生花を学ぼう!


「茶道の作法を学びつつ、花道の方も教えていただきたいです」

「そうですわね、それがいいと思いますわ。特に花道は急ぎめで覚えた方がよいでしょう。近く、正式に藍子殿下の婚約者としてあなたの名前が国中に報されますわ」

「うっ!」

「そして来月には『竜誕祭』があります。国中から有力貴族が王都に集まり、当日は他国の王侯貴族も招かれますの」

「ひっ! そ、それはもしや……!」

「ええ……あなたの生花の作品が、そういう方々の目に触れますの。茶会に関しては今はまだ藍桜様が現役ですから、生花に比べれば優先度を下げてもよいと思いますわ。けれど……」


 急務ではないですか……。

 あまりのことにカタカタと体が震えてきましたよ。

 城門の展示室に、王妃様のものと並べられ、来月には各国の王侯貴族や全国から集まるこの国の偉い方たち、国民の皆様にも見られることになる。

 お妃様は言っておりましたよね。


『わらわ、最初はすごく悲惨で……みんなに微笑ましいものを眺める目で見られて恥ずかしかったわ〜』


 素人の。

 なにもわからないまま生けたものを……。

 一ヵ月間。

 それも、来月は『竜誕祭』。


「大急ぎで生花を教わることは可能でしょうかっ!」

「では、先生をご紹介しますわ。今から教わりに行きましょうか」

「よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げて、円歌様とともに王子妃邸を出ました。

 庭で話しましょうというのは、このようにいつでも出かけられるように、ということだったのですね。

 狭い木柵の通路をまずは真っ直ぐ通り、右へ曲がり、今度は左、右、右……め、迷路のようです。


「こちらが花道の先生の家です」

「な、なんだか迷子になりそうでした」

「わたくしの式神をつけておきます。帰り道はそれに案内してもらってください。では、わたくしは城の仕事がありますからここで失礼いたしますわ」

「は、はい! 色々とありがとうございました」

「いいえ。あなたが城のメイドとして働いてくださるのを楽しみにしておりますわ。では」


 ああ、円歌様は城の執事長なんですよね。

 私が城のメイドになったら、円歌様の部下ということになるんけですか!

 それにしても女性なのに執事長とは……本当にエルフの国とは文化が違いますねー。

 はっ! そんなことを考えてる場合ではありませんでした!

 一刻も早く生花のやり方を習得しなければいけません!


「あ、あの、ご、ごめんくださーいっ!」


 立派な門を潜り、玄関扉の前で叫びます。

 とても古い、日本家屋の造り。

 私がいただいた王子妃邸よりはやや小さいですが、こちらのお屋敷も十分ご立派です。

 声をかけると、すぐに家の中から「はぁーい」と声がしました。

 とんとん、という足音のあと、玄関で草履を履く音。

 ガラリ、と扉が開くと、なんとも純和風の美女が現れました……!


「まあ、いらっしゃいまし。どちらさんでっしゃろ」

「あ、は、初めまして。私、リセと申します。こちらで生花を教えていただけるとうかがったのですが……」

「まあ、生徒希望の方どすか? 嬉しぃわぁ〜。入って入って〜」


 ……京都弁みたいな訛りの方ですね。

 でも、ほんの少し大阪弁のようにも聞こえます。

 関西方面、行ったことがないので違いがよくわかりませんが。


「うち、菜種なたねっていうんよ。リセはんはもしかしてアレです? 藍子殿下の婚約者になったていう、話題の人どすか?」

「ふぁ!? ……わ、話題……? う、噂になっているんですか?」

「そやねぇ、そりゃあ、お年頃になってから何度名士のご令嬢が婚約者に名乗りを挙げ、勝負を挑んでもちぎっては投げ〜、ちぎっては投げ〜って、勝ち続けとった方がついに負けたんやさかい……」

「え……」


 菜種様は、私をお屋敷の中に招き入れ、廊下を案内してくださいながら藍子殿下のことを少し、教えてくださいました。

 藍子殿下は次期国王として、多くのご令嬢たちに戦いを挑まれてきたのだそうです。

 しかし、殿下はオスとして大変に高い戦闘能力をお持ちでした。

 令嬢たちは誰一人、殿下に勝つことができず、数十年婚約者ができなかったのだそうです。

 ……なんという血の気の多い……。


「かく言ううちも十五回挑んだんですぇ」

「へっ!」

「結局一撃も入れられへんかったんよ。ねぇねぇ、リセはん、どうやってあの方に勝ったん? 教えてくれへんかしら、ねぇ」

「っ」


 振り返った菜種様は、とてもにこやか。

 柔らかく微笑んでいるのに、目は笑っていません。

 怖い。

 思わず立ち止まって、後退ると菜種様は「いややわぁ、怖がらんといて」と口元を袖で隠す。


「リセはんに怖がられたら……始祖様に怒られてしまいそうやもの」

『…………』

「あ……」


 私の首元にいた黒檀様が顔を上げて菜種様を見ていました。

 ただ、見ていただけ。

 けれど、その目には威圧感。

 菜種様は目元を細めてクスクスと笑っておられますが……もしかしなくても、私は嫌われている……?

 菜種様は今も藍子殿下のことを、好き、ということなのでしょうか。

 うう、円歌様はご存じだったのですか?

 だから事前に『わたくし以外にもあなたを竜人族の次期国母と認めない勢力はまだ潰えたわけではありません』と、教えてくださったのでしょうか……?

 どちらにしても、敵意がビシバシ放たれているような……。

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