洗車

「ねぇ、一生懸命磨いてるところ悪いんだけど、明日雨だってよ」

「あー…そうなの。低気圧は嫌だなぁ」

「そこ?」

「そこ」

 彼は車を洗うことをやめない。朝、久々に洗うといったき、三時間もかかりっきりで汗をかいて、それでもまだ磨き続けている。家の中にいた私が天気予報で明日の雨を知ったのは、昼のニュースだった。

「明日雨ならそのくらいでいいんじゃない?どうせすぐ汚れるじゃん」

「明日世界が滅ぶとしても、私は林檎の木を植える」

 手を止めぬまま、彼はつぶやく。

「ゲーテだっけ?」

「誰かは忘れたね」

「……つまり?」

やっと手を止めた彼は、車から目を離さぬままに少しだけ笑った。

「明日かっこ悪くなるとしても、今日かっこよくなきゃ、意味なんてないさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る