第13話正しい行い

 ケアロハ署長は警察手帳をしまい、


「それであなた達はここで何を?」


 と再びティルとルミに問うた。

 このタイミングで取り調べはまずいと、2人とも理解していた。

 普通に泥棒してきた直後だ。正直にちょっと盗みに入ってました、なんて言えば逮捕されるのは目に見えている。

 詳しく事情を話せば力になってくれるかもしれないが、違法手段で手に入れた証拠が、証拠能力があるかはルミは知らないのは当然として、ティルも流石にそこまでアメリカの法律を調べはいない。

 善意の第三者として証拠を提出するのが予定だったため、まさかここで警察に出会ってしまうなんてことは完全に想定外だ。この状況で詳しい事情を話したら、ティルは第三者ではいられなくなってしまう。

 故にここはやり過ごすしかなかった。


「ただこの道を通ってるだけですよ」


 声を変えてティルが答えた。


「ちょっとこいつが人混みに当てられましてね、もともと日に強くないこともあって陰になった道を歩いてたんですよ」

 

 ティルは隣にいる帽子を被っているルミの肩に手を置いた。


「なるほど、しかし観光客のあなた達がこんな細い道をですか?」


 ハワイは様々な人種が暮らしている島なのに、見ただけで観光客かどうか判るとは思えない。つまりブラフ。ティルはそう推測した。 

 いやらしい手だとティルは思った。観光客ですと肯定すれば、嘘をいってはいないが、そのまま怪しまれる。否定すれば、そのままどうして観光客がこの路地にと思われ結局怪しまれる。となると


「いやいや、俺はハワイに住んでいますよ。こいつは観光で来ましたけどね。俺たち一応遠縁ですが家族なので」


 1人は現地人、もう1人は観光客した方が一番怪しまれないとティルは考えた。


「そういう事だったのですね。あっ知ってますか?裁判所前にあるカメハメハ大王像はカメハメハ一世じゃなと。あの像のモデルは王族でもなんでもなく、宮廷内にいた容姿が特に優れた青年らしいですよ」

「へぇ、そうなんですか」


 ティルではなく、無知を装ってルミが答えた。観光客の自分なら知らなくとも当然だからだ。


「それではあそこを見に行きましたか?クアロア牧場。あそこはハリウッドのロケ地になんか使われていましてね、自然も豊かですしおすすめです。あ、あとは——」  

「あの、すいませんがもう行かないと」


 ティルは離脱を謀る。


「おっとこれは失礼。年寄りは話が長くて困りますな」

「ええ、それじゃあもう行きますね?」

「ああ、ちょっと待ってください。すいません。いいとしなんで歳なんで思い出すのも一苦労で、ええっとなんでしたっけ……あ、そうそう。言いたいことを思い出しました。えっとですね、こういう路地裏は危険ですよ」


 ケアロハ署長の雰囲気が急に、スッと変わったその瞬間、背後から殺気を感じたティルは振り返ると同時にルミを突き飛ばした。

 突き飛ばされた衝撃で、ルミは被っていた帽子とカツラがとれてしまった。

 銃声。

 黒い髪が露わになる。

 けれど髪のこと考えることができないほど、ルミの頭は真っ白だった。

 すぐ体勢を整えたルミの視線の先、ティルは立っていた。

 立ったまま制止したティルとは対照的に、胸には赤いシミが徐々に、着々と広がっていく。

 


「マスター!!」


 駆け寄ろうとするルミを、来るなと手で制した。

 ティルには疑問だったことがある。ダウンタウンにヘキリプエオの拠点がある理由だ。

 確かにビルに人目を気にせず入りやすいかもしれない。灯台下暗しというのもわかる。けれど流石に攻めすぎだろう、と。

 警察署がすぐそばにあるのだ。こんなところに拠点を作るなんて、よっぽど胆力があるのか、大馬鹿なのか、それとも、安全が保証されているからか。

 地下で見たデータにも違和感があった。ヘキリプエオは複数の政治家と繋がっていたのだ。

 確かに政治家がマフィアと繋がることでお互いデメリットも生じるが、メリットも生じる。マフィア側は自分たちの仕事がやりやすくなり、政治家側は政敵を排除するための手駒が手に入るといったメリットがある。

 だがしかし、何故、複数の政治家が一つのマフィアに加担するのか。 

 政治家にとっては、弱みを握り合ってる状態だ。他の政治家にマフィアとの繋がりをリークされるリスクが増えるだけのはず。それなのにマフィアと繋がるということは、バレても問題ない、捕まらないという保証があるとしかティルには思えなかった。

 では、その保証とは?どうやって担保されているのか?


