第5話1人でも
ルミとホテルに戻ったティルはパソコンを開きビデオ通話をした。相手は朝と全く同じ姿のリンダだ。
ルミはシャワーを浴びてるのでこの部屋にはティルだけがいた。
『……ふんふん、なるほど。つまりバカンスで浮かれて、盗んだところを見られたと……』
「いや、あれはよく気づいたとルミを褒めるべきだろ」
『で、脅されるのかと思いきや煽てられ、盗みのコツを教えてると……』
「うんうん、飲み込みが早い。センスあるわ」
『で、自分のホテルに女を連れ込んだと……』
「暗くなってきたし、女の子を1人で歩かせるのは危ないかなって……」
『…………』
「いや、ホントマジですいませんでした」
ティルはパソコンに向かって謝罪を口にした。髪に隠れて見えないはずなのに相手が冷たい目をしているのが何故か分かた。
たくさん弱みを握られてるティルは、真摯に謝ってリンダの機嫌を取るしかない。さもなくばネットを介し全世界に自分の痴態が晒されることになるのだから。
『…………』
まだ無言、ただ無言のリンダにティルは奥の手を出すことにした。
テーブルに乗ってるパソコンを床に移動させ、カメラの位置を調整。自分も床に膝をつき頭を下げた。
『……何やってるんですか?ふざけてるんですか?』
「いや、これは土下座と言って、ジャパンで使われる深い謝罪を意味した行為だ!」
『ヘェ〜そうなんですか、あと10秒お願いします。撮影するんで』
それで機嫌を直してくれるのなら安い物だとティルは土下座を続けた。弱みをまた握られたような気もするが考えないことにした。
『それでこれからどうするんですか?ポルノデビューでもするんでもするつもりですか?そんなに自分の恥部を曝け出したいのなら、私が喜んで全世界に発信してあげますよ』
「そんなことしないから、それだけはやめてください!」
全力の嘆願だった。
『……あなたが誰かに何かを教えるなんて、奇特なことするとは思いませんでしたよ』
「せっかくのバカンスだ。普段しないことをすることもあるさ」
『……昔の自分でも思い出しましたか?』
「……いや、そんなんじゃねぇよ。それよりだ、調べて欲しいことがあるのだが……」
『何ですか?』
「————」
顔を上げたティルは、ある事をリンダに頼んだ。
悠々としたユニットバスでルミはシャワーを浴びていた。
身体を洗う素振りはなく、頭から水を被ってるだけだった。
そして浴びている水はお湯ではなく冷い水。
彼女は焦り逸る気持ちを必死に抑えているのだ。
この2日、まだ大丈夫なはずだと根拠もなく信じることしか出来なかった。見ていることしか出来なかった自分が悔しかった。でも闇雲に挑んでも無駄なことだと理解しているから心が壊れてしまいそうな苦しみに耐えたのだ。
(大丈夫、私ならできる)
運良く犯罪者だがいい人——犯罪者に良い人というのはおかしな話だが——に出会い、心構えと知識、技術を教えてもらった。この身体を使って誑かすことも考えていたルミにとっては良い結果だった。
ティルに手伝ってもらったら良いのだろうか、自分の事で巻き込みたくなかった。
もう待てない、今夜決行だ。
出来るかどうかはわからないが、やるしかない。
ルミはパァン!と両頬を叩き、気合を入れた。
(必ず奪い返す!)
その瞳に迷いはない。
深夜1時。ティルがベットで寝ているのを確認したルミは、静かにホテルを出て、チャイナタウンに向かった。
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