第8話Plan

『ヘキリプエオは構成員は200名を超しています。元々ハワイで組織されたマフィアなので、ハワイ・ネイティブ系が多いようですが、他の人種の方もいるみたいですね』


 ヘキリプエオに所属している人間のデータがズラッと画面に出てきた。


「あっコイツ、さっきの鼻ピアスだ」

「本当ですね」


 ティルはチャイナタウンで放置したままにした、三人いたうちの一人を見つけた。


『彼はその容姿と、巧みな口車で相手を心理的に追い詰めるのが好きな性格から「世紀末のホルスタイン」と影で恐れられているようです』

「いやそれ馬鹿にされてるだろ!」


 ティルは少し同情してしまった。


『彼らは首の後ろに飛翔するフクロウのタトゥーが彫られていて、裏切り者には首を切断するという制裁をくわえるようです。あ、その首無し遺体みますか?』

「見ねぇよ!」

「……私も……」


 その残酷な光景を想像して、ティルとルミは顔を顰めた。


『わかりました。後でホーム画面を変更しておきますね』

「おまえは一体何をわかったんだ!」


 ティルの口からでる抗議というか雑音を無視して、リンダは説明を続けた。


『彼らの主な収入源は麻薬と賭博……それとコレですね』


 パソコンの画面に、ほぼ裸の女の人の写真が表示されているサイトがだされた。


「違法売春か……」


 ティルは顔を顰めた。


『はい。2年ほど前からネットを使いやり始めたようです。顧客は金持ちばかりですね』

「バカンスに来た観光客を狙ってるのか……」


 財布の紐が緩くなる旅行者に一夜の夢をみせる。確かにお金を稼ぐには、合理的だ。


『ええ、それに彼女達の多くは連れてこられたようです』

「連れてこられたとは、どういう事ですか?」 


 ルミの疑問に、リンダ答える前にティルが答えた。


「人間を密輸してんだよ。他の国から少女とかを引っ張ってきて売春婦として働かせてるんだ。……脅迫とかしてな。まぁ、中には自発的やってる奴もいるだろうけどな」


 日本で生きてきたルミには全く想像できない話だった。

 人を商品として扱ってる。それを彼女達はは甘んじて受け入れているというのか。


「どうしてですか、まるで奴隷じゃないですか!?」

「そんなの決まってる。生きるためだ」

『そうですね。まだ生きたい、それだけでしょう』


 ティルもリンダも淡々としていた。

 彼らにとってはよく転がってる話に過ぎないのだとルミは理解した。

 世界中の人間が日常的に利用するネットの中では、人身売買などが行われているのを知っているティルとリンダは、辛そうにしているルミを見て、平和な国で生きてきたんだなと思っていた。羨ましくもあり、そんな平和なところがあることが嬉しく感じていた。


『他に男娼のサイトもあるようですよ、ティル』

「なんでそれを俺に言うの?」

『URLを後でコッソリ送っておきますね』

「余計な下のお世話はするな!どうした、今日やけに嫌がらせが多いな!」

『よく気が付きましたね。私は今、第二形態。あと第三形態と最終形態があります。』

「やめてくれ!もういっぱいいっぱいだから!」


 変わらずに楽しそうに会話している彼らにはどんな過去があるのだろうとルミは気になったが、いまは真面目かどうかは分からないが大事な情報を共有してるので、聞かないことにした。


『ヘキリプエオの拠点だと思われる場所で、私が絞った3箇所のどれかに、攫われたルミさんの家族がいると思います』


 オアフ島の地図に3箇所マークがされていて、そのマークの一つがダウンタウンにあった。


「カメハメハ大王のお膝元にあるのか……。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中ってことか」

『そこは私的に1番いる可能性が高い場所ですね』


 ダウンタウンはハワイの政治と経済の中心地だけではなく、文化的、歴史的な意義もある街だ。

 ハワイ州の政治の場、ステイトキャピタルビル。カメハメハ大王像が合わす最高裁判所。摩天楼のオフィス街。ハワイ王朝の原拠、イオラニ宮殿。他にも見所が沢山ある街だ。


 ティルはマウスを操作し、地図のマークされたところをクリックすると十階建てのビルの写真とそのビルの情報が表示された。

 このビルはテナントとして貸し出されていていくつかの会社が中に入っていた。


「何処もおかしくないように見えますけど……」

『それは全部ダミーカンパニーです』

「ダミーカンパニー?」

「ダミーカンパニーってのは簡単に言うと、どんな活動しているかわからない会社、もしくは良いことをやってると口では言ってるが、悪いことをやってる会社のことだ」


 首を傾げるルミにティルは説明した。


『まるでティルのようですね』

「そんなこと……そんなことあるわ!まんま俺だ!」


 ルミは二人に聞いてばっかりで、自分は何も知らないと思った。日本で優等生だったことはここでな何の役にもたってない。私は無知で無力だと、不甲斐なさを痛感した。


『さて、そろそろ真面目に話し合いましょう』

「真面目じゃなかったのはお前だけだ!」


 ルミの気持ちを知ってか知らずか、リンダは気持ちを切り替えようとパンッと手を叩いた。


『っで、どうやってルミさんの家族を盗り返しますか?』


 リンダに問われた、ティルは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。


「どうしよっかなぁ…………」

『ヘキリプエオを警察に潰してもらった方が簡単な気がしますね』

「そうだな……。ヘキリプエオと警察がつながつてるっても、警察の一部だけだろうしな」

『情報のリークだけでは動いてくれそうにないですから、証拠が必要ですね』

「証拠ですか?」

「理由もなしに警察は動けないからな」

「父と兄を直接盗り返すことはできませんか?」

「小さいものならまだしも人だからな。しかも大人二人。……動けない事も考慮しなければな」


 最悪の事態を想定して計画を立てなければいけないとみんな理解していた。楽観的な発想は油断を生む。慎重すぎるぐらいがちょうど良いのだ。


「……リンダ見張りとかいるのか?」

『建物の中には居ると思いまよ。でもそこら辺は現地調査でお願いします。私にできるのは建物の設計図を入手することぐらいですから』

「そうだな……」

「あの、清掃業者とかに変装するのはどうでしょうか……」


 おずおずとルミが言った。


「難しいな。アイツらいかつい顔してるけどなかなか家事得意なんだよな。特に掃除とかな」


 ティルはニヤリと笑った。

 マフィアやギャングは不用意に自分たちのテリトリーの中へ信用できない奴を入れようとしない。見られたら不都合のものがあるからだ。だからこそ彼らは自分達のケツは自分達で持つ。これを徹底している。


