第12話Escape

「本当ですか!?」


 ティルからもたらされた、朗報にルミは期待で胸が膨らんでいた。


「後はどうやって、脱出するかだな」


 思案しているティルを見て、ルミは今一度身を引き締める。そしてまだ伝えていないことをティルに伝えた。


「マスター。私の家族はいませんでしたが、他に囚われている人がいました」

「人数は?」

「私が発見したのは1人です。その人に他の部屋を見てもらって、私はここに来ました」

「そいつは信用できるのか?」

「できます」


 ティルの不審を断ち切るようにルミは断言した。


「っで、そいつらも一緒に外に出るつもりか?」

「いいえ。彼は手錠の様なものをつけられていて、エレベーターに乗るとその手錠から出る特殊な電波をキャッチして、エレベーターが動かないそうです。だからここに残ると言ってました」

「了解だ。じゃあ俺たちだけで外に出て、警察にここへ突入して貰えばいいわけだ」

「いえ、その……」


 ティルの考えに対し、ルミの歯切れが悪かった。

 鼻ピアスことラキに手錠のカギを取ってくると約束したルミは、不正のデータを届ければ自分の悲願が達せられるが、ラキとの約束を守れないことに気がついたのだ。


「いや、それでいいぜぇ」


 どうしようかと悩むルミが答えを出す前に、部屋の入り口に立っていたラキがそう言った。


「お、お前は、終末のホルスタイン!」

「だから俺に変なあだ名つけてんじゃねぇ!!もっとましなあだ名つかれねぇのかお前らは!!」

 

 予想外の人物の登場にティルは驚きのあまり口が滑って、本名ではなく印象が強かったあだ名をいってしまった。と思ったが、鼻ピアスの本名をリンダに聞いていなかったを思い出した。


「……知らない方がいいことって世の中あるよな」

「どういう意味だそれ!?」

「こいつがお前の言ってた、信用できる人か?」

 

 え、俺陰でそのあだ名で呼ばれてたの?と悶えるラキを無視して、ティルはルミに尋ねた。


「はい、そうです」


 ルミはしっかりとティルの目を見ていった。


「そ、わかった」


 そう言うとティルはパソコンに視線を戻した。

 

「ラキさん本当にいいんですか?警察を呼んだら、ヘキリプエオが無くなってしまうかもしれないのですよ」


 ルミは気遣わしげにラキを見た。 


「構わねえよ。たしかにこのビルにいる奴は捕まるかもしれねぇが、上にいるのはマーカスの部下ばっかだ。俺は奴が嫌いだからな」

「マフィアは仲間意識が激しいと思ったがヘキリプエオはそうでもないみたいだな……。白黒はっきりしないな、ホルスタインだけに」

「うまくねぇんだよ!ドヤ顔すんな腹立つ!」


 ラキはハァと溜息を吐く。


「まさか俺に不意打ちくらわせた男がこんなふざけた野郎だったとはな」

「ふざけてんのはお前の格好だろ」

「お前だけぶっ殺すぞ!」

「ラキさん落ち着いてください。マスターも挑発するのはやめてください!」


 今にも突っかかろうとするラキを、ルミは宥める。


「悪い悪い。別に挑発のつもりはなかったんだけどな……。それより鼻ピアス、他には誰が監禁されてたんだ?」

「俺みたいな古株が数名と、どっかから連れてきた女共がいやがった。まさか密輸まだやってるとはなぁ……ヘキリプエオの事ならなんでも知ってると思ったが、どうやら気のせいだったらしいなぁ……。それと俺の名前はラキだ!嬢ちゃんが俺の名前呼んどっただろうが!」

