第7話あの日のこと

「があああぁぁぁぁぁ!!」

 

 不意にくらった衝撃に、鼻ピアスの男は床に倒れ悶絶していた。

 いつのまにか外に繋がる扉の所に、拳銃を構えたティルが立っていた。


「スタンガン!!」

「ッ!はい!」


 ティルの指示により、固まっていた少女ルミは動き出す。手に持っていた拳銃を捨てて、スタンガンを握り、鼻ピアスの男に電流を流して無力化した。


「油断した奴を狙え教えただろ、ルミ」

「マスター!……どうしてここに!?」

「そんなことより、ほら。まずこれで鼻ピアスとあっちで気絶してるやつも縛っとけ」


 外でルミが動かなくしたスキンヘッドの男を引きずりながら、部屋の中に入ってきたティルはロープをルミに投げ渡した。

 ルミは言われた通り2人を拘束した。鼻ピアスの方は意識があるようで、動かないとわかってはいるが少し怖かった。


「……あの……マスター。この人、死ぬんですか?」


 苦悶の表情を浮かべる鼻ピアスの男を見て、ルミは尋ねた。


「まぁ、大丈夫だろ」

「でも銃で!」

「ただのゴム弾だ。第一、他人の命をとったところで特なんてひとつもない。俺はそんな無意味なことはしねぇって」


 倒れた鼻ピアスの男からは確かに血は流れていなかった。


「ってもプロボクサー並みの威力はあるからあぶないけどな。後頭部を狙ったラビットブローは死ぬかもしれないから、キドニーブローにしといたから血尿ぐらいですむだろ……多分」


 ティルは、危険なものを持ってるかもしれないと男たちの身ぐるみを剥ぎパンツ一丁にした。その時に金目のものを探していたのはご愛嬌だ。

 ティルとルミは縛った半裸の男たちを奥の部屋に入れて閉じ込めた。


「帰るぞ」


 二人きりになった部屋でティルは言った。


「怒らないのですか?」


 てっきり叱られると思っていたルミは拍子抜けした。


「別に怒らねぇよ。もう日付は変わってる、ルミと俺は師弟でもなんでもない。だから俺の言うことを守る必要もない。自由だ。好きにすればいい」

「…………」

「それにな半日一緒にいて、ルミが真面目野郎ってことはよく分かった。……アドリブには弱い、な」

「……マス……ティルさん。私、女です」

「そんなお前が、俺の言うことを破ってマフィアに手を出すってことは何か理由があってのことなんだろう……」

「………………」

「何があったか話せ。……師弟じゃなくても命の恩人だ、それぐらい聞く権利はあるだろ」


 ティルは男達からとったモノを詰め込んだカバンを背負い、部屋から出ようとする。


「……帰れません。私に帰るところなんてありません……」


 背中をむけたティルにルミは言った。


「……師弟関係じゃないなら尚更、頼ることなんてできません!」


 助けに来てくれて嬉しかった。帰るぞって言われて泣きそうになった。けれどそれ以上にこの人を巻き込んでしまうことをルミは恐れた。取り戻すためなら何でもする覚悟はあると思っていた。だが拳銃構えたとき、はじめて人を殺す事について向き合い、自分には覚悟なんてない事に気がついた。

 ティルに出会った時は利用しようと考えていた。犯罪者だし、心が痛むことはないとルミは思っていた。が、もうダメだ。触れ合ってしまった。不安と焦り、絶望に押し潰されそうになっていた心が少し軽くなった。一緒にいた時間は不謹慎だけど少し楽しかったのだ。


「……これは私の、私だけの問題です。……帰ってください!」


 ルミはティルと自分の心を守るための拒絶する。


「それがそうでもないみたいなんだわ」


 懇望するルミに、ティルはヘキリプエオから奪ったスマホを見せた。開かれている連絡アプリには栗色の髪の男を探して連れてこいと書いてあった。


「そこに書いてある栗色の髪の男って、多分俺だわ」


 ティルはあっけらかんと言った。


「はぁ!?」

「たぶん俺がスッた財布の元々の持ち主がヘキリプエオの関係者だったみたいなんだよ」


 ティルは「いや〜困った困った」なんて言いながら頭を掻いた。


「どうやら俺はヘキリプエオに因縁つけられてるみたいでな、きっと空港にも待ち伏せしてるだろうな。……だからさ、俺はお前が居る居ない関係なく、何か行動を起こさなくちゃいけない。……だったら一人より二人の方が色々できる」