「なるほどな……警察署署長が、マフィアと政治家を繋げていたってわけか……。ケアロハ署長、あんた人良さそうな顔してるくせになかなかの悪だね……グフッ」

「マスター!」


 ティルは口からも赤い液体が溢れでた。

 心臓には当たらなかったが、十分致命傷になり得る位置に弾丸があたった。


「あら、まだ死んでないんだ。しぶといわね」


 ティルとルミが歩いてきた方向に、若い女性と銃を構えた大柄な男が立っていた。

 どちらともルミは見たことがあった。

 父と兄が攫われたあの日、あの時そこに居た奴らだった。


「マーカス」


 そう女が冷酷にいうと、隣に立っている大柄な男マーカスが銃の引き金を引いた。ルミが止める暇もなく、当たり前のようにマーカスは銃を撃った。

 銃口から飛び出した弾丸は直進し、ティルの胸のど真ん中に吸い込まれていった。

 ティルは倒れた。

 流れていく。空いた穴から命が流れていく。赤黒い水溜りが広がっていく。


「あ、あ……とまって。お願いだから止まって!」


 ルミはふらふらとティルに近づいていった。うつ伏せの体を仰向けにして、手で懸命に穴を塞ごうとする。


「……マスター。マスター!!」


 ルミは呼びかける。ティルからの返事はない。ただ虚しくルミの呼びかけだけが反響する。


「惜しかったですね。あと一手で私達を刑務所送りにできたでしょうに」


 ケアロハ署長は動かないティルを見下ろした。


「あら、意外といい男じゃない。殺すのもったいなかったかしら」


 女がそう言いながら、マーカスと一緒にティルとルミなら元にまで来た。


「もう少し早く来てくれても良かったのではないですかな。時間稼ぎも楽ではないのですよ。レイラニ」

「そう言わないでよ、これでも急いで来たんだから。まさか乗り込んでくるとは思わないじゃない」


 彼らは人が倒れている横で、友人と話す時のように普通に話す。

 異常だとルミは思った。

 

「ど……どうして……」


 ルミの喉から微かな声出た。


「うん?どうして侵入がバレたか不思議に思ってるの?そうねご褒美として、教えてあげるわ。私達ヘキリプエオを襲撃。面子を潰して、逃走。私達は報復する為に人員を島全土に配置。そして手薄になった重要拠点に潜入。事前の情報収集も、作戦も、実行するための技術も素晴らしかったわ。私達は本当に気付いてなかったもの」


 ルミとしてもヘキリプエオに気づかれていない自信があったのだ。


「けどあなた達は一つミスをした」

「……ミス?」

「そう。閉じ込められてる他の人を助けた、というミスをね。地下に新しい薬の実験代にしてた男がいたのよ。その中毒者がリークしたのよ。いま潜入されてますよってさ。まぁその代わり麻薬を寄越せってうるさいんだけどね」


 レイラニが自慢するように言った言葉に、ルミは疑問を抱いた。地下に麻薬中毒者なんていただろうかと。一番奥の部屋からエレベーターに行くまでの通路で、幽閉されていた人達とはすれ違ったが、そんな人は見当たらなかった。

 図らずも、考えることによって少し冷静になったルミは自分がすべきことを考えることができた。

 自分がここで捕まったら今までの意味がなくなってしまう。なんとしてもデータをFBIに届けなければ。マスターのためにも、自分のためにもここは逃げるべきだと、ルミは必死に涙を流すのを堪え、歯を食いしばった。

 まだ涙を流してはいけない。やらなければいかないことがある。

 ルミはティルの胸を押さえていた片手を、バレないようにティルのポケットに忍ばせUSBメモリを掴んだ。


「もしかしてここから逃げようとしてる?」


 レイラニに目敏く見られていた。


「無理だからやめときなさい。取り乱していて気付いてないとおもいますが……あなたは、サプレッサーをつけていたとはいえ、銃声が鳴ったのに誰も来ないことに疑問を持ちませんでしたか?」


 ケアロハ署長がルミに言った。

 

