第10話Infiltrate
8月10日。平日ダウンタウンは様々な人がそれぞれの目的を持って歩いている。晴天に浮かぶ雲も早足で彼らの頭上を通り過ぎていく。
ヘキリプエオの所有するビル。ティルとルミはその入り口が見える所にあるカフェにいた。乗りこむ前に様子見兼、腹ごしらえをしている。
変装をしている二人はバレる事なく、ここまで来れていた。
「しかし、ホテルでヘキリプエオとすれ違った時はヒヤヒヤしましたね」
ルミは金髪に帽子を被った少年の姿をしていた。ダボダボの服をきて体型を誤魔化していた。スレンダーな体型が役に立ったが少し複雑だった。
「俺はそんなことなかったぞ。ルミはともかく俺の顔写真はないからな、情報は伝聞でしか伝わってないだろ。奴らが聞いているその特徴を外せばまずバレやしない」
黒髪にサングラスをかけたティルは視線だけをビルに向け、コーヒーを飲んでいた。
「あの、どうしてマスターは盗人専門の盗人なんてやってるんですか?」
もう質問する機会がないかもしれないと思い。悔いを残さない為に、ルミは気になっていたことをティルに尋ねた。
「簡単な話だ。俺を拾って育ててくれた人がそういう人だった」
淡々とティルは言った。
「……いい人だったんですね」
「いい人かどうかはわからんが、馬鹿な人だったよ」
ハードボイルドな人かと勝手に想像していたルミは、ティルに聞き返した。
「馬鹿な人、ですか?」
「ああ、盗人から盗んでも罪にならないと本気で思ってるような馬鹿な人だったよ」
感情の起伏はわからないが、外を見るティルの姿が、ルミにはどこか寂しげに見えた。
ティルはわざとらしく咳払いをした。
「さて、ルミ。今更だが、別にここに残っていてもいいんだぞ」
「いいえ、マスター。私も行きます」
「ここが最後の引き際だぞ」
ずっとビルを観察していたティルがはじめてルミをみた。
「分かっています……」
ルミは昔、母に言われたことを思い出す。
正しい事をしないという父と、いつの間にか正義に目覚めた兄と違い、「正しい事」というのが、どういうことか分からなかった時のことだ。
「ただしいことって、なに?」
とルミは母に聞いた。
「正しい事とはね、後悔しない選択をすることだよ」
「こうかいしないせんたく?」
「そうだよ。たとえそれが他人に迷惑かけるようなことでも、褒められるような行為じゃなくても、胸を張って私は間違っていないと言える。そんな事だよ」
あの時は母が言ってる意味がわからなかったけど、今なら分かる。
「私はここで何もしなかったら、きっと後悔します。『助けられなかったのはマスターのせいだ』って失敗を人のせいにしたくありません。そんな事をしたら胸を張ってお母さんに顔向けできないですから……」
ルミは毅然たる態度で、ティルとしっかり目を合わせた。
「それに、たとえマスターが怖気付いて逃げても、私は行きますよ」
とルミは相好を崩し、ティルを煽った。
「フッ……そんなに生意気な野郎だったか?もっと真面目ちゃんだと思ってたんだけどな」
「そりゃあ、今は野郎ですからね」
ルミは少年の格好をしている自分を見せるように腕を開いた。
「まぁそこまで言うんだ、精々頼らせてもらうわ」
「一人より二人、ですからね」
ティルは残っていたアイスコーヒーを飲み干した。
そもそもリンダが何故、ルミの家族がいるであろう場所にダウンタウンにあるビルを第一候補にしたのか。いくつかある理由の一つは、工期の長さである。通常の10回のビル建造にかかる期間に比べて、ヘキリプエオのビルは完成にまで随分と時間とお金をかけていたのだ。
疑問を持ったリンダはさらに良く知るため、このビルを建てた建設会社にクラッキングした。するとこの建設にあたって購入した材料の量が多かったことに気がついた。ビルの図面と照らし合わせてみても、その材料が必要となる場所は見当たらなかった。ビル図面とダウンタウンに建っているビルは一緒なのにも関わらず、だ。購入した材料は何処に行ったのか。外観と図面は一緒、なのに必要な材料、見えない所に使った可能性。
それらを踏まえて考えた結果、リンダは地下室に行き着いた。リンダの考えは、コンクリートが大量に使われたの事にも説明がつくのだ。
隠された地下室の存在。
監禁するにはもってこいの場所だ。地下室に入れられたら声は地上には届かないのだから……。
「おい、何だそいつら?」
ビルの中にいる、厳つく人相が悪い警備員が、2人の人物を連行してきたヘキリプエオ仲間を入り口のところで止めた。
「そこら辺を怪しくウロウロしてたから捕まえました」
「アホか!いまはそんなことより、栗毛の野郎を探すんだよ!」
と警備をしていた男は、2人を連れてきた男の頭を叩いた。
