第14話レイラニ

 ビルの地下の一番奥にある部屋。そこでルミは意識が覚醒し、はじめに痛みを感じた。マーカスに殴られた時の鈍い痛みが腹に残っていた。

 ルミはどこにも繋がれていないし、拘束具をつけられてもいなかった。


「目が覚めた?」


 ソファーで身動ぎしたルミの前で、レイラニは座っていた。

 ルミは身を起こした。間にある机にはティルUSBメモリが置かれていた。


「……手錠とかつけなくていいんですか?」

「義妹になるんだから必要ないでしょ」


 さも当然のように言うレイラニにルミは憤慨するが、怒っても不利になるだけだと、噴火しそうな気持ちを押し留める。

 ティルを失った今の彼女を支えているのは父と兄が生きている事実と、使命感だった。


「私はどれくらい気を失っていましたか?」

「そうね……十分くらいかしら」


 レイラニが何でも答えてくれそうなだったのでルミは色々と聞くことにした。


「マーカスは何処にいますか?」


 部屋の中には見当たらない男の所在を、優雅に紅茶を飲んでるレイラニにルミは尋ねた。


「マーカスならもうすぐ来るんじゃない?車の中にいるトモヤを連れてくるように頼んだから」

「……兄は元気ですか」

「ええ、すっごく元気よ。負けると知ってるのに何度もマーカスに挑んでいるもの。ああ、ほんと負けん気が強くて素敵」


 レイラニはトモヤがマーカスに挑む姿を思い出し恍惚とした表情をうかべる。


「やっぱり男の人は反骨精神を持ってないといけないわ。ルミもそうは思わない?」


 レイラニはフレンドリーな態度でルミと話す。

 レイラニのそんな態度が、ルミにはひどく癪だった。

 私の家族を奪っておいて、私の師匠を殺しておいてどうして私に笑顔を向けることができるのか。ルミは心底理解できなかった。

 ルミは膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。

 

 扉をノックする音が沈黙を破った。

 レイラニが「入って」と言い、1人の男が入ってきた。


「栗色の髪の男が泊まっていたと思われるホテルからパソコンを取ってきやした」


 ルミはそのパソコンを見てとても複雑な表情をした。三人で夜中に作戦会議をして楽しかったこと、私を庇ってティルが死んでしまった悲しみ。リンダがそのパソコンの向こうにいると思うと心強いこと、ティルの死を伝えなければいけない申し訳なさ。

 ルミの顔は歪む。


「そこに置いといて」


 男はレイラニの指示通りに赤い机にパソコン置きと部屋を出ていった。


「そうそう。あなたがマスターと呼んでた男は何者で、どうやって知り合ったか教えてくれる?」


 レイラニのその質問で、ルミはティルと栗色の髪の男が同一人物とは気づいていない事に気がついた。

 ヘキリプエオに本当のことを話すつもりは微塵もなかったルミは嘘をつく。


「何者かは分かりません。私が父と兄を取り戻そうとヘキリプエオのことを調べているときに急に話しかけてきたんです。『お前もヘキリプエオから取り返したいものがあるのか』と。同じ目的だったから素人の私は師事したんです。マスターが何処の国の人で、何をしている人かはわかりません」

「ふ〜ん。じゃあその服装や被ってたカツラはそのマスターから貰った物なの?」

「はい。そうです」

「じゃああの男も変装してた可能性があるわけだ。後で死体を確認してもらわなきゃ」


 ルミは事務処理のように人間の生死を扱うその様に、怒鳴り散らしても不利になるだけだと、懸命に締めていた堪忍袋の緒が緩んでしまった。


「……どうして人を物みたいに扱えるですか、どうして簡単に人を殺せるのですか?」


 ともすれば聞き逃しただろうとても小さな声を、レイラニの耳はしっかりと捉えていた。


「勘違いしているようだけど、私は人を物のとして見たことはないしわよ。物として扱った覚えもない」


 レイラニはティーカップとソーサーを机に置いた。


「人を人と見ているから排除するの。ダーリンが出来なくて恨んでた部分もあるけど、ヘキリプエオは私の家族そのもの。家族が危険に晒されるのなら、相手を殺してでも私達の安全を確保する。脅威になる人間は殺す、それが私。だからわざわざ人を物のように扱うなんて、自分の首を絞めるようなことはしないわ」


 背筋を綺麗に伸ばしたレイラニはマフィアのボスに相応しい風格を身に纏っていた。

 レイラニのその自分は後悔するようなことはしないと主張する眼差しが、自分の母との思い出を汚されたようでルミは許せなかった。


「だったらどうして!人を密輸入して、違法売春をさせてるんですか!?脅迫して、従わせてるのなんて物扱いじゃないですか!!」

 

 ルミは我慢の限界を超えた。

 パソコンのデータをUSBメモリに盗った後、ティルとエレベーターに向かってる途中に見た、閉じ込めらていた人達のことを思い出した。まだ子供のような年齢の子が沢山いた。そんな子達を売春させておいて何が人扱いか。それなのに私が目指している、正しいことをしていると胸を張ることをレイラニがしていることがルミは我慢ならなかった。


「ちょっと待って」


 まだまだ言い募ろうとするルミを手を前に出して止めた。


「人の密輸入?子供に違法売春?なのんのことを言ってるの?」

「あなた達がしていることでしょ!とぼけるつも……り……」


 レイラニの瞳を見たルミは、彼女が嘘をついてないと直感的に理解した。


「確かに私達はマフィアよ。マネーロンダリングとか、殺人を含めた暴力行為をすることもあるわ。けれどそんな奴隷の様に人間を扱ってない。断言する」


 ルミは自分が、もしくはレイラニが致命的な勘違いをしている気がしてならなかった。

 気絶する前に、レイラニの言葉を聞いて違和感を抱いていたのをルミは思い出した。

 私が見た限り地下には麻薬中毒者なんていなかった筈だ。もちろんその中毒者が部屋の中から出てきていなかったのかもしれないが、ルミは別の可能性を思いついていた。

 いやその前に地下にいたはずのラキさん達はどうしたんだとルミが思った時だった。

 ノックもなしに扉が開かれた。

 ぞろぞろとマーカスを先頭に柄の悪い男達が部屋の中に入ってきた。


「そんな……どうして…………」


 その男達の中に鼻ピアスをつけた人も混じっていた。

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