生花を学ぼう! 2
「ばあちゃん、ばあちゃん、生徒希望者さん来たよ」
その後、一言も話さないまま案内されたお部屋には、一人のおばあさんが座っていました。
おや、と目を見開いてよく見ると、やっぱりです。
このおばあさんの着物は、背中が空いていません。
私の借りている着物すら、背中が空いていて羽織で隠しております。
しかし、こちらのおばあさんの着物は、きちんと背中まで布で覆われていたのです。
竜人族は竜に変身できる種族。
その変身は、翼などの一部分だけでも可能で、竜人族の着ている着物はほとんど背中部分の布がありません。
翼を出して、飛ぶのが日常的だからです。
確かに、歩いて移動するよりは飛んで移動した方が早いでしょう。
ここに来るまでの狭い通路も、土地を思う存分お屋敷やその庭に使い、飛んで移動するのなら通路に広さなど不要ですしね。
私を案内してくださった菜種様も背中が大きく空いた着物で、大変セクシーです。
でもこのお婆さんは、私の知る『着物』そのもの……。
「いらっしゃいませ。リセ様。わしは
「あ、は、初めまして、リセと申します」
おばあさんは目を閉じたまま、私の方を向くと正座したまま頭を下げました。
なんと、私ごときに!
慌てて私もその場に正座し、頭を下げて自己紹介します。
それにしても私が名乗るよりも早く、皆さん私の名前をご存じですね?
噂……情報が出回る速度、早くありませんか?
「生花を習いにきたんやて」
「そうですか、そうですか……では、こちらへ。菜種、花を持っておいで」
「はぁい」
さっそく花道の授業を受けることができました。
花道は基本的に旬の花……その季節に咲く花を使うものだそうです。
その心は、自然を表す。
器という世界に、花を“生かし”、花の美しさを最大限に輝かせる——。
もうこの時点で壮大すぎて宇宙が見えますね。
「ああ、懐かしい気配がいたしますな。もしやそちらに黒檀様がいらっしゃいますん?」
『うむ』
「あぁ、やっぱり。……実はねぇ、リセ様。花道——生花は、黒檀様と一緒にこの世界にいらした
連翹様が……やっぱり。
名前からして私の元の世界と関係のある方なのでしょうか?
けれど、連翹様は竜である黒檀様と一緒に湖の世界に現れた、と言います。
私の元の世界に竜はいませんから、とてもよく似た世界が他にある、ということなのでしょうかね?
「連翹様が最初に伝えはったんは、『華道』……華やかの字の、道でした」
「は、はい」
「けどねぇ、時代とともに竜人族はどんどん適当になってねぇ。まあ、性質的に致し方ありゃしませんの。けどねぇ、とても残念。華やかの字も、とても綺麗でしょう? 時間の流れとともに、連翹様が伝えて残されたものはどんどん減っていってるんですよ……」
「そ、うなんですか……」
華という字がなくなってしまったから、今は『花道』と呼ばれてる、のですか。
正直私も『花道』という字だと思っていました……。
あら? 待ってください? ということは?
「漢字があるんですか?」
「ありますよ。今は『ルゼイント王国』の『イスト文字』と混ざってしまって、『新生イスト文字』と呼ばれるものになっておりゃます。わしが若い頃は、連翹様の遺された文化がぎょうさん残っとりましてなぁ……」
そう言いながら、塔様は菜種様の持ってこられた花をぷすぷす器の中の剣山に迷いなく突き刺していく。
あまりの迷いのなさに、私は話を聞けばいいのか花の生け方を見ていればいいのかわかりません。
そうこうしている間に、私の前にも水を張った器が差し出されました。
差し出してきたのは笑顔の菜種様。
ああ、笑顔の圧が凄まじいです……!
「用意できたなら生けていきまひょうね。まず、主役となる花を決めます」
「しゅ、主役となるお花ですか」
「ええ、主役となるお花を軸に、三種類の草花を使うと決まっております。連翹様の生まれた世界では、それは『四季』というものがあり、もう多種多様なお花が咲いていたそうですが……『亜人国』は気候が一年同じで、同じ花しか咲きません」
「!」
『森人国』はこの大陸でもっとも多種多様な植物が集まる国でした。
鉄を作るために森を焼くドワーフとは、とても不仲なエルフは、とにかく植物や森をたくさん持っているのが偉い、みたいなところがありましたね。
お城の中すら蔦が生い茂っている区画があって、私はよく足を引っかけて転んでいました。
そう! そんな私が足を引っかけても転ばないようバランスを取る技を身につけたのが、その蔦の生い茂った区画で転ばないためでした!
……それが裏目に出て藍子殿下に金的してしまったんですけれども……。
「この国で手に入る、生花に使える花は全部で二十種類ほどです。その中から四種類、または五種類の草花を選び、使いますが……そのうちの一つを主役とするんどすよ」
「は、はい。わかりました」
と、そのように手解きを受けながら一つの作品を作り上げる頃に昼も過ぎ、日が暮れておりました。
王子妃となる王太子の婚約者も、城門の展示室に作品を飾る、というお話をしたら塔様は「お妃様もその作品を作る時はうちにいらして、それはもう試行錯誤なさいます」とおっしゃっていました。
……やはり……。
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