「おい、あんたコイツの上司か?頼むから解放してくれよ!少し道に迷ってウロウロしてただけだからさ、俺たち何にもやってねぇよ!」
両手を前で縛られている、背の高い方の男が唾を飛ばし、懇願する。
「ここで見たことは何も言わないし、警察にも行かないからさぁ!なぁ、頼むよ!」
「うるせぇ!テメェは少し黙ってろ!」
「グフゥ!?」
喚く男の腹に、警備をしてた男は蹴りを入れ黙らせた。
「じゃあこいつらどうしますか?」
「あん?そんなの適当に放り出せばいいだろ」
「わかりました」
と、ヘキリプエオの男が腹を蹴られ苦しんでいる男と、ずっと怯えて声も出ない背の低い男を、無理矢理歩かせビルの外に連れていこうとした。
「やっぱり、ちょっと待て」
と警備していた男が止めた。
そして捕らえられた男に近づく。ずっと黙って下を向いてる、まだ少年と呼べる年齢の男の顎を掴み、グイッと強引に顔を上げさせた。
「……こいつらよく見たらそこそこいい面してるな。ボスが気にいるかもしれねぇ。ボスの玩具箱に入れてこい」
「わかりました」
捕まった男2人は、後ろから押され、ビルの中を歩かさせられる。
「なぁ、玩具箱ってなんだよ。俺ら無事に帰してくれんだよなぁ!」
「黙ってろ」
2人はエレベーターに乗せられた。
エレベーターに乗ったヘキリプエオの男はポケットからカードを取り出した。1〜10まである階数ボタンの横にある細い溝に、カードをスライドさせ、階数ボタンを6回押すとエレベーターが動き出した。
若干の浮遊感の後エレベーターは止まった。階数表示には1〜10のどれでもないB1と表示されていた。
エレベーターを降りた後「犯罪行為だぞこれは!?」とか「ほらチップあげるからさ、帰してくれよ!」とか喚く男をヘキリプエオの男はガン無視して、少し奥の方まで歩くと
一つの部屋の前で立ち止まった。扉を開けるためドアノブを握った瞬間、首を絞められた。
「グゥ!」
さっきまで喚いていた男がいつのまにか背後に回っていたのだ。
「だめだろ、手は後ろで結ばなきゃ。でないとこうやって首を絞められるぞ」
そのヘッドロックは完璧に極まっていた。ヘキリプエオの男は頸動脈をしめられ、頭に血が昇らなくず、だんだんと顔の色が変わってきた。
「ガハッ!」
何とか抜け出そうとする男の鳩尾に、いつの間にか両手が自由になっている少年の拳が埋まる。
男が気絶し、ガクッと全身の力が抜け地面に倒れた。
「ふぅ。計画通り潜入できたな」
「捕まりそうになったとき『ヤベェ』って呟いてましたよね」
捕らえられていた2人の男とは、変装したティルとルミである。
カフェを出た彼らはヘキリプエオのビルの清掃を代行している業者になりかわろうと、通るところを待ち伏せしていた。その姿をヘキリプエオの構成員に見られ、連れてこられてしまったのだ。
「でもいいんですか、マスター」
「何がだ?」
「マフィアやギャングはしつこいから、バレない様に盗むって言ってましたけど……これで今日何かこのビルかはなくなったら、私達が盗んだってバレてしまいますよね?」
「まぁ、そうなったら命を盗るから大丈夫だ」
「どこら辺が大丈夫なんですか!?より罪を重ねてるじゃないですか!それに『金にならない殺しはしない』みたいなこと言ってましたよね」
「まぁまぁ、そんなことよりやらなきゃいけないことがあるでしょ」
ティルは自分の両手を縛っている縄をいとも簡単に解き、その縄で気絶させた男を縛った。
「やっぱり地下に部屋があったな」
地下一階にはティルたちが閉じ込められようとしていた部屋以外にも、多くの部屋があった。そのどれもが分厚い扉で塞がれていた。
「この部屋の何処かに父と兄がいるんでしょうか……」
「さぁな。とりあえず部屋を全部調べるぞ。どの扉も普通に開きそうだが、慎重にいくぞ」
「了解です」
2人は目の前にある扉を少し開け、中を覗いた。
牢屋のような部屋の中には誰もいなかった。
モノは少ないが意外と綺麗にされていた。部屋の端にトイレが剥き出しで置いてあったることを除けば問題なく住める。
ティルが部屋の中に足を踏み入れた。ルミは扉が閉まらないように保ちながら、人が来ないか警戒している。
ティルは何かないかと部屋の中を探すが特に何もなかった。
ティルが部屋をでて扉を閉じると、勝手にロックがかかった。
「オートロックで、内側にはドワノブはなし。外からしか開けられないようになってるぞ。うっかり部屋の中に入ってしまったら、出ることはできないから気をつけるんだ」
部屋の構造を理解したルミとティルは、二手に別れ、ルミはエレベーターから目の前の部屋に来るまでにあった部屋を、ティルは奥の部屋を調べることにした。
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