『亜人国』 2
「あら、なんかかわいいお嬢さんを連れてるねぇ。どうしたんだい、人間の女の子が……もしかして迷子だったのかい?」
「え、あ……ええと……」
「殿下たちに助けてもらったのかね?」
「きっとそうじゃない? メイド服なんか着ちゃって、きっと意地悪なエルフたちにこき使われてたんだよ」
「「あー」」
と、勝手に納得して、頷き合う奥様方。
完全に否定しきれないのが悲しいところです——!
「そうだわ、南の大通りは今日大市の日だから覗いていきなよ! あんたの国とは違うものがたくさんあるから、楽しいと思うよ!」
「! あ、ありがとうございます!」
大市……行商人が集まって開かれる市場のことですね。
各地から珍しいものが集うものですが、エルフの国は年に一度、国が認めた行商人が数人、オークションのようなことをするのみ。
その時に行商人の方にお話を聞いた——本来の大市。
来ることなんて、一生ないと思っていたら!
「行ってみるか?」
「はい!」
藍子殿下たちに連れられ、南の大通りとやらに連れて行っていただく。
私が想像していた以上に広い通り。
そこを数百人の行商人とその倍以上のお客さんが、往来を埋め尽くすほどに賑わっていました。
「す、すごい!」
まるで夏祭りみたいです!
「はっ!」
「?」
い、いけません!
私はお金を持っていないのです。
このメイド服も、持ってきた下着もすべて支給品!
エルフの国ではお給料などいただいていませんでしたから、この大市でお買い物するためには……この国で働くしかありません!
「っ……、あ、あの、大市はどのくらいの頻度で行われるんでしょうか」
「ん? そうだな、一ヶ月に一度、といったところだろうか。なにか欲しいものがあるのか? 買ってやるぞ、なんでも!」
「い、いいえ! 大丈夫です!」
そんな、藍子殿下のお金で買っていただくということは、それ即ちこの国の血税が使われるということ!
そんな、私ごときにもったいないがすぎます!
「私、自分で稼いだお金でお買い物がしたいので!」
「っ!」
…………そうです。
私は元々、物心つく前に親がいなくなってしまいました。
気づいた時には私に興味のない親戚の家を転々とし、十六歳になってからアルバイトで生計をたてて生きたのです。
たまたま乗り合わせたバスで、同じようにこの世界に召喚された『彼女たち』。
彼女たちには、私のような青春を送って欲しくありません。
彼女たちは、両親や友人に会えない悲しみに肩を寄せ合って涙を流す……愛情を与えてくれる人たちが側にいたのです。
そんな彼女たちに、寄り添えたらと思っていました。
……結局私は彼女たちにとってのおもちゃにしかなれませんでしたが……。
——『彼女たちはお前がどこへ行こうが興味ないとさ』
執事長の言葉が再生されます。
本当に?
直接話していないからずっと心に引っかかっています。
そうだ……どうせ藍子殿下と結婚するしかないのなら、この国で自活して、いつか彼女たちにまた会いに行きましょう。
『国際会議』は毎年行われますし、その時についていくことができたら——うん、そうしましょう!
間違えて金的してしまった私を妻に迎えたいだなんて、竜人の生態は未だ謎が多いと言わざるを得ませんが……藍子殿下の命がかかっているのなら結婚するしかありませんよね。
結婚……いつかできたらいいなぁ、と思っていましたが、まさかこんな形ですることになるなんて。
人生どうなるか、本当にわからないものです。
「なので大丈夫です!」
「……君は……本当に強くたくましい女だな……!」
「? そ、そんなことも、ありません、よ?」
「いや、そんなことある」
藍子殿下には真顔でそう言われ、甲霞様たちにも一瞬驚かれ、そして同じように頷かれてしまう。
この国では、女は家事をするものなのだそうです。
男は戦うしか能がなく、事務仕事も女性が中心。
男が家事や事務仕事をしようとすると、だいたい被害が出たり被害が拡大したりと邪魔になってしまうとのこと。
な、なんか可哀想ですね。
全体的に能力は女性の竜人が上なのだそうです。
ただ戦いにおいては男性の方がやはり強い。
男性の竜人の中には、魔族や精霊のようにマナを取り込み、体内で魔力を精製して扱う才能を持つ者がいるのだそう。
マナを魔力にすると毒素が出るのですが、男性の竜人は毒素に耐える『マナ毒耐性』が非常に高く、魔法こそ使えないものの竜人種が元来より持つ『ブレス』や『身体強化』を魔力を用いて使うそうです。
なんかすごそうですね。
それこそが『覇者』と呼ばれる所以。
そんな腕自慢ゆえに、戦いで心を折られるイコール恋、なのだと改めて説明されました。
すみません、やはりそこがイコールになる意味がわかりません。
「こればかりは種族差かなー、わはは」と藍子殿下たちに笑われますが、それで片づけてよいものなのでしょうか……?
「それなら希望の職種を紹介しよう。そしてその……できれば城で生活してくれればと思うのだが、どうだろうか?」
「え」
思いもよらなくて固まりました。
あ、そ、そうです、住む場所……!
失念していました!
「城の近くの屋敷をご用意します。リセ様は殿下の婚約者候補、というお立場ですので」
「っ」
甲霞様がついに私の立場にはっきりと名称をつけてしまう。
藍子殿下の婚約者候補。
それが召喚されたけれど、精霊と契約できず役立たずの無能と言われた——今の私の立場。
……金的でこんな立場になるなんて誰が想像するでしょうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます