第15話Believe

 マーカスの後ろにラキやマッチョを見つけたルミは茫然自失としていた。


「マーカス。ノックをしなさい、無礼よ」 

「すいません」


 レイラニに嗜められたマーカスは軽く謝るだけだった。

 その態度にレイラニは眉を顰めた。


「それにこんな人数で何か用?」

「ええ、お願いがありまして……」

「そんなことよりトモヤは何処?連れてきなさいと命令したはずよ」


 マーカスが連れてきた13名の男達の中にトモヤの姿はいなかった。


「その事より先に——」


 マーカスは徐に銃を取り出し、レイラニへと銃口を向けた。


「レイラニ、ヘキリプエオのボスの座引いてもらえませんか」


 銃口を向けられてもレイラニは泰然としていた。


「はあ?冗談だとしたらちっとも面白くないわよ、マーカス」

「冗談なんかではありません」


 レイラニに睨みつけられても、マーカスはいつもの無表情で銃を突きつけていた。


「小娘より、俺の方がボスに相応しい」 


 ついには敬語でも無くなった。


「最近新しい仲間になった奴らは元々俺の子分だ。……しかもヘキリプエオに古株達もつい先ほど私の下についた。お前の部下はもう誰もいない」


 マーカスが合図を出すと、男達は一斉にレイラニに銃を向けた。

 その光景がヘキリプエオがマーカスによって乗っ取られたことの証明であった。

 

「金のなかったお前達を拾ってやった恩を忘れたのかしら?」


 レイラニは静かに問いかけた。


「まさか、しっかり覚えている。……だから殺してないだろ」

「ラキ、あなたも……」

「悪いな姫さん……。こいつについてた方が金が手に入りそうなんでな」

「……そういう訳だ。ヘキリプエオのボスの座を譲れ」

「…………フ、フフフ……フハハハハハハ!!」


 突然レイラニが笑い出した。

 激昂し、取り乱すと思っていたマーカス達は大笑いしているレイラニを不気味に思った。


「フフ、さっきまで家族だ何だと言ってたのに裏切られてるじゃない、私!ハハハハハハ!!」

「……狂ってやがる」


 ひとしきり笑ってレイラニは落ち着いた。


「ハハハ、はぁ……で、嫌だといったら?」

「組織の名が変わるだけだ。お前の処遇は変わらない」

「……そう。じゃあ、死ね」


 レイラニは自分とソファーの間に挟んでいた拳銃を素早く構えた。しかし、その拳銃から弾丸が飛び出すことはなかった。

 レイラニが撃つより早く、マーカスの銃弾がレイラニの拳銃のみを弾いたのだ。


「2人を捕らえろ」


 手を押さえているレイラニを見下ろしたマーカスが背後にいる男達に命じた。

 誰よりも早くマッチョとラキが命令に従い動いた。

 マッチョがレイラニを取り押さえ、ラキがルミを取り押さえた。


「ラキさん……どうして……」

「………………」


 何かの間違いだと言ってくれと縋り付くような目を向けるルミに、ラキは何も応えなかった。


「マーカスさん。この2人どうするんですか?」

「元ボスは、どうも男日照りの様ですし俺らが相手をしてあげますかぁ?」

「汚い手で触るな、初物は価値があるから、お得意様用だろ」

「ああ、あの変態ですか?あれで政治家って言うんだから笑えますよね」

「じゃあその後だったら好きにしていいんですか?」


 ゲラゲラと醜く笑う男達に囲まれて、貞操の危機にありながらも、ルミはそんなこと気にすることは出来なかった。

 私がラキさんを信用しなかったら、マスターは死ななかったかもしれないという可能性に頭の中を支配されていた。


「そういうことか、ルミが言ってたことは本当だったのね……。マーカス、あなたが勝手に私の知らないところで、人を密輸したり、違法売春をしていたわけね」


 レイラニは床に押し付けられながらも、マーカスを喰い殺さんばかりに睨みつけていた。


「ああ、その通りだ。……お前達の親子の考えは中途半端なんだよ。俺らはマフィアだ、なんでモラルを守る必要がある。人間だって金を稼ぐための道具に過ぎん。現に俺がナンバー2になってからヘキリプエオは大きくなった……。必要なのはモラルじゃない、合理性だ」


 マーカスは押さえつけられているレイラニに近づき、顔を掴みそう言い放った。


「顔の出来はいいんだ、お前にもしっかり働いてもらう。愛しのダーリンも、一緒に働けるんだ幸せだろ」

「この!トモヤに手を出したらぶっ殺すぞ!!テメェ!!」

「そうか。おい、連れてこい」

「ヘイ」


 マーカスに命じられた男は部屋の外にいき、1人の青年を引きずってきた。

 いくつもの痣が身体中にできていて、腫れていたボロボロの姿をしていた。


「そんな……トモヤ」


 そのボロ雑巾のような姿の男は、ルミの兄のトモヤだった。

 