「それかヘキリプエオはもう鼻ピアスが知ってるマフィアじゃなくなってるからだな」

「俺の名前を覚える気がないなら初めから言っとけや、栗毛コラ!……おい、今の言葉どう言う意味だ」

「そのまんまの意味だろ」


 考えてみればわかるだろと目で言われたラキは顎にで当て考えはじめた。


「よし。データの移行終わったぞ」


 ティルは挿してあったUSBメモリを抜き、ポケットにいれた。パソコンは閉じて引き出しの中に戻した。


「俺たちを連れてきた奴が帰ってこないと知って、上にいる奴らがくるかもしれない急ぐぞ」

「で、でも……」

「警察が突入する時に案内役として、手錠の鍵持って届けに来ればいいだろ」


 約束を守れないことに対して心残りがあるルミにティルはそう言った。


「はい、マスター。ありがとうございます」

「礼は仕事が終わった後にしろ、ほら行くぞ。お前もだ鼻ピアス」


 ティルは考え込んでいるラキの尻を叩いて、部屋をでるように催促する。


「いってぇなぁ栗毛!」


 叩かれた尻をさするラキは、自分のズボンのバックポケットに、さっきまでなかった凹凸があるのがわかった。

 ラキはティルを見た。

 ティルは横目にウィンクした。

 部屋を出たルミとティルに続き、ラキは何も聞かず部屋を出た。



「このエレベーター動かすにはキーが必要だろ。どうすんだ?」

「問題ありません。気絶させた人から盗だときましたから」

「抜け目ねぇな、嬢ちゃん」


 ティルとルミとラキは途中部屋から出た人たちを横切り、エレベーターの前まで来ていた。

 ルミは地下に来る時に連行していた男から奪ったカードキーを取り出した。

 エレベーターの扉の横に昇降ボタンはないが、スキャナーの溝はあった。その溝にカードを挿し、スライドした。

 ガコンと鳴り、少し待ったあとエレベーターの扉が開いた。

 ティルとルミはエレベーターの中に乗り込んだ。


「お前らは知ってると思うが、裏口がある。正面入り口から出るより見つかり辛いだろ」


 エレベーターには乗らず外にいるラキが言った。


「随分と優しいな」


 振り返ってラキと向き合ったティルが言った。


「嬢ちゃんを気に入っちまったからな」

「ロリコンか」

「お前は捕まって拷問でもされてろ!」

「お前はその鼻ピアスをつり革みたいに、子供に掴まれてモオモオいってろ」

「そこまでです2人とも。マスター急ぐって言ってましたよね。ラキさん鍵は必ず持ってきます。警察と一緒にかもしれませんが」


 ルミはティルを嗜め、ラキには茶化した。


「あまりに遅かったら勝手に外に出てるかもな」

「ロリコンか」

「外に出たらまずお前を、おいまだ——」


 鋼鉄の板がティルとルミ、そしてラキの間を遮った。

 ラキがまだ喋っている途中で、ティルはエレベーターの閉じるボタンを押し、扉を閉めた。


「マスター」

「ほら急がないと」


 ルミの咎める視線にも、ティルは悪びれる様子はなかった。

 ティルは2と書かれたボタンを押した。


「1階で降りないんですか?」

「他の階から非常階段で降りた方が安全だろ」


 確かにそうかもしれないと納得できるものの、ラキさんの助言を全く無視してるなとルミは思った。

 エレベーターが動き出した。

 一階、二階と上昇し、止まる。

 ティルとルミはあからさまに身構えることはしないが、何が来てもいいように警戒した。

 開いた扉の向こうには誰もいなかった。

 ティルとルミは二階に降りると、頭の中にあるこのビルの2階の見取り図を開き、非常階段の場所に向かった。

 人気のない廊下を進み、非常階段の扉を静かに開けて、ティルは階段下を覗いた。

 正面入り口の人通りの多い道とは違い、ビルとビルの間で陰になっている路地には、ゴミはあるものの誰もいなかった。

 階段を駆け降り、地表に立った2人は光が当たる通りへと、努めて冷静に歩く。

 油断してはいけない、焦ってはいけない。ルミはそう自分に言い聞かせていた。


「ところでマスター、その証拠データは何処に提出するんですか?」

「そうだな、麻薬、密輸、誘拐に違法売春、さらには政治家とも繋がってるときたら、FBIが妥当だろ」


 アメリカ合衆国は世界第3位の面積と人口をほこる連邦制共和国家だ。アメリカは50の州に分かれていて、アメリカ合衆国という国の大船の舵取りをする連邦政府と、それぞれの州という船を舵取りする州政府がある。そのため船の中で、州の中で起きたことは州の中で対処するのが基本だ。警察も大きく連邦警察と州警察に分けることができ、FBIはアメリカ合衆国の、つまり連邦警察機関のうちの一つだ。

 FBIは複数の州に跨いで行われる広域犯罪、テロや政府の汚職、凶悪な事件に強盗事件の捜査を担当している組織だ。つまり今回のような相手にはうってつけだろうとティルは考えていたのだった。


「とりあえず俺のカバンを取りに行くか、パソコンの使えるところに行くか、それとも信用できる人物に行きこのUSBメモリ渡すかの3択だ」

「地下にあったパソコンで、警察機関の送ることはできなかったんですか?」

「あの地下施設は、外とネットが繋がっていなかった。地下だけで完結してるんだろうさ。よしもうすぐで大通りだ、違和感がないように人混みに紛れろよ」


 そうティルが言った時、大通りから恰幅のいいシルエットの人物が、2人のいる路地に入ってきた。


「すいませんが、お二人はここで何をされてるのですか?」


 警察手帳を見せながら、そう言った人物はティルとルミがあったことのある人物。


 ケアロハ署長だった。

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