第11話Glow
ルミは一つ一つ部屋の扉を開けて、父と兄が居ないか確認していった。
四つ目の扉を開けたら、部屋の中からガサっと音が聞こえた。暗くてよく見えないが間違いなく人の気配があった。
「お父さん?」
ルミは部屋の中へ声を投げかけた。
「あん?女の声?どっかで聞いたことがあるなぁ……。いつも来る食事係じゃないな……誰だお前?」
暗い部屋の中から、男の人の声が聞こえた。その声は家族のものではなかった。
中にいる男はゆっくりと扉の方に歩いて行く。
相手がルミの声を知っているように、ルミも相手の声を知っていた。
通路の明かりでお互いの顔を認識する。
「おいおい、こんなところにまで入られるとヘキリプエオの警備ははどうかしてるなぁ。それともあんたを褒めるべきか……。なぁ、腑抜けの嬢ちゃん。どう思うよ」
「しゅ、終末のホルスタイン!」
「変なあだ名付けるんじゃねぇ!俺の名前はラキだ!」
ルミの目の前にはチャイナタウンで戦った、鼻ピアスの男が立っていた。
「借りを返す……と言いたいところだか、いまは、てっおい!ちょっと待——」
ルミは急いで部屋の扉を閉めた。
まさかこんな地下の部屋に鼻ピアスがいるとは完全に彼女の予想外だった。ヘキリプエオのビルだからいてもおかしくないだろうけど……。
ルミは扉を背にもたれかかる。心臓がバクバクいってるのが自分でもよくわかった。
ルミは鼻ピアスと対峙したときのことが若干トラウマになっていたのだ。
「ちょっと待って、話を聞け!」
鼻ピアス、もといラキが聞こえているかどうか分からないが、扉を叩いた。必死の思いが伝わったのかゆっくりと扉が少しだけ開いた。
「いいか嬢ちゃん。俺はあんたを害するつもりはない。俺もここに閉じ込められちまったんだよ」
「信用できません。あなたはあの時私に嘘つきましたから。油断できません」
「あの時の事は、お互い水に流そうぜ!ヘキリプエオに頭にきてんのは一緒だろ?」
「……どういう意味ですか?あなたもヘキリプエオでしょう」
ルミは当然の疑問を投げかけた。
「確かに俺はヘキリプエオの一員だがな、こうも理不尽に閉じ込められるのは納得がいかねぇ」
その言葉には確かに苛立ちが混じっていた。堰がきれたようにラキは話す。
「俺達があんたにやれた後、パンイチで街を走り、何があったかを伝えたんだが、あのマーカスの野郎。『面を汚したのはお前達』だって監禁しやがった。昔のヘキリプエオだったら、すぐ相手の場所に乗り込んで報復だった。仲間を監禁するなんて死んでもしねぇ!確かに俺たちが嬢ちゃん達にやられて面子を汚したのはわかる。だけどな監禁したのが俺とマッチョだけなのが気に入らねぇ!」
「あの、すいません……マッチョって誰ですか?」
「嬢ちゃんが1番初めに外で倒した、デカい奴の事だ」
チャイナタウンで相対した3人を思い出す。
「では、もう1人方は?」
「それだよ、それ!あいつマーカスの野郎に気に入られてやがるから、監禁されなかったんだ!……姫さんが組織を継いで……姫さんってのはボスの娘のことな。……姫さんがボスになって確かにヘキリプエオは大きくなった。金も増えた。新しい仲間も増えた。いいことだと思っていたが、色んなことが変わりすぎて、組織の色も変わっちまった……」
扉越しでも寂しさが感じられた。
「小さい頃、俺は姫さんの世話をしていたことがある。だけどこんなことになるなんて……姫さんと仲がいいと思ってたのは俺だけなのかもなぁ……」
10年前。まだラキが鼻ピアスをつけておらず、ボスの娘の世話を焼いていた頃の事だ。『ラキはそんなに怖い顔してないね』と姫さんに言われたことがあった。
『そうですか?自分では、吊り目なんで怖い顔だと思ってたんですが……』
『全然怖くないよ。私が思うにパンチが足りない気がするの!』
『パンチですか……』
『だから、ハイこれあげる』
小さな箱をラキに手渡した。
『ありがとうございます。開けてみてもいいですか?』
『もちろん』
箱の中には直径4センチほどのリングが入っていた。
『イヤリングですか?……でも一つしか入っていませんね』
『イヤリングじゃないもん』
姫さんは鼻を指差した。
『鼻につければパンチがあると思うな』
『……姫さん、ひょとして俺をからかってます?』
『まさか!ラキが鼻につけたら強力なパンチがあるから、きっと相手と対面するだけで一発KOとれるよ!』
『それ、抱腹絶倒ってことですよね!?』
「それでラキさんはここを出てどうするつもりですか?」
ルミの問いは追懐しているラキを現実に戻した。
「とりあえずマッチョをここから出すさ。古い馴染みだからな。その後は姫さんに聞きたいことがある」
「聞きたいことですか?」
「ああ、俺は地下こんな部屋があるなんて知らなかった。……それになぁ嬢ちゃん。チャイナタウンで嬢ちゃんが誘拐のことを俺に聞いた時、本当に何も知らなかったんだぜ」
そのセリフはルミを驚かすのに十分だった。
「それっぽい事を言っていたがな、あの時顔には出さなかったが俺は驚いていたんだぜ。だから俺は姫さんに、俺の知らないところで何をやってるか聞きてぇ。最近会ってないしな」
