第6話 アリナと兄ちゃん
手を繋いだまま森を走り抜ける。
慣れない運動で何度も足が縺れそうになる。
中年に森ダッシュはなかなかキツかったが
弱音を吐いていられない。
なんでもこの子の兄ちゃんの命が、私にかかっているらしい。
正直、今聞いた事を100%理解する事は出来ていない。
でも急がなくてはならないという事だけはわかった。
だから走っている。
「日本人も捨てたもんじゃないでしょ!?」
息は上がっているが、自分に言い聞かせるように言った。
アリナは小首を傾げ不思議そうにこっちを見ていた。
いつの間にか森を抜け、走りやすい道に出ている。
少し先にはいくつかの建物の影が見えた。
電気は通っていないようで、村の中は暗かったが、森の中よりはよく見える。
何件かの家を通り過ぎ角を曲がると、
アリナは「こっち」と言った。
手を繋いだまま、木製のドアに手をかけ重そうに開ける。
急いで中に入ると、ベッドに包帯をグルグルと巻かれ、ミイラみたいになっている人影が横たわっているのが月明かりで見えた。
「あれが兄ちゃんだね!」
アリナはコクコクと頷く。
ベッドにずいっと近寄り、京美は額の汗を袖で拭いながら聞いた。
「で、私は何をすればいいの!? ハァハァ…」
アリナは僅かに目を見開いた。
「え?」
京美も思わず
「え?ハァハァ…」
二人はまた見つめ合っていた。
アリナはなにか思いついた様子で「ハッ!」とすると、トトト……と部屋の隅の本棚に近寄り、背伸びをして、一冊の重そうな本を取り出した。
フーっと息で埃を払い
また、こちらにトトト……と寄ってきて
本を開いた。
パラパラと捲り、ある絵付きのページを開き
細く小さな人差し指で文をなぞりながら教えてくれた。
「古より伝わる国の宝、フタツ面の森、唯一許される光どんな傷も癒やす」
アリナは文を読み終わると、パっと顔を上げ
目を輝かせた。
京美はさっき拭った筈の額の汗がドッと吹き出すのを感じた。
(いやいやいやいや、わかんねーよ。どうしよう。期待してるよね、この目は)
アリナの瞳と京美の汗が月明かりでキラリとしている。
少し考えたが正直に出来ないと伝える事にした。
「ゴメン、アリナ私には兄ちゃんは治せないよ」
京美は心底申し訳無さそうに言う。
しかしアリナは首を振り
京美の左手をふわりと両手で包み込んできた。そのまま目の高さまで持ってきて、
そっと開いた。
「え?私の手光ってる」
よく見ると左手に付着した種子が鈍く光っている。
さっきのホタルもどきの種?
手を引かれベッドのすぐ側まで行く。
全身包帯だらけで出てるのは顔くらい。
唇や目の端には細い傷
顔色は青白というより、灰色に近い。
手を胸に当てると息もゼェゼェしていて
今この瞬間も痛みと戦っている。それが良くわかった。
アリナは京美の左手首を両手で掴み
兄ちゃんの胸に誘導したかと思えば
足、腕、頭と擦るように順番に動かしていく。そしてもう一度胸に戻した。
「ちょ、アリナ何してるの?」
京美は理解できなかったが、手から伝わる兄ちゃんの呼吸が
ゼェゼェからスゥスゥに変わっている事に気がついた。
一瞬、静かになったので呼吸が止まったのかと焦ったが
顔は色を取り戻し、細かい傷は消えていた。
─京美は外に出て頭を冷やす、
タバコがないのが口寂しいが。
アリナ家の畑の柵に寄りかかり
今日起きた事を思い返した。
(私は月を見ていて車に轢かれ死にかけた、奇跡的に光る草の種に触って助かった)
左手に付着している光を完全に失った種子をパンパンと払い
目を細め視線を上げると紫陽花のような薄紫色の満月。
(そしてここは日本ではない何処か、アリナとは何故か会話が出来る)
「……考えても考えてもよくわからん、ここは天国って事でいいか、兄ちゃん助かってあの子すごく喜んでたし」
京美は無理やり自分を納得させた。
家のドアが、ギーと開き顔を出したアリナ。
「キョーミ、ごはんできた」
京美は「あいよ」と片手を上げ答え、急ぎ足で家に入っていった。
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