王妃の器
私は元々この世界に『精霊と契約できる人間』として召喚されました。
しかし、私は精霊たちが『契約したい』『契約してもいい』と思えるほどの魅力はなかったのです。
だから生きていくためにエルフの城でメイドとして働いておりました。
この先も、きっと私は魔法とは無縁だと思っていたのに……まさか。
「わ、私なんかが、ティムファーファ様と……契約……そんな、本当に、いいのですか?」
『誘拐は立派な罪ナリ。まして異世界からの誘拐だなんて、正直ミーの手にも余る事態だったりするナリ』
「え?」
ティムファーファ様がふふっ、と笑ってはいますが、嘲笑のような?
それに、“原初の精霊”たるティムファーファ様にも手に余る事態?
しかしそれを気にしている場合ではありません。
『そのあたりは落ち着いたら話すナリ。まずはミーと契約するかを決めるナリよ』
「……、……します!」
『では名を!』
「
『ミーの名前はティムファーファ! リセ、ユーと契約する!』
その瞬間、自分の中に『魔力』というものを感じました。
強くあたたかく、溢れてくる。
これが、魔力……これが!
『さあ、望みの形を言葉で伝えてほしいナリ!』
「あ……ほ、炎を……藍子殿下に浴びせられているこの炎を消してください!」
『良哉!』
私の願いを、私の中に流れ込む魔力で以ってティムファーファ様が魔法に変える。
話にしか聞いたことのない——これが魔法。
エルフの国に召喚されたばかりの時に聞きました。
魔法とは、この世界に溢れる『マナ』を精霊が『魔力』へと変換して人間に与えてくれるそうです。
『マナ』を『魔力』へ変換できるのは上位の精霊のみで、人間の貴族は『加護精霊』と契約して魔力を一族で得て使うといいます。
そうして魔力を得た一族は個々で己と相性のよい、属性持ちの中位〜下位の精霊と契約を行い、その属性魔法を扱う……。
それがこの国の人間——貴族が使う『魔法』。
しかし、エルフの国に召喚された『彼女たち』は、いきなり上位の精霊に気に入られて契約を交わしました。
エルフたちの狙いは、それだったようです。
上位精霊は『マナ』を『魔力』に変換し、そのまま彼女たちの望む魔法を与えました。
上位精霊は『属性』という縛りがないのです。
なにかに特化したわけではなく、バランスよくあらゆる分野の魔法を扱える——それが上位の精霊。
そして……このティムファーファ様は、私の知る彼女たちが契約した精霊たちよりも——もっと上の位の精霊です。
『ふぁーふぁーふぁーーー! ミーは“原初の精霊”が一柱! ティムファーファ! 竜人どもよ、平伏せナリーーー!』
『『!?』』
宙に浮いたまま立ち上がった白柴……にしか見えませんけども……。
そうにしか見えないのですが、ティムファーファ様の白い毛並みが輝くと藍子殿下を包んでいた黒い炎は瞬く間に消え去ります。
ふう、ようやく新鮮な空気が吸えた気がしますね。
そういえば私、空気どうしてたのでしょうか。
結界の中ではありましたが、酸素よく無事でしたね……?
あ、それどころではありません。
『リセ!? なんでそんな場所にいるんだ!? はっ、まさか俺があの炎に押されていたというのか!?』
『ああ、物理的に押されておったぞ』
『な、なんと!』
藍子殿下は自分が後ろに下がっていたのに、今気がついたのですね。
とってもびっくりしておられます。
『な、なに……? なんなの、この、巨大な魔力は……』
怯えたような声に振り返ると、三本首の怪獣となっていた実民様たちがティムファーファ様を前に後退りをしております。
魔力……私にはまだよくわかりませんが……。
『むう、こうなっては美味いところをすべてティムファーファに持っていかれる。それは面白くないぞ。余もなにかする』
「な、なにかって……」
黒檀様、とてもざっくりしてます。
ざっくりしてますが、やる気になっていただけたのは幸いです!
「実民様たちを元に戻すことはできるでしょうか!」
『おお、それならば任せるがよい!』
『し、始祖様!? お待ちください、俺がリセにかっこいいところを見せる場面ですよここは! じゃ、なくて……始祖様のお手を煩わせるわけには参りません!』
『リセにかっこいいところ見せられるのならなおさら余がやるわ!』
ええ……?
『っ!?』
びり、と空気が先ほどよりも強く揺らめきました。
黒檀様と、ティムファーファ様。
二人の凄まじい力に、場の空気が言い知れぬものに変わっているようです。
私ではなく、合体した彼女たちに向けられたソレ。
『小娘ども、いい加減にしろよ』
『リセを困らせる悪い子には、ミーたちがお仕置きするナリ』
『ぁ……あっ……!』
……怯えてませんか?
気のせい……じゃなさそうなくらいガタガタと三本首の怪獣となった実民様たちが震えておりますね。
するとそこで、私の肩を叩く感触。
隣に来ていた、人型に戻った藍子殿下。
その表情はどことなく浮かないもの。
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