声が聞こえるように僅かにしか開けていなかった扉を、ルミは全部開けた。
通路から入ってくる光にラキは目を細めた。
「嬢ちゃん、人が良すぎるって言われるだろ」
「そんなことありません。ラキさんにはこのビルを案内してもらおうと思っただけです。それに油断はしません」
ルミはいつでもように強力なスタンガンを手に持っていた。
「残念なことに俺はこのビルのことは、全然分からねえ。地下室があったこと知らなかったしな……」
「…………」
「それにここに囚われている奴は地上に出る事はできそうにない」
「それはどうしてですか?」
「これを見ろ」
リストバンドのようにラキの右手首には銀色の輪っかがつけられていた。
「地下に連れてこられるときに嵌められた。余裕ぶったマーカスが教えてくれたよ、この金属の輪がある限り、エレベーターの扉が開かないらしい」
「外す事は出来ないのですか?」
「無理だな。アナログな鍵穴と磁力でロックがかかった特殊な錠だ。専用の鍵が必要だが、ここにはねぇ。だが部屋の外に出られれば十分だ。次に食事を持って降りてきたら、ブッ飛ばし鍵を奪ってやるさ」
「私が盗ってきます」
毅然とルミが言った。その目にはラキに対する恐怖はなかった。
「いや、そこまでしてもらう必要は——」
「そのかわり。私の父と兄を探すのを手伝ってください」
断ろうとするラキに、被せて条件を突きつけた。
ラキはルミの事を甘い奴だと思ってた。殺す覚悟もなくマフィアに乗り込み、簡単に言葉を信じる甘ちゃんだと。しかし、今目の前にいる彼女は違った。焦りも苛立ちも、その顔から読み取れない。半日程前に会った時とは雲泥の差だった。
「随分といい目をするようになったな、嬢ちゃん。なんでもする覚悟でも決まったか」
「いいえ、助け出す覚悟を決めただけです」
人を殺す覚悟を決めたかと言外に問うラキにルミはそう答えた。
「いいぜ、気に入った。たとえヘキリプエオの方針と違っても手伝ってやるよ」
しばしの沈黙の後、ラキはニッと笑って部屋の外に出た。
一方、ティルは手近にあった部屋を無視し、通路の奥にある部屋まで来ていた。その部屋は他の部屋と違い、大きい空間を持っている事が察せられる両開きの扉だった。扉の周りにトラップがないか確認した。特におかしなところはなく、かつ鍵穴らしきものも見当たらなかった。
「そもそもこの地下に来るのが困難だから鍵が必要ないのか……」
監視カメラも地下に来てからは一つもなかった。
その理由が、監視カメラが必要ないからか、監視カメラが無い方が都合がいいからかどうかはティルには現状では判断できなかった。
ティルは扉に耳を当ててみるが、音は一切聴こえなかった。気配も感じはしない。片方の扉を少し開け、中を覗くも問題なそうだった。
部屋の中に入るとまずティルの目についたのが応接室のように並んだ机とソファーだ。それを眺められるように、口紅の様に赤く艶やかな机が、少し離されて置いてあった。冷蔵庫か金庫かわからない、堅牢そうな黒い箱が二つ、壁際にあった。それらは部屋の半分を占め、もう半分は何も無かった。内側から扉をみると先程までの部屋と違いドアノブがある。この部屋は中から外に出ることができるようだった。部屋の隅にも監視カメラはつけられていなかった。
この部屋で金持ちや高官が談笑している姿がティルには想像できた。
ティルはまず机を調べることにした。
その赤い机には、鍵がついた引き出しが二つ付いていた。どちらもピッキングで開けられそうだった。
ティルはピッキング道具を取り出すと、数秒で開けた。片方の引き出しの中は空だった。もう片方の引き出しにはパソコンが入っていた。パソコンに電源を入れると、サインインの画面がやはり出てきた。
ティルは唐突に右足の靴を脱いだ。そして靴から中敷を外すと、そこにUSBメモリが埋まっていた。
リンダ特性クラッキングUSBだ。差し込むだけで色んなことができる優れもの。パスワードを特定するのもわけない。
ティルはUSBメモリを差し込んだ。待つこと数秒、サインインすることができた。
「うっわ……。ダウンタウンにこんなビル建てるぐらいだから、あるとは思ってたけど複数の政治家と繋がってるな。
ファイルやメールを確認していくと、出るは出るは不正の数々。このパソコンは政治の闇が形となった物といっても過言ではなかった。
リンダがこのビルを第一候補にした理由の一つである立地。ハワイ州政府ビルとも近く、一見怪しくともなんともないこのビルに入るときはコソコソとする必要がない。怪しまれずにやましい事が行える場所なのだ。
「データを盗っとくか」
ティルは別のUSBメモリを取り出し、データを移し始めたところにルミがやってきた。
「マスター」
「家族はいたか?」
「いいえ。いませんでした。マスターの方は?」
「第一目標のルミの家族は見つけられなかった。……が第二目標、悪事の証拠は手に入った。いまデータを移してる。これを然るべきところに渡せばルミの問題も解決してくれるはずだ」
「本当ですか!?」
もしかしたらとネガティブな事も考えていたルミは驚喜した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます