午後の一休みに小噺を
北守
三題噺集・一
お題「落ち葉」「目玉」「嘘」
早朝の肌寒い朝、男は最近入り浸っている喫茶店のいつもの特等席に座った。そして、いつも持ち歩いている本を開き本を読むふりをする。彼はそっと視線をあげた。
この特等席に座ったのには理由がある。ここから見える、斜め向かいの古民家にいる少女が落ち葉をほうきで払い集める時間なのだ。
いつも広げているこの本はただのカモフラージュで、家で何度も読みとっくの頭に飽きている。
「お客さん、ご注文は?」
という店主の男の声に間髪入れず「いつものコーヒーを」と言って、追い払った。店主には申し訳ないが、少女に声をかけることすらできない彼には、このコーヒー一杯で買える時間がとても大切だった。
「おまたせしました」
と、コーヒーが出てくる。シュガーポットから砂糖を4つほど入れ、ゆっくりと混ぜる。すると、「お客さん」と店主がまた声をかけてきた。
おまえに構っている暇などないと思っていると、
「コーヒーは美味しいかい?」
と尋ねてくる。だが、ここで悪態つけようものなら、今後ここからあの少女を眺めることもできないだろう……。
「ああ、とても美味しいよ。この時間に飲むコーヒーは格別だ」
コーヒーの味なんてものは、彼にはわからない。砂糖4つも入れて、毎日甘ったるいコーヒーを飲んでいると元の味の違いなど想像もつかない。
だが、彼にとってこの時間に飲むコーヒーは嘘偽りなく美味しいと感じるのだ。店主は続ける。
「そうかい。最近娘が焙煎に挑戦し始めてね、コーヒーの味が不安定なんだ」
「はぁ、そうですか」
「美味しいならよかった。そうそう、君がそこからよく見ている彼女なんだけどね」
「彼女?」
店主が指し示したのは、古民家の前で落ち葉を払い集めている少女じゃないか!
目玉が飛び出るほどに驚いた男は、店主と少女を交互に見比べた。
「娘を紹介してやろうか?」とにやりと笑う店主の娘と口をパクパクさせた男は、のちにめでたく、ささやかなお付き合いを始めたという。
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