「ルミ……逃げ……ろ」

「お兄ちゃん……」


 変わり果てた兄の姿に、ルミの心はもう折れてしまいそうになった。


「馬鹿な男だ。勝てないと知っていながら挑むなんて、無駄すぎる」

「マーカス、このクソ野郎が!絶対殺してやる!!」

「暴れないでくれ」


 マッチョが暴れるレイラニを必死に押さえていると。


「おや、なにか取り込み中ですか?」


 ケアロハ署長が部屋の中に入ってきた。


「署長!今すぐそこのクソ野郎を撃ち殺しなさい!!」

「ハハハ、申し訳ない。私は初めからマーカス殿と組んでいましてな、あなたとはではないのですよ」


 レイラニは取引相手も全てマーカスと繋がっていたことにやっと気がついた。


「1人か?」

「ええ、部下達にはちょっとお使いを頼みまして。新しい組織の誕生を祝うお酒を買いに行ってもらってます」


 マーカスの隣に立ったケアロハ署長は、いいことを思いついたと手を叩いた。


「そうです、部下が来るまで一つ余興をしませんか」

「余興?」

「ええ。拳銃を持たせて、兄妹を殺し合わせるのですよ!」

「え…………」

「…………」


 クリスマスプレゼントをもらった子供のように目を輝かせたケアロハ署長。

 流石のマーカスも若干引いていた。


「フン。腹だけではなく、頭の中に脳味噌の代わりに脂肪で、グッ」


 そう言ったレイラニを押さえていたマッチョはすぐさま気絶させた。


「ハハハ、マーカス殿、いい部下をお持ちで。売り物なのにもう少しで顔面を蹴ってしまいそうでしたよ」


 気絶したレイラニを見るケアロハ署長は、笑い声を出していたが、目は笑っていなかった。


「で、勝った方の願いを叶えてあげますよ。どうですあなた達にもメリットはあるでしょう」


 ケアロハ署長は口角を吊り上げて、倒れているルミとトモヤに笑いかける。


「もちろん自殺とかは無しですよ。そんなの興醒めですからね。さあ、見せてくださいよ家族を殺して生に執着するような醜い争いを!!」


 演劇の役者のように声を上げていたケアロハ署長が、ふらっと体をよろけさせた。


「おお、いけません。興奮してしまいました。血圧高めなんです私」


 マーカスの肩に手をつき、ケアロハ署長は転ばなかった。

 ケアロハ署長はマーカスから離れ、深呼吸すると手を差し出した。


「マーカスさん。すいませんが、拳銃を貸してもらっても?」


 マーカスは拳銃を渡した。


「あ、彼女の方を自由にしてあげてください」


 ルミを押さえていたラキはマーカスを見た。


「……離せ」


 ラキはルミの上から退いた。

 ケアロハ署長は自分の銃とマーカスから受け取った銃の二丁を、床に倒れたままのルミとトモヤの目の前に置く。


「私を殺そうとしても構いませんが、確実にあなたも、あなたの家族も死にますよ。あなた方の父親どうしているか知ってますか?」


 父親の命は握っているぞという脅しだった。

 目の前に置かれた銃で相打ち覚悟で数人道連れにしようと考えていたトモヤは銃へと伸ばす腕が止まった。


「確実に殺す方法を教えて差し上げます。ダブルタップと言いましてね、相手の胸に銃弾を2発撃ち込むのです。そう、あの男を殺した時のようにね」


 ルミはこの男を撃ち殺してしまい衝動に駆られたが、願いを叶えると言ったセリフが頭をチラつき行動に移せなかった。

 守るかどうかもわからない約束だが、ルミは理性的にさせられた。

 自分はどうなってもいいが、家族だけは助けたいと、ルミとトモヤは思っていた。

 2人から離れたケアロハ署長はまたマーカスの隣に戻った。

 開いたスペースで立ち向かう事になったルミとトモヤ。

 どうにかいい方法を必死で考えるルミとトモヤを、外野が飛ばす「殺せ殺せ」というヤジが急き立てる。

 トモヤは痛む体を懸命に動かして立ち上がった。

 右手には拳銃を握って。


「瑠美……銃を、握れ……」

「…………」

「瑠美…………」


 動かないルミにトモヤはもう一度呼びかけた。


「嫌だよ…………もう嫌だ……。私の所為で誰かが死んじゃうのなんてもう、見たくないよ……」


 ルミは泣いていていた。

 家族が攫われた時も、ティルが動かなくなった時も泣かなかったルミが、涙を流していた。

 自分が大丈夫だと判断したラキに裏切られたこと、そのせいでマスターともう2度と会えなくなってしまったことがルミに重くのしかかっていた。その上、家族と殺し合いをしなければいけない。

 この前まで平和な日本で何気ない生活を送っていた女子高生だった彼女には、あまりにも残酷な道を歩かされている。

 辛くて、苦しくて、悔しくて、痛くて、涙が出るのは当たり前だ。


「……大丈夫だ」

「何が大丈夫なの……?」

「……信じるものは、救われる……。俺は死なない。瑠美の願いは必ず叶う……」

「何を根拠に…………」


 トモヤは身体中ボロボロので、服には血がついていて、片目なんてほとんど閉じてるけど、馬鹿みたいに真っ直ぐで強い目をしていた。

 根拠なんて無いのかもしれない。また裏切られるかもしれないが、ルミの勘は兄を信じろそう告げていた。

 ルミは涙を拭うと、拳銃を手に取り立ち上がった。


「準備が出来たようですね。さあさあ、ではこの銃弾が床に落ちたら勝負開始の合図ですよ」


 ケアロハ署長は銃弾を上に投げた。

 その場にいた誰もが投げられた銃弾を目で追った。


「願いを叶える方法ってしってますか」


 回りながら上昇する弾丸は、徐々にスピードが遅くなり、速度がゼロとなり、


「それはね、黄金に輝くボールを集めればいいんですよ」


 重力に従い落下し始める。

 銃弾が地面に落ちる、直前。


 マーカスの股間が蹴り上げられた。


「こんな汚いゴールデンボールじゃなくて、希望の光を灯した魂を集めれば、ね」



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