第2話撮られた

「やっぱりリゾート地はいいね!金持った奴がわんさかいるよ。ほらこれ見ろよ!昨日だけで財布4つだぞ!すごくね!」

『それは凄いですね。そんなにがいるとは……』


 8月9日、午前8時。

 ハワイ州、オアフ島のとあるホテルの一室で、栗色で癖毛、20歳を過ぎたくらいの男がパソコンを開いてビデオ通話をしていた。画面越しにはボサボサの長い金髪で両目を隠した少女の顔があった。肌が白く、儚い印象を受ける。


「せっかくの息抜きだったのだから、お前も来ればよかったのに……。ほら、いい部屋だろ!」


 男は机に置いてあるパソコンを持ち上げ、通話している相手に自慢するように室内を映す。

 一人では持て余すほど広い室内、高そうな調度品、ふかふかなベッドや椅子。部屋からは透明な海が一望できる。太陽の光が波に反射してキラキラと輝いていた。


『確かに豪華な部屋ですけど、落ち着かなさそうですね。私狭い部屋の方が好みですし……それにまだ仕事がありますから』

「嘘つけ!さっきからトラゴンボールの長い前回のあらすじが聞こえてきてるぞ。絶対アニメ見てるだろ!」

『言いがかりはやめてください。アニメは見てませんよ。これは編集して前回のあらすじだけを繋げて聞いてるんですよ』

「わざわざ編集までして、何をBGMにしてんだよ!?」

『いや、話長すぎるんで。これだけ聞いていればトラゴンボールの会話に混ざれるかなと……』

「確かにそれだけ聞いてれば話はわかるだろうけど!」

『それによく聞くじゃないですか、作業効率を上げるには適度な雑音がいいって』

「結局聞いてねぇーのかよ!」


 パソコンに向かって行われたツッコミが、一人しかいない部屋に響く。


「クソ!なんか虚しくなってきた……」

『まぁ客観的に見れば、リゾート地のいいホテルの部屋を調子に乗って一人で借り、パソコンに全力ツッコミする寂しくて痛い奴ですからね』

「マジかよ!ちょっとこのホテルをクラッキングしてカメラの映像見てみて!大丈夫!?俺調子のってない!?」

『そんな事のためにクラッキングするなんてイヤですよ…………』

「今絶対クラッキングしてるだろ!?軽快なタイピング音がこっちまで聞こえてくるぞ」

『だから言いがかりですって。……フフ、んっん。ちょっと痰が……』

「今笑っただろ!そんなに可笑しかった?俺のとこだけ映像消しといて!これ命令だからな!」

『仕方がありませんね……』


 男は女がやけに素直に従っていることに違和感を覚えた。もしかしてと可能性を考え口を開いた。


「お前のパソコンに保存するのもなしだからな」

『分かってますよ。うちのリーダーが旅行でってイキってる様子(笑)』


 カタカタカタカタと猛烈な勢いでキーボードを叩く音が聞こえてくる。


「えっ、もしかしてネットにあげた!?あげたのか!?」


 楽しそうにからかっていた女が、スッと顔を引き締め前髪の隙間から覗く眼光が画面越しの男を貫く。

 

『そんなことより』

「そんなことですますなよ!」

『……そんなことより!浮かれて、ミスして、捕まるのだけは……、いや殺されるのだけはやめてくださいよ、ティル』


 真剣なその声には、僅かに憂わしさが見え隠れしていた。

 無理もない。つい最近までは三人で活動してたのに2人になってしまったのだから。


「……大丈夫だ、リンダ。俺は馬鹿な師匠とは違う……。油断はしねぇ」


 その男、ティルは力強く言った。


「もし死んじまったらトラゴンボールでも集めて蘇らせてくれ」

『わかりました。私が不老不死になり、パンツをもらった後に蘇らせてくれるようお願いすることにします』


 ティルに合わせリンダも、冗談を言った。

 

「……それじゃあまたな。マジでネットにはあげるなよ!」

『分かってますよ。フリですね』

「フリじゃねぇ!」


 リンダとの通信を切り、パソコンを閉じたティルはアロハシャツを羽織り、部屋を出た。




 午後1時過ぎた頃、気温は28度とやや高めのワイキキ。南中している太陽からは容赦なく紫外線が降り注ぐ。湿度は低く、爽やかな気候。行き交う人々は薄着で、露出した肌から汗が滲んでいる。

 ティルも例外ではなく、額から流れた汗が頬をつたう。

 しかし、汗といっても彼のは冷や汗だった。

 ティルは盗むつもりはなかった。

 オアフ島に来た本来の目的通り、バカンスを楽しんでいた。しかし盗人の性か、目が勝手に盗る事のできる獲物を探していた。そして目の前に現れた隙だらけの獲物。身体が勝手に動いたのだ。

 むろんティルは警戒していた。

 獲物の動き、周囲の視線、防犯カメラの有無、逃走経路。何も問題はなかった。

 スった後、何気なく歩いたティルは脇道に入る。そして盗んだモノを取り出したところで、パシャリと写真を撮られてしまった。

 相手は身体を隠し、ケータイを持った手を脇道に向け写真を撮ったのだ。

 ティルは逃げるべきか迷った。

 ティルがただのコソ泥だったら逃げてもよかったが、彼の盗む対象が特殊だ。身元がバレるのは避けたいが、相手はどんな奴かわからない。単独だったらケータイを壊すことも可能。だが複数人かもしれない。盗んだ本人に気づくかれたたか?そんなヘマはしてないはず。たまたま脇道を写真に撮ったことは考えられない。

 ティルが高速で頭を回転させてると、

 ひょいっとスマホを持った相手が姿を出した。

 女だった。

 身長は160ぐらいのスレンダーぎみ、帽子の中に黒髪を入れている。そして何より黄色人種、アジア系の人間。

 財布を盗んだ奴の近くにはいなかった。

 ティルは身構えた。

 悪いことが許せず逮捕するのが目的だったら、姿を見せずに警察に届ければいいし、彼女はティルが盗んだ相手の友人か何かで、報復が目的だったら別に写真を撮るなんて面倒な事はせず殴りにくればいいだけだ。だが写真を撮ったと言う事は弱みを握り、何かをさせるのが目的だと考えるのが普通だ。

 ティルが言葉を発する前に、スマホを見せつけながら流暢な英語で女が言った。


「警察に捕まりたくなかったら、私に盗みを教えてください」

「はぁ?」


 ティルは、女が同じ英語を喋っているのかどうかをまず初めに疑った。

 

 

 

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