「……でも…………」

「たく、それでも気が引けるのなら依頼すればいい。大事なモノを盗られたんだろ?なら俺の出番だ。今なら格安で依頼できるチャンスだぞ」


 たとえ俺が死んでも、お金の関係だからお前が気にすることはないとティルはそう言っているのだ。

 ここまでしてもらったんだ、ルミの答えは決まっていた。溢れそうになる涙をこらえ、


「……お願いします。一生かけてお金は何とかします!だから!奪われた私の家族を奪い盗ってください!!」


 ルミは頭を下げた。

 このとき、ルミは本当の覚悟を決めた。殺す覚悟ではない、みんなで帰る、そんな覚悟を。


「ホテルに戻って作戦会議だ。少しの間だったが俺の弟子だったんだ。しっかり働いてもらうからな」

「はい!」


 前を歩くティルをルミは追いかけた。




 

 ティルとルミは急いでホテルに戻った。部屋に入ると触ってないのに、机の上に置いてあるパソコンが動き出すと、勝手にアプリが立ち上がり、リンダが映った。


『どうも、はじめまして相田瑠海さん。リンダです。よろしく』

「こいつは裏方で主に情報収集を担当してる」

「あっそうなんですか!はじめましてルミです。よろしくお願いします」


 ティルはカバンから奪ってきたスマホを四つ取り出し、パソコンに繋いだ。


「さっそくだがリンダ、スマホをとってきたから有用な情報があるかみてくれないか」

『まったく人使いが荒いですね。こっちは今何時だと思ってるんですか?』


 リンダは小言を吐きつつも、パソコンを遠隔で操作して情報を探しはじめた。

 

「さて、ルミ。だいたい予想はつくが、何があって、泥棒に弟子入りまでしたんだ?」


 対面の椅子に座ってるティルに尋ねられたルミはここオアフ島で起こった話し始めた。


「私は父と兄の三人で日本に住んです。ハワイには旅行で来ました。母は海が好きで、私の名前の瑠海も母がつけてくれたんです。母はいつかハワイに行ってみたいって言ってたんですが、来る前に亡くなってしまって……本当は旅行なんてやめようとしていたんですが、父が墓前でハワイの話でもしてあげようって言って、来たんです。……はじめは普通に楽しいバカンスでした。綺麗な海をみて、買い物して、美味しいものを食べて……でもその日の夜のことでした——



 夕食を終えた私達家族は、タクシーでホテルに帰り、一息ついてました。

 撮った写真をみながら、アレが良かったコレは微妙だったとか今日会ったことを、楽しく話していました。

 そんな中お父さんがポツリと


「母さんとも一緒にきたかったなぁ」


 と言葉をこぼしました。

 それは私達に言ったのか、独り言だったのかはわかりませんが、口が勝手に動いてしまったのだと思います。

 しんみりとした雰囲気になりしました。


「ちょっと夜風を浴びてくる」


 父はそう言って立ちました。


「一人じゃ危ないよ」

「その辺だから大丈夫だ」

「でも……」

「だったら俺が一緒に行くよ」

「お兄ちゃんもお酒飲んだじゃない」

 

 父と兄はお酒を結構、飲んでいたので私は心配でした。

 

「だったら私も……」


 立ち上がろうとした私を兄は手で制しました。


「瑠美はホテルにおれ。それに父さんと話したいこともあったしな……」

「そうだな、瑠美はまだ18歳だからな」


 父と兄は外に出て行きました。

 私は渋々でしたが待っている事にしました。

 私は本を読んで時間を潰していました。思ったより二人が帰ってくるのが遅かったので、探しに行く事にしました。

 夜は出歩かないほうがいいと雑誌に書いてあったのを覚えていましたから、少し躊躇いましたが、近くにいるだろうと思い外にいきました。

 それに足の速さには自信がありましたから……。

 ホテルを出てすぐに父と兄を見つけることができました。

 でも、二人はホテルの方向と逆の方に歩いていました。

 どこに行くのかと不思議に思っていると、二人の進行方向に二十歳ぐらいの女性と大柄な男性がいました。見ようによっては女の人が絡まれているように見えたのでしょう。

 父も兄も正義漢でしたので、無視できなかったのだと思います。

 私も近づいていくと、女性と大柄な男の奥にもう一人、誰かがいました。

 三人へ声の届く位置まで近づいた兄と父は、声を掛けたんだと思います。

 何を話していたのかわかりませんが、父と兄は急に大柄の男に殴られました。そして大柄の男は倒れた二人を近くに止めてあった車に押し込むと運転席に、女は助手席に乗り、車は走り出しました。連れて行かれてしまったのです。

