第4話 勉強不足も運動不足も

少女とフタツ面の森は相反していた。


森の暗闇が少女を覆うように広がるが

少女は抜けるように白くそれを拒む。

淡い青の巻き髪は風に乗りふわふわと揺れる。


ここ数日、夜になると少女は森を彷徨っていた。


少女には兄が居る。


両親を幼い頃に亡くしたが

寂しいと感じた事は無かった。

兄は考古学者で知識豊かで優しい人。

仕事は忙しそうであったが

おとぎ話や昔話、伝記、英雄譚

眠る前には飽きないように工夫して毎日聞かせてくれる。


ある日、兄は発掘調査をしていて事故にあった。

大きな怪我をした。国の医者が匙を投げるほどに。

今は療養しているが、日が経つに連れ弱まる生命力


少女が森を彷徨う理由は兄の為。


いつであったか、兄の語った話、古から伝わる国の宝。


それが少女の彷徨う理由。


それは夜でなくては見つける事の出来ない、この森の……。





ガサガサ。パキパキパキ。





その時、少女に向かうように茂みから黒い影が近づいた。






一少し前一


腕が疲れた京美は少し冷静になる事が出来た。


ホタルの光と痛みが引いた事の相乗効果


この見慣れないホタルをカメラに残したいという欲求が産まれ

携帯のホームボタンを押した。


「あ……そうだ、携帯壊れてるんだっけな。」

そう思ったが、どの程度の故障なのか気になった。

取り敢えず一通りの操作をしてみる


アプリOK、カメラOK、電話と地図はダメ。


取り敢えず携帯は壊れてなさそうだ、ただ通信が圏外なだけ。


轢かれた直後は痛みのショックで圏外に気が付かず携帯は壊れた。と思い込んでいた様だ。


なによりカメラが無事でホッとした。


初めて見るホタルと

そして何より轢き逃げ事故現場を写真に納めなくてはならない。


「絶対に許さない、轢き逃げ野郎。」


カメラをズームにすると光の粒はホタルでは無い事に気付いた。


「草の種が光っている?初めて見たわこんなの…。」


草はありふれた何処にでもありそうなツンツンとした形、

香りもなく本当に何処にでもある草なのだ。

種子をつけたシュッとした細身の葉が何本か混ざりあっている


そして刺激を与えた種子だけが光る粒になる。


光の種の写真を何枚か撮り終え

次はいよいよ現場写真

暗くてよく見えないが


フラッシュで辺りが一瞬明るくなり、近くに潜んでいたダルマのようなフォルムの小動物が見えた。


小動物はキィと驚いて茂みに消え


「何今の動物?」


京美は辺りが見慣れない景色だと言うことにようやく気づく事ができた。


コンビニの帰り道だったはず。

右手に提げたコンビニ袋がそれを証明している

中にはマルのおやつしか入っていないが。


記憶喪失?ちょっと前にTVでみたあのドキュメンタリー。


ある日記憶が蘇ったら、まったく知らない街で暮らしていて私誰?ここは何処?みたいな。


あんなのヤラセだと決めつけていた…もしかして本当だった?


周りの暗がりからは、キーキーやらギャッギャッやら聞こえ、ここは人が居てはいけない場所と主張してくる。


自然豊かな場所。


「記憶を失う前の私はアマゾン行き旅行者で飛行機が故障、パラシュート脱出してきた?いやいや無理があるか…。」


俯きブツブツと低いテンションで呟く。


そして人を探す事にした。


どれ程歩いたか。

進んでも進んでも

辺りは京美の住んでいる地方都市よりも圧倒的に暗く、パチンコ店のギラギラとした電飾や居酒屋提灯のボワっとした照明が無性に恋しくなる。


「マイ、ネーム、イズ、キョーミ、フロム、ジャパン、ヘルプ、ミー。」


もしアマゾン(仮)で人を見つける事が出来たら、共通語の英会話しかないと、知ってる単語をロボットみたいに繰り返した。


京美は後悔していた。


車に頼りきっていた生活を。勉強してこなかった学生時代を。

運動も英語も若い頃に頑張っておけば。

項垂れて繰り返す。


「お腹ベリーハングリー、誰かヘルプミー。」


燃料切れが近いのか京美はエラーを起こし始めたロボットの様な発言をする。


ふと顔を上げると木々の暗闇に白く佇む人影が見えた。


「人?」


体力の限界で走る事はできなかったが早足で近づいた。


枝の折れるパキパキパキという音。


その人影は音のする方に顔を向け京美に気づいた。


左手をぎこちなく振り京美は得意のロボット語を披露した。


「ハロォー…。」


夜なのにそんな一言しか出なかった、ポンコツロボット。


ロボット語を完全に無視した少女は無表情のままこちらに近づき

目が合うと口元だけが少し微笑んだ。


京美の左手に触れ


囁くように「宝」と呟いた。




二人は同じフタツ面の森に居た。

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