけど、あの子と陛下には教えてもいいと思うけど〜』
『な、内緒でお願いします!』
……と、いう話をお妃様としたのを思い出して、そっと目を背けました。
まずいです、これはまずいですね。
藍子殿下のお顔も先程の声の甘さは幻聴だったのかと思うほど「喋るまで逃さない」的なお顔になっております。
これは逃げられない感じでしょうか?
『リセ、リセ』
「! は、はい! ティムファーファ様!」
ティムファーファ様、ナイスタイミングです!
名前を呼ばれて顔を上げると、ちょうどあの巨大怪獣と化していたお三方がしょもしょもと人の姿に戻っていくところでした。
ちゃんと、元の姿で、三人。
「ひっく、ひっく……」
「っ……っ……!」
「うええぇ〜ん、こんなのずるいですぅ〜! 精霊と始祖様が一緒になって怒るなんてぇ……〜朔子たち悪いことなんかしてないのにぃ〜」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「「「ひっ!」」」
と、お三方は私が声をかけるとしゃがみ込んで後退り……。
ええ……その反応はちょっとショックです。
「ゆ、ゆるして! あたちが悪かったから! 命だけは!」
「え、そ、そんな、命は取りませんよ!?」
どうしてそんなことを!?
確かにティムファーファ様も黒檀様も、なんかこう、圧的なものを放っておられましたけれども……。
「あ、あなた……! あん、あんな、げ、“原初の精霊”と契約してたなんて……な、なんで教えてくれなかったんですの! 後出しなんて卑怯ですわよ!」
「え、すみません……? でも、でも契約したのは今し方でして……?」
「今し方!? 契約したばかりということですの!?」
「はい。皆さんがおっしゃることはごもっともだと思うのですが、あのままでは藍子殿下も皆様も傷つけ合うばかりでなにも解決しないと思いまして……。そうしたら、ティムファーファ様がお力を貸してくださると言ってくださいまして……」
「っ」
喜葉様が表情を歪ませ、顔を背けてしまいました。
その横で泣いていた実民様と朔子様は、ぴたりと泣き止みます。
「え、じゃ、じゃあ、朔子たちを殺そうとして、精霊をぶつけてきたとかじゃないのん?」
「そんなこといたしません! それに、誰かを傷つけさせるようなお願いはしたくありません! あ……ええと、ですから……」
そもそもティムファーファ様は最高位の精霊。
そんなお願い聞いてもらえるはずがないと思います。
けれど、それ以前にそんなお願いはしたくないです。
まだ涙を浮かべる朔子様。
実民様もまだお小さいですし、ええと、どう説明すればわかっていただけるんでしょうか?
うーん……。
「私は……確かに人間で、皆様のように竜の姿になって戦うことは、できないので……皆様の言うように、この国を守ったり、えぇと……舐められない? ように、するのは、難しいとは、思いますけど……」
言葉をできるだけ選ぶ。
この人たちの望んでいることは、多分私がいる限り叶わないと思うのだけれど……そうではなくて。
「…………」
そう、きっとそうではないのです。
そうじゃないので、私は一度心の中を整理していきます。
整理して、一生懸命ぐちゃぐちゃの頭の中から、自分の言葉を、選び取る。
口を、開き、また閉じて飲み込み、勇気を——。
「…………わ……わ、たし、も、か、変わりたい……と、お、おもっ……て、る……ので……今の、よ、弱くて……ダメで……す、すぐ、なんでも、あ、きらめ、る、し……ひ、ひと、し、だ、信じられない……わ、たし…………私……だから……殿下は、違う……気がするから、その……私…………殿下のことは、信じたくて…………」
喉が熱くて焼けるみたいです。
涙が滲むほどに、“本音”を話すのは、こんなにしんどいものなのですね。
嗚咽まで出てきました。
「……す…………好きに、なりたい……から……ご、ごめんなさい……!」
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