 


 ——私は一部始終を呆然と見ていることしかできませんでした。男が車に乗り込むときに首の後ろにあったマークを頼りに調べて、そのマークがツバサを広げたフクロウだったこと、ヘキリプエオの入れ墨だったこと突き止めたんです……」

『その大柄の男ってこんな感じの人物ではありませんか』


 リンダが遠隔操作したパソコンに男の写真が映し出された。その写真には胸から上しか写っていなかた。


「多分そうだと思います……」


 その男は鼻と耳が大きく、顎ががっしりとしていた。

 何より特徴的だったのは背景のアメリカ国旗と迷彩服を着ていることだった。


「……軍人か」

『元、がつきますけどね。名前はマーカス・ハイアーズ二等軍曹。陸軍に所属していて中東に派遣されてたみたいですね……。その後退役して、2年前からヘキリプエオのボスの側近やってるみたいですよ』

「俺はそんなことより、この写真や情報を何処から盗ってクラッキングきたかの方が気になる」

『貴方も知ってるある国の組織からです。でも安心してください、いくつものサーバーとティルのパソコンを経由してますから安全です』

「ハハハ……。なんだが今幻聴が聞こえた気がする」

『薬でもやりましたか?』

「……ジョークだよな?ジョークだと言ってくれ!」

『凄腕クラッカー0ut2アウツとしてまた名を売りましたね』

「否定しろよ!あと『また』ってなんだ『また』って!まさか知らない間に有名なクラッカーになってたの俺!?」

『…………』

「……イヤイヤイヤイヤ、なんとか言って!」

『なんとか』

「そういうのいいから!」


 ルミは二人のやりとりに圧倒されていた。


「でもなんで軍人だった人がマフィアなんかに……」

「戦場を忘れられなかったんだろ。よくある話しだ。一度戦場を経験した兵士は簡単には普通の生活に戻れない。職を転々とし、お金に困窮、で稼ごうと犯罪に手を染めた。と、こんな感じじゃないか」


 ティルはルミの疑問に答えた。


「それよりルミはどうして警察に行かなかったんだ?」

『よくわからない盗人に弟子入りするより、まず警察に行くのが普通ですよね』


 ティルとリンダも疑問に思っていたことをルミに尋ねた。


「父達が乗った車が走り去った後、すぐにパトカーが通ったんです……。駆けつけてくれたと思ったんですけど……」

「何かおかしかったのか?」


 ルミは口籠った。自分の想像が当たって欲しくない。そんな感じをしていた。


「……サイレンも鳴ってないなかったですし、もう一人いたはずの男が居なくなっていましたから……」

「……ヘキリプエオは警官とも繋がってると……」

『十分あり得ますね。ここ数年でヘキリプエオが力をつけてきたことを考えると、警察にもパイプがあると考えられます』

「警察署へ行ったときにそれらしい奴とかいなかった?」


 ルミとティルは善意の第三者のフリをして財布を届けに昨日、警察署へ入っていた。


「すいません。流石にわかりませんでした」

「だよなぁ」

 

 1番簡単な作戦は警察に、ヘキリプエオのアジトへ踏み込んでもらう事だが、安易に警察に頼むのは危険なようだ。


「リンダ、その元軍人と一緒にいた女は誰かわかるか?」

『ええ。おそらく、ですが……ヘキリプエオのボスではないかと思います』

「根拠は?」

『ありません。ですがヘキリプエオはもとからハワイにいるマフィアで、最近できたわけではありません。にも関わらず、急に勢力を伸ばしてきた事、最近ボスが変わった事を考慮すると……て感じですか。それにティルが盗ってきたスマホに「ボスの男漁りはどうにかなんねぇか」と愚痴が書いてあります。この「男漁り」がルミさんの家族の拉致に当たるのではないでしょうか。まぁボスがゲイの可能性もありますが……』

「……その可能性は十分考えられるな。……貞操の危機か!」

「命の危機です!」

「落ち着け、男を求めての誘拐ならそう簡単にころされないはずだ。まずは情報だ。リンダ、頼んでいたのは終わったか?」

『もちろんです。情報収集完了しました』


 リンダはティルのパソコンへ、調べてわかった事全てを送った。

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