『ドヤ顔してるとこすいませんが、普通に清掃業者出入りしてます』

「………………」


 ルミはサッと、ティルから視線を逸らした。


「………………よし、清掃業者になりすまし潜入するぞ!」

「マッ……ティル」

「ルミ。言い慣れてないなら、別にマスターと呼んでくれても良いんだぞ。師弟関係が終わったからと言って、師弟関係だったのは事実だしな!」

「はっ、はい」

「結局のところ、証拠を手に入れるにしても、直で盗り戻すにしても、相手の懐に入らなければいけないのは変わらないしな」

『ティル』

「リンダは警察を調べて怪しそうな奴をピックアップしといてくれ。証拠を手に入れたら誰に渡すか考えなければいけないからな」

『ティル!』

「……なんだよ」

『安心してください、バッチリ撮れてます』


 ティルは机に突っ伏した。

 よっぽど恥ずかしかったのだろう。ティルの耳は真っ赤に染まっていた。


「……作戦は潜入して盗って帰る。以上」


 突っ伏したままの状態だからティルの声はくぐもっていた。


「雑!もしかして投げやりになってますか!?」

「いいかルミ。入念な作戦立ててもそれ通りに行くかどうかはわからない。目的を達成することではなくて、作戦を実行することに意識がいってしまうからだ。結局、作戦はシンプルの方がその場その場に柔軟に対応できて優秀なのだ」

「だとしてもシンプルすぎませんか!?」

『確かにややシンプルですが、良いこと言ってますよ。もう一度ドヤ顔していってくれませんか?』

「リンダさん!もうイジらないであげてください!マスターが可哀想です!」

『ルミさん。優しさは時に人を傷つけますよ』


 起き上がったティルはふらっと歩き出した。


「どうしたんですかマスター」

「……持ってきた道具の確認してくる。ルミはしっかり寝とけよ」


 そう言ってカバンが置いてある部屋の端へ行った。


「あの勝手にベットつかっていいんでしょうか?」

『遠慮なく使ってください。あの人どこでも寝れますから』


 この人絶対Sだとルミは確信した。


「あの……リンダさん。あんな作戦で大丈夫なんでしょうか?」


 ルミはリンダに真情を吐露した。


『心配ですか?』

「……はい」

『大丈夫ですよ。適当なこと言ってましたが頭の中でしっかりとした作戦がありますから。あの人は』


 そのリンダの声にはティルに対する確かな信頼があった。

 申し訳なさを感じながらも布団に入ったルミは、安心できる環境故にすぐに眠りに落ちた。家族が攫われてからずっと神経を尖らせていたのだから当然のことだった。



「眠ったか?」


 ルミが寝息を立て始めたのを確認して、ティルは音もなくパソコンに近づいた。


『ええ。それはもうグッスリと寝てます』

「そうか」

『道具の方は大丈夫そうですか?』

「変装道具があるから大丈夫だろ。必要だったら現地調達する……それよりお前だろ、こんなの入れたのは」


 ティルは手にしたのは四角いレンズのモノクルみたいなもので、平たく言えば戦闘力を測る機械そのものだった。


『ええそうですよ。相手を測るのに便利かと思いましてスカフター作ってみました』

「何気にトラゴンボールハマってるじゃねぇか。……いや、凄いと思うけどさ。このスカフターはなにを測れるんだ?」

『内蔵された小型カメラでまず、身長を次に統計的データを使い体重を予測、これらの数値を用いてBMIを割り出します』

「限りなくゴミじゃねぇか!」


 ティルはスカフターをカバンの中に投げ入れた。


「いつ使うんだよ。……ハァ、次からはもっと使えるヤツを作ってくれ」

『わかりました次はトラゴンレーダーを作ってみます』

「マジか。この世にトラゴンボールあるのか?」

『……ティルはなんでも願いを叶える存在がいてくれたらどうします?』

「そうだな……いま十分幸せだからなぁ。他の人にでも譲るよ」

『あんなにイジられてるのに幸せって……やっぱりMなんですね』

「そうじゃねぇだろ!」

『静かにしてください!ルミさん起きちゃいますよ!』


 何で自分が怒られなければいけないのか、釈然としないティルだったが、言ってることは正論なので従った。

 会話が途切れると、海の波音がよく聞こえた。

 太陽とは違う静かな月の光が、波に反射して、海がキラキラと光っていた。

 リンダにもハワイの波音が届いているのだろうかとティルは思った。


「じゃあ俺も寝るわ。そっちも眠いと思うけど、監視よろしく頼む」


 ひと時の静寂を楽しんだティルは、明日の為に寝ることにした。


『任せてください。ティルがルミさんを襲わないようにしっかり監視してますから』

「いや監視するのは外な」


 どんな時だろうと変わらないリンダに、ティルは苦笑いをした。


「ヘキリプエオが来るかもしれない……いや間違いなく来ると思うから起こしてくれ」


 ティルはそこら辺に寝転んだ。

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