『亜人国』


「ッッッッーーーーー!!」


 顔も思い出せないお父さんお母さん、私は今、空を飛んでいます。

 景色を見る余裕はありません。

 凄まじいスピードで景色が通り過ぎていくのと、空気抵抗に抗わないと飛ばされそうで怖すぎます。

 前方に藍子殿下と采様と育多様が飛んでいて、私に当たる空気を最大限に減らしてくれているみたいなのですが、それでも凄まじいです。


『大丈夫か? リセ』

「…………ッッッッ」


 振り返った藍子殿下の声はわかったのですが、突然風が止まって私はようやく顔を上げました。

 藍子殿下は私を背に乗せるのを悶絶しながら悩み抜いた末、「破廉恥じゃないか? やっぱり!」とのことで、甲霞様の背に乗って『亜人国』に来ることとなったわけですが……。


『見えてまいりましたよ、リセ様』


 風の音で聴力が未だうまく働かないので、甲霞様の声もとても遠くてわかりづらかったです。

 でも、なにを言ったのかは眼下に広がる光景で理解できました。


「わっ……」


 エルフの国は緑豊かな森の中に、『星白樹せいはくじゅ』というとても頑丈な木で城が建てられていました。

 けれど『亜人国』は茶色い……私の親しんだ檜や杉が使われているようです。

 なにしろとても見覚えがある造りの建物が、たくさんありました。

 なんと! 和風です!

 眼下に広がる建物はみな和風!

 すごい、すごいです。

 確かに藍子殿下たちの名前も和風でしたし、服も和服の背中の布がないものらのようでしたけど……。


『リセ、興味があるならば城下町を観光してみるか?』

「いいんですか!?」


 藍子殿下のお言葉に甘えて、城下町の端の方に降りていただく。

 殿下たちのような高貴な方々が城下町に降りたら、大騒ぎになってしまうのではないのでしょうか?

 そう思ったけれど、殿下は私の好奇心を優先してくださった。

 なんとお優しいことに「リセに我が国のことを知ってほしい」とおっしゃってくださったのだ。

 人の姿に戻った殿下はちょっとだけ照れた様子。

 なんとなく、そんなふうに言われると胸がくすぐったいです。


「…………」


 本気なのでしょうか。

 いえ、私のような他国のしがないメイドをここまで丁重に連れてくる理由が、思い浮かびません。

 私は真剣に藍子殿下の気持ちを考えるべきなのでしょうか?

 でも、私の心はまだ『彼女たち』の隣にある気がします。

 昨日の夜、執事長に言われた言葉……藍子殿下を、害するようにと。

 ……とてもできません。

 だって私は役立たずで無能なので……。

 首を振って、顔をあげました。


「リセ、疲れたか?」

「あ、す、少し。でも、町を見てみたいですっ」

「そうか……! では行こう! 俺が案内してやる!」

「? は、はい?」


 着地した場所は森の中でしたが、すぐに三メートル以上ありそうな木柵が目に入りました。

 そこの木柵に沿って歩くと、小さな門が現れます。

 門の前には一人の兵士。

 藍子殿下たちを見るなり、とても驚いた顔をされます。

 まあ、そうですよね。


「でででで殿下ぁ!? な、なんでここに!?」

「色々あって城下町に寄ることにした!」


 とても省略!


「そうなんですね! 民も喜ぶと思います!」


 あっさり納得!

 それで納得するんですか……。


「あれ、そちらの人間は……」

「!」

「ああ、後ほど正式に発表する。身元は俺が保証するからなんの問題もない!」


 どーん!

 と、親指でご自身を指し、ドヤ顔でおっしゃる殿下。

 兵もやっぱり納得して扉を開けるあたり、なんか、なんか……!

 こんなあっさり入国してしまっていいのでしょうか。


「…………」


 “人間”……。

 そうだ、今の今まで聞きませんでしたけど、藍子殿下は私が人間であることに、なにも思わないのでしょうか?

 私もあのドラゴンの姿を見た時、「あ、本当に人間ではないんだなぁ」と他人事のように思いましたけど……そんな殿下に、求婚されてる、んですよね?

 だ、大丈夫なんでしょうか? 種族の差、とか……!

 その、別の種族だと子どもが生まれなかったりとか、しないんでしょうか?

 その場合私と結婚する価値は、やはりないのでは?

 はっ! そ、そうです、それを理由に婚姻のお断りを……!

 ……あ、だめです……断ると「死んじゃうよ!」と笑顔で采様に言われたんでした……。

 つまり私に残された選択肢、結婚するという一択のみなのでは?

 はわわわわわわ……。


「リセ」

「!」


 はっ、こんなことをしている場合ではありませんでした。

 私が見たいと言ったのです。

 ……だって、とても……まるで……!


「わ、わあぁ〜!」


 城下町へ一歩入ると、そこはまるで映画村のようでした。

 時代劇のドラマで見るようなお江戸の光景。

 主に平屋ひらやが建ち並ぶ当時の市民の住宅地!


「あら! 殿下じゃないか!」

「まあ、殿下! おかえりぃ! なぁに、今日帰ってくる日だったのかい!」

「おう! みな変わりないか?」

「代わり映えなんかあるわけないよぉ」

「そうかそうか、ならばよい!」


 声をかけてきたのは、平屋の真ん中にある井戸に集まっていた奥様方。

 と、とても時代劇っぽい……!

 そして、こちらの方々は平民、というやつですよね?

 え? 顔見知り? とてもフレンドリーに会話なさってますけど……え?


 

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