第4話Police

 8月9日、午後6時40分。

 オレンジ色の太陽が海に沈むまであと少し。子供連れの家族が家やホテルに引き上げていき、人がぱらぱらと減っていった。

 ワイキキのビーチがもっと沢山の人と遊びたい、遊び足りないと、何処となくうら寂しんでいる、そんな気がしていた。

 人が居なくなったら寂しいのは同じかなと、ルミは思った。

 

「収穫は財布一つ、初めてにしては上出来だろ。……こんなこと言うのもどうかと思うが、泥棒向いてるよ」


 人が少なくなり、置き引き犯のターゲットがいなくなったのでティルとルミの2人もビーチを後にしてカラカウ・アベニューを歩いていた。


「でも財布の中はカードばっかで、現金はありませんでしたね」

「そればっかりは開けて見た時のお楽しみだからなぁ。ほとんどの店で電子マネーの方が使えるし、防犯の観点からも電子マネーの方が使い勝手がいいのだろう」


 現金だと盗まれたらそのまま使われるが、電子マネーが盗まれたらカード会社に連絡してお金の引き出しを止めもらえばいいのだ。


「現金を持ってもチップだけって人が多いみたいだぞ」

「……この財布、邪魔なんで警察に届けてきていいですか?」

「ルミが置き引き犯からスッたんだから、ルミの好きにすればいいさ」


 ワイキキにサブステーションがあるのだが、ビーチに戻るのも面倒なのでサウス・ベレターニア・ストリートを通り、ホノルル警察署へ向かった。


 

 ホノルル警察署の前で、ルミは帽子深く被り直した。自然体のティルとは違い、犯罪行為をした後のルミは緊張していた。

 正面玄関から入ると、セキュリティーチェックポイントでガードしている2人の警察官のうち1人が近寄ってきた。


「ご用件は何でしょうか」

「えーと、財布を拾ったので届けに来ました」


 下がったところにいる警察官の方がいつでも腰にある拳銃を抜けるようにしている気がして、ルミは声が震えていた。

 ルミの後ろにいるティルは、右の握り拳の親指と小指を伸ばし、笑顔で「アロハー」とやっていた。

 ちょうど奥から出てきた恰幅のいい白髪の警察官が「アロハー」とティルに返していた。


「ケアロハ署長、お疲れ様です」

「署長!?」


 恰幅がよくティルにアロハと返していた年配の警官はどうやら、この警察署のトップの人らしく、ルミは驚いた。


「君たちは外国から来た方かな?」

「ああそうだよ。バカンスに来たんだ」


 話しかけてきたケアロハ署長にティルがフランクに言った。


「お二人は家族には見えませんから、カップルですかな?」

「おしい!俺達はもうすぐ家族になる人たちです」

「えっ!?」


 ティルはルミを抱き寄せ、親切そうな人に何の悪びれもなく嘘をぶっこいた。


「それはめでたい。ぜひハワイで結婚式でもあげてください」

「それはいい考えだ!どっちの国で上げるか迷ってたんだ」


 ケアロハ署長と楽しそうに話すティルのキャラがさっきまでと全然違うので、ルミはついていけず固まっていた。


「ああ、でも気をつけてください。お恥ずかしい話ですがハワイはけっして治安がいいとは言えず、年々銃による犯罪も増えきてます。特に最近ヘキリプエオというマフィアが台頭してきています」


 ティルは触れていたルミの体がビクッとしたのを感じた。


「なので夜は出歩かず、路地裏やホームレスの溜まり場には近づかないようにしてください」


 そう言うとケアロハ署長は警察署を出ていった。

 その数分後、落とし物を預けた2人も警察署をでた。外は薄暗くなっていた。


「マスター、何処行くんですか?」


 勝手に歩き出したティルに、ルミが尋ねた。


「俺が泊まってるホテルに帰るんだよ」

「…………そうですか。……あの、短い間でしたけどお世話になりました」


 ここでお別れかとティルにお礼を言うルミに対して、怪訝な顔をした。


「何言ってんだ?ルミも来るんだよ」

「えっ、でも……」

「まだ0時まで5時間あるぞ。今日までって約束だったろ」

「……そうでしたね。エッチな事はしないでくださいよ」

「するかアホ」


 ルミは前にいるティルに小走りで追いつき、横に並んで2人一緒に歩いた。


「マスター。さっきはどうしてケアロハ署長に嘘ついたんですか?」


 ルミは疑問だったことを聞いた。


「勘だな。それとルミが帽子を深く被って顔を隠したように、俺は他人を被って自分を隠しただけだ。素で警察に乗り込もうだなんて、そんなに俺の面は厚くないわ」


 そう吐き捨てるティルが、おかしく感じてルミは笑った。





 大通りを外れ、人気のない路地裏である青年がと大柄な男に殴られていた。


「グハッ!」

「いい加減ダーリンから奪った財布を返しなさいよ」


 大柄な男とは別にある女が、痛みでうずくまる青年に言った。


「ハァハァ、確かにオレはあの男から財布を盗んだ!けどいつのまにか無くなってたんだ!嘘じゃねぇ本当だ!信じてくれ!」


 まだ若い女は青年が被ってた帽子を拾い、大柄の男に目配せをした。視線で察した男は他に伏した青年の腹を蹴り上げる。


「ウグッエ!」

「あんた自分が何者かわかってる?泥棒よ。泥棒は嘘つきって相場が決まってるのは常識でしょ。そんな汚い物吐いてないで情報を吐きなさい」

「本当だ!本当にしらねぇんだ……あっ、あれだ!」

「何か思い出したの?」

「ああ!あんたの彼氏から財布を盗んだ後、男とぶつかったんだ!きっとその時その財布を盗んだんだよ」

「で、その男の特徴は?」

「一瞬だったから全然覚えてねぇ……」


 女はチラッと男を見るとまた殴られると思った青年が慌てて喋りだす。


「まっ待ってくれ!今思い出すから……男だ。俺より身長が少し高かったから180ぐらいあったと思う」

「他には?」

「他!?……そうだ髪が栗色だった!」

「そ、おつかれ」


 そう女が言うと、また大柄な男が青年に近づいて行く。


「待ってくれ!ちゃんと情報は言っただろ!?許してくれよ」

「ああそうね、それはありがと。でもね、あんたから財布を取り返そうとみんなに協力をお願いしている所をダーリンに見られて、私がマフィアだってことがバレて逃げられたのよ!マフィアの娘だからただでさえ出会いが少ない中、結婚までいけるかもしれないチャンスだったのに!……それを潰してくれたお前は責任とって死んで私に償いなさい」

「そんな!?りふじ、グボ!」


 大柄な男が青年に馬乗りになり何度も顔面を殴る。

 青年ははじめ抵抗していたが、逃げることができず振り下ろされる拳を交わすことができなかった。

 殴る。殴る。殴る。

 だんだんと打撃音に水気が混じっていくのがよく分かった。ついにはその狭い通路に動いている物は2人だけになった。

 女はその青年だったモノにキャップを放った。


「マーカス、こいつが言ってた男を探しなさい。イケメンだったら私の婚約者候補にするわ」


返り血で濡れた男は女の命令に淡々と頷いた。


「わかりました、ボス」

「ボスって可愛くないから言わないで!お父様がつけた名前レイラニと呼びなさい」


 

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