「すでに貴方は囲まれていますよ」


 絶望的な状況だ。逆転の目はない。ほぼ詰みだ。

 しかし、それは彼女が止まる理由にはなりえない。

 ルミは動かないティルに「また後で」と言った。赤黒い液体で濡れた左手をケアロハ署長に向かって切るように振る。

 遠心力によって飛ばされた液体がケアロハ署長の目に入った。


「グッ、目潰しか!?」


 それは間違いなく最後の悪足掻きだった。

 何もしないで殺されるなんて納得できはしない。後悔しないように、自分の正義を貫く為に、ルミは戦うことを選んだのだ。

 ルミは低い姿勢のまま体ごと回転しながら相手の足元を蹴る。昔兄から教えてもらった足払いをしかけ、ケアロハ署長を転ばせる。

 そのまま立ち上がり、逃げようとしたルミの肩を、いち早く反応したマーカスが後ろから掴んだ。

 突如の反転。自分から距離をつめたルミは裏拳をマーカスの顎めがけて放つ。

 ルミが背中を向け逃げようとしたのは相手の不意をつくためのフリだったのだ。

 ルミはある程度の護身術を家族から教え込まれていた。真面目な性格と運動能力も高かったルミは十分に戦えた。

 ただし、それは一般人が相手だったらのはなしだ。

 完璧に顎に入ったと思われたルミの裏拳はをマーカスは軽々と手で受け止められていた。

 性別の、経験の、力の、技術の差がそこにはあった。

 それでもマ金的を蹴り上げようとするルミを、マーカスは掴んだ腕を引っ張ることで体制を崩し、いとも簡単にとらえた。

 

「あれ……よく見たらあなた……トモヤの妹?」


 背後から両腕をマーカスの大きな片手でまとめて掴みあげられ、足が地についていないルミの顔をレイラニは繁々とみていた。


「やっぱり!トモヤのスマホの画面にうつってた子だわ!!」


 ルミが言う前にレイラニは勝手に納得した。


「……どうして貴方が兄の名前を呼んでるんですか?」


 何とか拘束を抜け出そうと足掻いていたルミが諦めたのか、抵抗をやめてレイラニに尋ねた。


「そんなの私の夫になる人だからよ!」

「は?」

「私は普通の恋がしたかったの!でもハワイでは私はマフィアの娘と知られていたから、私の彼氏になろうとする人は1人もいなかった。それどころか友達さえいなかった……。このままでは恋ができないと思った私はパパにお願いして留学したの。留学してすぐに恋人ができた。その人と結婚するつもりでいたの。パパが急に死んじゃって私がヘキリプエオを継ぐことになった。彼もハワイにきて私がマフィアの娘だと知ると、急に態度を変えて、腰抜かして逃げていった。でもトモヤは違ったの。あなた一目惚れって信じる?私は信じてなかったわ。でも彼を観た途端、私の体に雷が落ちたわ!この人だ、この人しかいないって!細身だけど筋肉質。爽やかで優しそうな雰囲気。もろタイプだった。しかもね、普通の人ならマーカスを見れば恐怖で逃げるわ。けどトモヤは違ったの。襲われてると思ったのか私を守ろうとしてくれた!勘違いだったのだけれどとっても嬉しかった!もうこの人しかいないって思ったわ。だからつい誘拐してしまったの。貴方には悪いことしちゃったわ。ごめんなさい。まさか妹がいるとは思わなくて。後から知って探してたの。あっ彼なら私と一緒に暮らしてるわ。貴方のお父様はマーカスに頼んで、別のところで何不自由なく暮らしてもらってるから大丈夫よ。あ、私の義理の父《パパ》でもあったわ。いけない早く慣れないと。それから——」

「レイラニ」


 立ち上がったケアロハ署長が無限に話しそうなレイラニを名を呼んだ。

 気持ちよく話していたのを止められたレイラニは顔を顰めた。


「なに?」

「長い話になるのでしたら場所変えたらどうでしょう。地下室なら誰にも邪魔されません」

「そうね。立ち話もなんだし中に入りましょう」

「一つ聞いてもいいですか?」


 移動しよとするレイラニに、宙ぶらりんにされたままのルミ言った。


「義妹になるのだもの。一つと限らずいくらでも」

「地下にいた人のこと、ウグッ」


 突然マーカスが話しているルミを殴り、気絶させた。

 

「ちょっと!私の義妹になにしてんの

よ!」

「申し訳ありません」


 怒るレイラニに、マーカスは殊勝に頭を下げた。


「……後で私に勝手な行動の真意を聞くわ。行くわよ」

「私はこの死体を処理してから行きますので先に行っててください」


 ケアロハ署長は去っていく三人を見送ると、自分の悪事に加担している部下を1人呼んだ。

 大きな黒い袋にティルを詰めて、通路の前で止まっているパトカーのトランクの中に押し込んだ。

 ケアロハ署長とその部下はパトカーの中に乗った。

 

「この遺体どこに運びますか?」

「いつもの所だ」

 

 正義の面を被ったパトカーは、動かなくなった人を乗せ、市中を走る。

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