三題噺集・二
お題 海草・海藻、大家族、化粧品類・白粉・紅
北の大地北海道では、海藻の一つである昆布の名産地である。国内で生産されている95%が北海道で占められている。
函館の海外沿いに位置するとある名家は、がごめ昆布漁で生計を立てている。その家は、三世代が同居しているーー今ではもう珍しい大家族だ。健康なものの、漁の現役を引退した祖父祖母と、漁や加工といった仕事を切り盛りしている父母、そしてそれを手伝う兄と弟と私である。
中学を卒業し、高校生活に入ると薄化粧をした同級生を見て、私もおめかしをしてみたいな、とふと思った。振り向いてほしいなと思う男の子もいる。
いち早く床についた私は翌日の早朝、祖母も母もまだ起きてこないほどの夜明け前、そっと布団から出て顔を洗い、歯を磨き、母の化粧台に座る。
母のメイク道具を勝手にあさり、何が何に使われるものなのかわからぬまま、見たことのある形のスティック状のものを見つけ出した。キャップを取り外すと、真っ赤な紅。唇にそれを押し当て、線を引く。
鏡を見ると、ぐにゃっと歪んだ口紅の跡が残った。
昨夜から今朝まで、鏡の前に口紅を引いた大人の女性が現れることを夢見ていたのだが、それは微塵も叶わなかった。
溜め息を漏らし、洗面台へ向かおうとすると、
「麻美」
と、母が後ろから声をかけてきた。
勝手に化粧品をあさったことを怒られるだろうか。勝手に使ったことを怒るだろうか……そう思いながら、心を身構えると、思わぬ言葉。
「あんたは化粧に興味ないと思ってたのに、いっちょまえに女の子らしくなったわねえ」
歪んだ口紅を引いた子どもの悪戯みたいなことを女の子らしいと言えるだろうか。
「似合わないから、もうやめる」
そう言って、洗面台に行こうとすると、
「あんたの年頃の化粧の仕方教えてあげるから、また戻ってらっしゃいな」
母はそう言い、私が出しっぱなしにした化粧品を整頓し始めた。
彼女は私の心情を察しているのだろう。もしかしたら、彼女も私と同じように化粧に失敗したことがあるのかもしれない。
大人になりたい思春期の私は、優しい母の言葉に、甘えたくなった。
口紅を洗い落とし、化粧台に戻ってくると、母は「これを顔に塗って」と液体の入ったなにか……を差し出した。
「なにこれ?」
「何って、化粧水よ。ばあちゃんが作ってくれた化粧水をあんたが前にやだって言ってつけなかったんでしょうが」
化粧水をつけたところでなんだというのか。
「学生のあんたはファンデーションをつけたり口紅塗ったりするのは、校則で駄目でしょ?だったら肌をきれいに見せるために、肌質を良くしなくちゃ」
今まで化粧に興味がなさすぎて、知らなかった。
そういえばその化粧水以外では、我が家で使ってる石鹸もばあちゃんの手作りだ。がごめ昆布の余ったものを利用して作っているお手製……らしい。しかも、それを商品化して商店に陳列していたような……。
「有難う」
「あんたはまだ若いから、眉やまつげを整えるだけでも美人になるわよ」
「本当!?」
思わず、1トーン高い声で聞き返すと、母は、
「好きなひとでもできたの?」
と尋ねてくる。
頬紅をつけているわけでもないのに、化粧台の前にいる私の顔は火照って赤く染まっている。好きなひとの顔が頭から離れなくなっていって、そうこうしている間に、
「ほら、可愛くなった」
と、母が告げると、目の前にはちゃんと「ほんのりおめかしして可愛い女の子」が存在していたのだ。いつの間にか髪の毛も結われている。
「お早う」
「あら、お母さん、おはようございます」
祖母が起きてきたのだ。
「おやおや、まぁまぁ、可愛らしいお嬢さんねえ」
のんびりとした声ながらも朝から明るい声色に、祖母はどうやら少しだけ嬉しそうである。化粧台に蓋の開いた化粧水に気づき、祖母は一層嬉しそうに尋ねる。
「化粧水使ってくれたのかい?」
「うん」
「そうかいそうかい。じゃああとで、あんた用に1本プレゼントしようかねえ」
「ほんと!?」
祖母は昆布漁の現役を退いてるが、見た目はまだまだ若々しく、年頃の頃はいわゆる「美人」に入るだろう。それもひとえに、代々受け継がれた、がごめ昆布漁と祖母の作ったがごめ昆布の化粧品のおかげなのかもしれない。
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