『亜人国』 3
そうか、私はこれからその立場を背負って、この国で生活していかなければならないんですよね。
色々混乱して、いっぱいいっぱいで抜けていました。
「本当ならば城内の後宮に入っていただき、次期王太子妃として教育を受けていただきたいところなのですが」
「えっ、え、あ、あのっ」
「それは殿下がしっかりとリセ様を口説いて了承してもらって、初めて強制できることなので、今は考えなくてもよろしいです。ただ、殿下と結婚するともれなくそういう教育を受けていただきますので、と覚えておいてくだされば」
「は、はひ」
甲霞様がしっかりと説明してくださるので助かります!
……で、でも。
「……あの、けれど、私がお断りしたら、藍子殿下は、し、死んでしまうんですよね?」
「ああ、死ぬな」
「死にますね」
「ううううう」
それはもはや脅しなのでは?
「……そ、それはさすがに、あの、私ごときのために一国の王太子殿下がお亡くなりになられるのは……」
「! ということは俺と結婚してくれるのか!?」
「…………」
とても嬉しそうに聞き返されましたね。
藍子殿下の精神構造がやはりわかりません。
私はあなたにうっかりとはいえ、金的かましてしまった女ですよ?
それなのに……。
でも、一国の王太子の命と私の一生、どちらが重いと言えば当然——。
「は、はい」
「…………。え?」
「あ、あの、わ、わかりました。私なぞに到底務まるとは思えませんが……それでも行く宛のない私を拾ってくださり、お仕事や住む場所を斡旋してくださるのでしたら……精一杯頑張らせていただこうと思います!」
「…………。……ん?」
ん?
……あれ? 今聞き返されました?
「あ、あの……?」
「…………」
確かに一瞬、子どものような笑顔になったと思った藍子殿下が、気の抜けたような引き攣った笑顔のまま硬直しておられる。
ど、どうなさったのかしら?
周りを見回すと、甲霞様も采様も育多様も変な表情。
けれど、私はそれどころではない状況でした。
さすが私、迂闊。
「え、今……」
「あ、ああ、俺も聞いた」
「藍子殿下、婚約!?」
「おおお、まさかこんなところで殿下の婚約する瞬間が見られるなんて!!」
「おめでとうございます、殿下!」
「おめでとうございます!」
「——あっ!」
そう、ここは往来のど真ん中。
私たちは大市の開かれた場所にいたのです。
迂闊な私が気づかなかっただけで、周囲はすでに藍子殿下たちに気づいていたのでしょう。
おかげさまで私が藍子殿下の求婚をお受けした瞬間まで、しっかり見守られてしまいました。
「……聞いたか、我が国の民よ! 俺は俺を倒した強き女を得たぞー!」
「「「わああああああああああああ!!」」」
「わぁーっ! あ、藍子殿下ぁっ!?」
藍子殿下〜!
そんな、なにも宣言しなくてもぉー!
「では、住まわれるのは後宮、ということでよろしいですね?」
「ふぇあっ、あ……あう……は、はひっ、あの、でも、その」
「大丈夫です。やるべきことをやってくだされば、お仕事はやっていただいて構いませんよ」
やるべきこと=王妃教育。ですね。
あわー……! 甲霞様は私の思考が読めるのでしょうか!?
「ま、なんにしても歓迎するぜリセ様!」
「そうっすね、なんか困ったことがあったらなんでも言ってくだせぇよ。おれたちその辺うろうろしてるんで」
「え、あ、あの、後宮って、男子禁制とか、そういう……」
「ああ、他国だとそういうのあるらしいな」
「うちの国はそういうのないっすよ。後宮には現国王のお妃様しかいないっす」
「!」
お妃様。
藍子殿下の、お母様、ということですよね。
ひゃ、ひゃあ〜、つまり私の姑様ということですね……?
な、仲良くできるのでしょうか?
というか……。
「おめでとうございます、殿下!」
「こりゃあめでてぇ! 殿下の婚約祝いだ! 全品銅貨二枚! 銅貨二枚にするぞー!」
「おお! うちも祝いセールだ! 全品銅貨五枚だー!」
「殿下の婚約だって!? おい新聞屋を呼べ! 殿下が婚約したぞ!」
「まあ! 人間の女の子じゃないか! 人間の女の子が殿下を倒したのかい!?」
「ちょっと婚約者殿! うちの店に寄ってきな! タダで食べさせてあげるから!」
「うちにおいでよ! 『亜人国』名物デトロイト串焼きを食べてみておくれー!」
「きゃ!」
どんどん人が増えていきます!
こ、このままでは、押し潰されてしまう!
「ま、まずいぜ甲霞。さすがに人が多すぎるぜ」
「ですね。殿下!」
「ああ! 俺が気を引く!」
「了解っす! リセ様、おれに掴まって!」
「!」
采様の腕に引っ張られた瞬間、藍子殿下が「詳しくは後日我が民にも報せよう! 楽しみに待っていろ!」と叫ぶ。
その瞬間、市場が「おおおおおおっ!」とすさまじい声で揺れる。
こ、声で空気が揺れるんですか!?
なんにしても、そうして藍子殿下が大市の皆さんが注目している間に私はドラゴンの姿となった采様の背中に乗せられ、空を飛んでいました。
『このまま城へ向かいます。もっと町をご案内したかったのですが、申し訳ありません』
「い、いいえ、甲霞様。……あれは私が悪いので……」
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